封印される
屋敷の中は深夜まで騒然としていた。次々と妖怪が集まってくる。救出部隊が編成されつつあるんだろう。みんなが忙しそうにしているのに眠るわけにもいかない、今井は自分の部屋でじっとしていた。
「ナキータさま」
慌ただしくカラシルが部屋に駆け込んできた。
「カグラサルン殿がお会いしたいそうです」
「カグラサルン…」
カグラサルンといえばここの領主ではないか、そんな人が何の用だ?
しかし、カラシルのすぐ後から誰かが入ってきた。白髪で背が高く精悍な顔をした男だ。
カラシルがその男の方を向くと頭を下げた。
「我が主の奥方、ナキータにございます」
それからカラシルはナキータの方を向いた。
「西国の領主、カグラサルン殿にございます」
カグラサルン! 今井は慌てて立ち上がると丁寧に頭を下げた。
「ナキータです」
「ナキータ殿、よくお出でくだされた。お出でになったばかりだと言うのにとんだ醜態をお見せいたしました」
「いえ、私もこのような事は予想だにしておりませんでした」
今井は意味もよく分からないままそれらしい挨拶を返した。
「さて、緊急事態ですので挨拶はこれくらいにして用件ですが、ナキータ殿に是非、我が救出隊に加わって頂きたいのです」
「えっ…」
今井は驚いてしまった。
「いえ、私は…」
「ナキータ殿は法力使いの封印を破れるとラカンテから聞いております。ですから是非ナキータ殿に手助けを頂きたいのです」
「私が?」
いったいなんの話だ。
「お願い出来ないてしょうか」
「いえ、私、封印なんか破れません」
いったいどこからそんな話が出て来たのだ。
「しかし、ナキータ殿は二度封印を破っておいでです」
「二度?」
「はい、一度目はほかならぬご自身の封印を破られた時、そして二度目はヌランダとか言う端妖怪の封印を破られた時です。特に二度目の時は確実に封印を破る事が出きると確信した上での行動だったようだとラカンテから聞いております」
「いえ、あれは違うんです。封印の文字が間違っていて実際は封印されてなかったんです」
今井は必死で説明した。
「その様な子供だましの言い訳など… その端妖怪を助けに行こうと思ったのは封印を破れる自信があったからでしょう。でもその時は封印の文字などわかるはずがない」
この説明の最大の弱点を突かれて今井は絶句してしまった。
「是非お願い致します」
「でも、ラカンテさんはいったい誰からそんな話しを聞いたんですか?」
ヌランダから聞いたのなら全然違った話になったはずだ。そんな話になるのはミリーしかない。今井は振り向いてミリーを見た。ナキータに見られてミリーが泣き出しそうな顔をした。
「是非お願い致します。この通りです」
カグラサルンがナキータに向かって深々と頭を下げた。その時、横にいたカラシルが緊張してナキータを見たのに気がついた。一国の領主がこんなに頭を下げているのだ。これは断れない事を意味している。
「分かりました。しかし、私は本当に封印を破るなんて出来ないんです。それでよろしければ」
「結構です。もしラカンテの封印場所が見つかったらそこを見ていただき封印が破れないかを確認していただければそれで結構です」
「分かりました。だったら一つお願いなんですが、私もラカンテさんと同様に法力使いに狙われています。だから人間界に行くのは危険なんです。そこでラカンテさんの封印場所が見つかったら、そこにだけ行くというのでどうでしょう?」
「なるほど、もちろんそれで結構です。ただご心配は無用かと思います。両国の人間界とここの人間界はまったく別の場所です。だから、ここの法力使いはラカンテを狙っていますがナキータ殿は狙っていません」
カグラサルンはナキータを安心させようと思って言っているらしいが違うと思った。妖怪達は高度な通信手段を持っていないからわからないのだ。人間は地球の裏側だって隣にいるかの様に情報のやり取りが出来る。だから人間界では簡単に対ラカンテ部隊が対ナキータ部隊に代わってしまう。
「そうですね、特に深夜に行けば法力使いは眠っているから大丈夫でしょう」
「なるほど、では夜が明けないうちに封印場所を見つける必要がありますな。では我々はすぐにでも出発します。封印場所を発見したら使者を送りますのでその時はよろしく」
これで打ち合わせは終わったらしいくカグラサルンは立ち上がると部屋を出て行った。今井は深々と頭を下げて見送った。
ミリーがすぐ横にやって来た。
「申し訳ありませんでした。しゃべったらいけなかったのですね」
「かまわないわよ」
今井は何事もなかったように答えた。ミリーがまた大騒ぎすると困る。
「私、命がけでヌランダを助けたのに誰にも感謝されないのがたまらなかったんです。だってこんな馬鹿げた話しはありません。だからラカンテさんがお出でになった時、話したんです」
「いや、何で知ってるんだろうと思っただけよ。気にしなくていいわ」
今井はまったく気にしていない風を装いながら寝室に向かって歩き始めた。話の流れとしてミリーのことなど眼中になく、何か別の事をしようとしているように見せたかった。そして寝室で一人になりたいような素振りになってしまった。ミリーは申し訳なさそうな顔をして寝室に向かうナキータをじっと見送っていた。
「もし、よかったらその話、俺にも聞かせてくれませんか?」
今井の後ろでギルガンがミリーに話しかけているのが聞こえた。
「だめ!」
思わずそう叫んでしまった。この話がどんどん広がってしまったら困る。
ミリーとギルガンがびっくりしてナキータを見ている。
「いえ… その… 自慢話って好きじゃないの… つまり、その、その話しは、あまり広がって欲しくないの…」
それから今井はミリーをおもいっきり睨み付けた。
「だからしゃべったらだめ!」
きつい口調だった。そして、ミリーがしゃべらないように見張っていたかったが、寝室に入る直前まで来ている以上寝室に入らないわけにいかなかった。今井は寝室に入ると扉を閉めた。
夜半過ぎに使者がやって来た。ラカンテの封印場所が見つかったと言う。やはり封印されていたのだ。
今井は護衛三人を連れて使者について飛び出した。
人間界への入口を抜けて月夜の空を飛ぶ。法力使いが起きていたらナキータの妖気に気がつくだろうから、ナキータの妖気を知っている法力使いが寝ている事を祈るばかりだった。
やがて使者は森の中に降りて行く。
やはりそこには苔むした小さな鎮守があった。そして鎮守の周囲には大勢の妖怪が集まっている。中央にはカグラサルンが立っていた。
今井が彼の横に降りて行くと彼は鎮守の後ろを指差した。
「ナキータ殿、あれがそうです」
鎮守の後ろはほぼ垂直に切り立った崖になっていて大きな岩が一つはめ込まれていた。岩には『封印』と太い筆字で書かれたお札が貼り付けてある。そしてラカンテの妖気が感じられた。ラカンテがここに封印されているのは間違いなかった。
「なんとかなりますか?」
何ともならない事は一目で明らかだったが、いきなり返事するのも気が引けた。今井はともかく封印を見てみた。
なんと、封印は樹脂らしき物で塗り固められている。ナキータの二の舞いを踏まないようにしてあるのだ。
少ししてから今井は首を振った。
「無理です。今までのは本当に幸運が重なったんです」
「そうですか…」
カグラサルンは小さな声で呟く。
しばらく沈黙が流れた。
カグラサルンはいきなり雷神を封印目がけて放った。激しい爆発が起きたが岩も封印もびくともしない。封印は妖力を完全に防ぐ事が出来るらしい。
カグラサルンに続いて腕に自信のあるらしい奴が何人か雷神を放った。しかし、封印はびくともしない。
一通り終わったらしくみんながナキータを見はじめた。どうやらナキータもやらないとまずい雰囲気だ。
ここは全力で雷神を撃ったらどうなるだろうと思えてきた。封印の法力よりナキータの妖力の方が強いかもしれない。しかし、この距離で強力な雷神を撃ったら周囲にいる妖怪達が危ない。
「下がって」
今井は後ろに下がりながらみんなに声をかけた。ちょっとしたどよめきが起きた。ナキータがあまりにも距離を取るからだ。こんな距離は必要ないだろうと思ってかあまり離れない者もいる。
「下がれ!」
カグラサルンが命令してくれた。
全員が下がったところで今井は構えた。全力を投入して渾身の雷神を放った。みんなのとは桁違いの凄まじい大爆発が起きた。この距離でも爆風に吹き飛ばされそうになる。周囲にいた妖怪の中には吹き飛ばされた者もいる。
爆発の煙が去った後にはあったはずの鎮守が跡形もなくなくなっていた。しかし、岩も封印もびくともしていない。そうだろう、ナキータより強いラカンテを封印してあるのだ。ナキータの妖力では無理なのだ。
「さすが、ラカンテが惚れ込んだだけのことはありますな」
カグラサルンが褒めてくれる。
「すみません、やはり無理でした」
しかし、みんなの前でその強さを見せてしまった。少しまずかったかもしれない。
カグラサルンは残念そうに封印を見つめている。今井もカグラサルンの横にじっと浮いていた。
しかし、なぜか、高度が下がり始めた。上に上がろうとしても上がれない。そしてからだが締め付けられてきた。まずい、封印だ!
「封印です、攻撃されてます!」
今井は必死で叫んだ。しかし、まったく浮いていられなくなって地面に叩きつせられた。
地面に転がったまま、今井は必死で指にはめた竜王結界に向って呪文を唱えた。竜王結界を開くと夢中でその中に転がり込んだ。その後からギルガンが転がり込んで来た。今井は竜王結界を閉じた。これが偽物だったらこれで終わりだ。
しかし、からだが急に楽になった。締め付けられる感じがなくなった。
「大丈夫ですか?」
ギルガンが聞く、今井は軽く頷いた。
「これは竜王結界ですか?」
ギルガンが聞く、今井はもう一度頷いた。
「じゃあ、本物?」
今井はにっこり笑った。
「こりゃすごい、本物の竜王結界をお持ちだったんですね」
「でも、たった今、本物だってわかったところよ」
これは本物だったのだ、ナキータは本物の竜王結界を持っていたのだ。
「でも、なぜ私の後から入って来たの?」
「いやあ…」
ギルガンが頭をかいた。
「封印されかかっているとわかったもんだから、なんとかお助けしなくちゃと思って… でも、必要ありませんでしたね」
ギルガンは照れたようにしている。
「ありがとう」
今井はにっこり微笑みかけた。
これだけの美人から微笑みかけられたらどれだけ嬉しいか、それが分かっていてわざとやったつもりだったが、どこか本気モードも入っていた。
「これからどうされるおつもりです?」
「そうねえ、法力使いが諦めるまで待つわ」
それしか方法がない。
「じゃあ、私を外に出して下さい。ほかの連中が外で心配してるでしょうから状況を説明してきます。それとここの妖怪世界への入り口の場所も聞いてきます、戻る時にいるでしょうから。だから十分くらいしたらここを開けて下さい」
なかなか気が利く奴だ。
「わかったわ」
今井は結界を開いた。ギルガンが出て行くがその間にもからだが締め付けられる。今井はあわてて結界を閉じた。
結界の中は狭かった。霧の様な灰色の壁が周囲を覆っている。触ると手が霧に潜り込むような感じで柔らかい。
十分後にギルガンが戻って来た。
「説明してきました。本物の竜王結界だって言ったらみんな驚いていましたよ。でも、ちゃんと説明しておきました。ナキータさんもこれが本物だって確信はなかったんだってね。だからもしナキータさんがラカンテさんにこれを貸すと言ってもラカンテさんは結局自分のを持って行っただろうってね」
「ああ…」
今井はギルガンが言っている意味がわかった。ナキータが本物を持っているなら、なぜそれをラカンテに貸さなかったのか、と言う非難が起きるのを防いでくれたのだ。
「どのくらいここにいるつもりです?」
ギルガンが聞く。
「まあ、のんびりしてましょ。ところでみんなは帰ったの?」
「帰りました。法力使いが活動してるのなら狙われてなくても危険ですからね。特にみんなは本物の竜王結界を持ってないですしね」
今井は笑った。
「ところで、さっきの雷神すごかったな。カグラサルンの面目丸つぶれですね」
丸つぶれ! 今井はぎくっとしてしまった。オレは後先考えずにうかつな事をしてしまうから困るのだ。さっきは強力な雷神を撃ってしまったが、あれは加減すべきだったのだ。
「カグラサルンより強いことは誰の目にもはっきりとわかったはずです。しかも桁違いの強さだ。カグラサルンは今頃困っているでしょうね」
いや、それは困る。ややこしい事に巻き込まれるのは絶対に困るのだ。
「カグラサルンを倒してここを乗っ取るつもりはありませんか?」
ギルガンはとんでもない事を言い出す。乗っ取るなんて論外だ! ナキータのからだを乗っ取ったから今それで困っているのではないか、そんな馬鹿なことが出来るわけがない。
「私は絶対にそんな事はしません!」
今井はきっぱりと言った。
ギルガンもちょっと言いすぎたと思ったのか頭をかいた。
「そこまでは無理か。でも悔しいでしょうね、男だったら乗っ取りを狙っていたところですね」
「男だったら?」
そんなもんか。
「俺は女の下でも、その人が優秀な人なら全然平気なんですが、女の下になるくらいなら死んだほうがましだって奴が大勢いますからね」
そうなのだ、ここはひどい男尊女卑の社会なのだ。
「でも、私より強い人っていくらでもいるわよ」
ラカンテもナキータより強いんだし図に乗っているとひどい目にあうかもしれない。
「本当ですか? ナキータ様より強い奴ってどんな奴ですか」
「例えばラカンテ、私より強いわ」
「ラカンテが? あいつは下っ端じゃないですか、自分の武闘隊を持っていない」
今井はニッコリ笑った。
「だから人は見かけによらないのよ」
ギルガンは気さくな男で彼と話すのは楽しかった。そうやってギルガンと話しているうちに随分と時間がたった。もう法力使いは諦めただろうと思えた。
「開けてみましょうか」
「そうですね、もう諦めたでしょう」
ギルガンも頷く。
今井は思い切って結界の入口を開いてみた。しばらくからだの様子に神経を集中させていたが特に締め付けられるような感じはしない。
「大丈夫みたい」
「よかった、じゃあ出ましょうか」
「ええ」
今井は外に出た。ギルガンもついて来る。大丈夫そうなので今井は結界を閉じた。東の空がうっすらと明るくなりかけている、そろそろ夜明けなのだ。
「私を抱いて飛んで」
妖気を出したくなかった。自分で飛ばなければ妖気を出さない。しかしギルガンがびっくりしている。
「自分で飛ばなければ妖気を出さないから、法力使いに見つかる心配がなくなるわ」
今井は説明したがそれでもギルガンは戸惑っている。今井にもその気持ちがよく分かった。自分より立場が上で、しかもすごい美人の女性を抱くなんて…
「抱くんですか…」
ギルガンは困惑している。
「そうよ、妖気を出したくないの」
今井はギルガンの首に手をかけた。
「さあ、両手で抱えて」
うぶな男が顔を真っ赤にしているのが面白かった。今井は新しい楽しみを発見した思いだった。女の色気を振りまいてみるのも面白い。
ギルガンが恥ずかしそうにナキータのおしりの方に手を回した。そしてぐいと抱き上げた。
「いいわ、じゃあ飛んで、全速力よ」
ギルガンは飛び始めた。しかし、あまり速くない、彼の妖力はこんなものなのか。
しばらく飛ぶと景色が変わった、妖怪世界に入ったらしい、これで一安心だ。
「もういいわ、今度は私が引っ張って飛ぶから」
今井はギルガンから離れるとギルガンを引っ張って飛んだ。物凄い速さであっと言う間にラカンテの屋敷に着いた。
玄関前の庭園に降り立った。
「さすがナキータ様、すごい速さですね」
ギルガンが褒めてくれる、ちょっと自慢だった。
「よくご無事にお戻りで…」
玄関からカラシルが飛び出し来た。ミリーとザーニラも続いて出て来る。もう夜明けだというのにみんな起きて待っていてくれたのだ。有難かった。
翌日は昼過ぎに起き出してきた。ナキータの部屋は寝室のほかにもう一部屋あったからその部屋に出て行くと、もうみんな起きて集まっていた。
「すぐに食事を準備します」
ミリーが部屋を出て行く。
「もうみんな食事は終わったの?」
「終わっています」
ギルガンが答える。みんなはナキータより遅く起きる訳にはいかないのだ、宮仕えは大変だ。
「カグラサルン様より使者が来まして、登城するようにとの事でございます」
カラシルが報告する。
「登城!」
そんな連絡が来ているのなら、すぐにでも登城しなければいけないんじゃないだろうか、今度はこっちが下だし。
「行かなくてもいいの?」
「急がなくでもいいとの事でした」
それを言葉通り受け取ったらだめだろう。俺だって、みんなに俺より先に起きて待ってろなんてまったく思わない。それでもみんな無理して早起きしてるのだ。
「食事はいいわ、すぐに行きましょう。ミリーを呼んできて」




