入り口が分からない
盗賊騒ぎが収まって再び旅が始まった。
「ナキータ様は本当にお強い、惚れ惚れ見ておりました」
ミリーもべた褒めする。
「あなたは馬車の中にいたの?」
もし、盗賊が最後の置土産に馬車を破壊して行ったら危ないところだった。
「まさか、私はいつもナキータ様の背後にいる敵を監視するのが役目です。ナキータ様が背後の敵に気が付かない場合は音鬼を打ってお知らせします」
音鬼が何か分からなかったが、ミリーも自分の任務を果たしていたのだ。ミリーはただ馬車の中に隠れているだけだと思っていたのに。
「じゃあ、馬車の外にいたのね」
「ええ、いつもできるだけ高く昇ります。その方がよく見えますから」
そうなのかと思ってしまった。だったらミリーの安全にも気を使ってやらなければならなかったのかもしれない。時々ミリーの方を見て危険な事になっていないか確認する必要があったのだ。たぶん、本物のナキータの時はそうしてたのだろう。
そこにギルガンが馬車の近くにやって来た。幸いカラシルは近くにいない。
「ギルガン、大活躍でしたね」
今井はニッコリ笑ってギルガンを褒めた。これでギルガンの気持ちも少しははれるだろう。
「いえ、恐縮です。それにしてもナキータ様はお強いですね」
「いえ、とんでもないです」
本物のナキータだったら謙遜なんかしないだろうと分かっていてもついそう言ってしまう。
「俺、ゾージャのところを辞めてナキータ様にしかんします。どうか召し抱えて下さい」
ギルガンはとんでもないことを言い出す。
「あなたみたいな優秀な家臣をゾージャから横取りしたらゾージャから恨まれるわ」
今井は冗談で返したがギルガンは真面目な顔をしている。
「今すぐじゃなくて構いません。俺は真に強い人に仕えたいんです」
「ゾージャも強いわよ」
「いえ、あなたの方が強いですね、しかも桁違いだ。あんな戦いを見た事がない」
「私は記憶がないから戦い方がわからなくて… 常識外れの戦い方だったでしょう」
「常識外れは常識外れですね、我々はあんなに相手に近づけないですよ。圧倒的に強いから出来る戦い方ですね」
何を言っても褒められる。強いって気持ちのいいものだが図に乗ってはいけない、強いのはナキータであって俺ではないのだ。
「普通はどんな戦い方をするんですか?」
「普通は距離を取って雷神を撃ち合います。距離があるからなかなか当たるもんじゃありません。だから、俺は雷神を避けようとしてる奴を狙います。雷神を避けて安心した時に隙が出来ます」
ギルガンは真面目に説明してくれるが今井にはよく分からなかった。
「しかんの件、お願いできますか? 俺はカラシルの様な無能な奴に命令されるのが我慢ならんのです」
ギルガンはしつこく食い下がる。
「本当に無理です。私は家臣を持てるような立場じゃありません。それに私の家臣になったらミリーの命令に従うことになるんですよ」
これを聞いてミリーが嬉しそうに笑う。
「かまいませんよ。ミリーさんの方がカラシルより有能です。さっきの戦いでもミリーさんは勇敢にご自分の任務を果たしておられました」
これを聞いてミリーがますます嬉しそうにしている。
「ミリーさん、あなただったら、さっきの戦いで私にどの様な戦いを指示をしますか?」
ギルガンに驚くような事を質問されてミリーは目を丸くしている。ミリーは少し考えていたが
「敵の背後を攻めるように指示します」
と答えた。
「了解です」
この答えにギルガンはまるで上官の命令であるかの様な仕草をして答えると、任務につくための様に馬車から離れて行く。
そんなギルガンをミリーは放心したように見つめていた。
「あの方を召し抱えるわけにはいきませんかねえ…」
ミリーがポツリと呟いた。
とうやら『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』ってことらしい、ナキータがミリーの言いなりだってことを見抜かれているのか。
漆国への入り口があると言う所に着いた。カラシルがメモを見ながな周囲の地形を確認している。やはり空中に入り口があってその入り口の場所を示す目印があるのだ。ただ人間界で言えば国境になるはずだが国境を警備する人もいなければ国境の施設も何もない。ジェンゲン協定の様なものが結ばれているのだろうか。
カラシルは入り口の場所が分からないらしく空中をうろうろしている。ギルガンが苛ついていてカラシルにメモを見せろと怒鳴っているがカラシルはそれを無視して同じ所を行ったり来たりしている。
たぶん、今井が人間界から妖怪世界に戻れなくなった時と同じミスをしてるのだ。目印の真上にいると少しずれていてもそれがわからなくなる。少し離れた所から目印を狙って飛ぶ方が正確に目印の真上を通過することができるのだが。
やがてカラシルがナキータの所へやって来た、彼はびっしょりと冷や汗をかいている。
「申し訳ありません、どうやらこのメモは古いようです。間違いなく最新のだと確認してもらってきたのですが、ゴージの奴が間違えたのでしょう、間抜けな奴ですから… 最新のを取りに戻りますからここでお待ちいただけないでしょうか?」
カラシルは申し訳なさそうに頭を下げる。
「入り口の場所って変わるものなの?」
思わずそう聞いてしまった。そんな物、動くはずがないと思っていたからだ。
「はい、頻繁に移動します」
なぜ、っと思ったがそんな事をここて聞いてもしょうがない。
「取りに戻ったらどのくらいかかるの?」
「一日でしょうか… たから、今日はここで野宿していただく事にならます」
野宿! ちょっと嫌だった。一日もこんな所で待ってるなんて… いっそ俺が取りに戻ればいい、ナキータだったら数時間で往復できる。しかし、まず、本当にメモが間違っているのかを確認した方がいい。
「ちょっとメモを見せて」
「はい」
カラシルはメモを渡してくれた。なるほど目印が図解入で書いてある。
今井はメモを見て目印を確認すると目印に向かって真っ直ぐに飛んだ。目印の真上に来たと思った瞬間、景色が変わった。むっと暖かくなり森林が広がっている、隣国への入り口を通り抜けたのだ。つまりメモは間違ってなかったのだ。
今井はすぐにバックした、あまり長くここに浮かんでいると入り口からずれてしまうからだ。あの、最初の時に妖怪世界に戻れなくて泣いたのが忘れられなかった。
今井はカラシルの所に戻って来たがカラシルが呆然としている。
「メモは間違ってないわ。さあ、行きましょ」
今井は隊長然として全員に号令をかけた。
カラシルの面目丸潰れだが仕方なかった。まあ、入り口を見つけたのがナキータでよかった。もしこれがギルガンならまずい事になっていただろう。
今井は全員の先頭を飛んで進んだ。頭首の奥方って本当に気持ちがいい、しかも部下が出来なかった事をみんなの前でやって見せた後ではなおさらだ。
簡単に入り口を抜ける事が出来た。漆国ははるかに森林が広がる世界だ。
ギルガンが近くにやって来た。
「さすがナキータ様です」
「いえ、こんなの誰でも出来る事よ」
そう答えたがカラシルが気になった。振り返ると彼は哀れなくらいしょげ返っている。彼にだっていい所はあるのだ。あのメモには入り口の目印のほかにこの場所までの地図が書いてあったがこの地図が江戸時代の絵図の様な地図でこの絵図をどう見ればいいのかさっはり分からなかった。あの絵図で迷うことなくここまでみんなを導いたカラシルは立派に役目を果たしている。
今井は速度を落とすとカラシルの横に並んだ。
「あんな時は少し離れた場所から目印を狙って飛んだ方がいいわ、その方が正確に真上を飛べる」
今井は説明したが、ついに本物の妖怪に妖怪世界の事を教えるようになったかと思うと感無量だった。
「そんなに落ち込むことないわ。あなたはここまで道に迷うことなくみんなを連れて来たんだから立派なものよ」
今井は明るく元気づけてあげたがカラシルはうつむいている。
「誰にでも出来ることです…」
カラシルはボソッとつぶやく。どうやらさっきの会話が聞こえてしまったらしい。
「さあ元気を出して、みんなを今日の宿まで案内して、頼りにしてるわ」
今井は明るい声を出した。頭首の奥方の役もなかなか大変だ。
「はい…」
やはりカラシルは元気がない。まあ、あんなヘマをやった直後だから仕方がないかもしれない。
「さあ元気を出して」
今井はもう一度明るい声を出したが、さあこれ以上どうしたらいいか分からない、今井にはそんな才覚はなかった。ある意味、今井はカラシルと似たような人間だった。それなのにナキータだからと思って無理に優秀なリーダーを演じようとしても出来るわけがないのだ。
しばらくカラシルと一緒に飛んでいたが何も言えなかった、もう引っ込むしかなかった。今井は落ち込んでいるカラシルのそばを離れると馬車に潜り込んだ。
「馬鹿ですね」
ミリーが声を潜めて呟いた。
カラシルの事を言っているのだとは分かったが、どこか自分の事を言われているようだった。
宿に着いた。
森林の中に太い丸太を高く組み上げて家が建っている。周囲の木々より高いので見晴らしが素晴らしい。そんな家が二十軒くらい一キロくらいの間隔を空けて建っている。
妖怪は高い所に住むのが好きらしい。確かに空が飛べるのだから地面にいるより高い所の方が安全だろう。また、歩く事に比べたら空を飛ぶ方がはるかに早く移動出来るから隣の家までこんなに距離があるのだ。
そんな中の一軒の家に入ったがここは宿屋らしい。部屋に案内されたが個室はナキータだけで後の四人は隣の部屋に一緒に寝ると言う。
今井は自分の部屋に入ってくつろいでみた。なかなかにいい、景色もいいし部屋も立派だ。これで日本だったら温泉があるのだがさすがに温泉はないらしい。
宿の周囲は大勢の妖怪で賑わっていて人々は三々五々と空中を散歩している。薄暗くなってきたが、宿の周囲はもちろん周りの木々にも一面に灯りがついていてなかなか綺麗だ。
今井も散歩に出てみることにした。
木の上にテラスが作ってあって、テーブルが置いてある。なかなかおしゃれだ。人々はそんな木の上の椅子に座って賑わっている。
ただ、このメンバーの中でナキータが一番上というのはちょっと困った。みんなナキータの動きに合わせるからだ。たぶんみんなあのテラスで何か飲み食いしたいだろうなと思うのだが勝手がまったく分からない。
「何か食いましょうか、ナキータ様、何がいいですか?」
ギルガンが声をかけてきた。気が利く奴だ、ナキータが困っているのを察してくれたらしい。しかし、カラシルが気になった。カラシルは列の一番後ろでショボンとしている。
「そうね、カラシルは何がいい?」
今井はカラシルを前に引っ張り出した。
「そうですね、ムカデの丸焼きなんかどうです」
聞いただけで食欲が無くなりそうな料理だが今井はニッコリ笑った。
「そうね、それにしましょ、さあ案内して」
木の上のテラスで飲んだり食ったりして結構楽しかった。満天の星空が実に綺麗だった。
次の日はわりと早く西国への入り口に到着した。
カラシルが緊張した面持ちでメモを見ている。今度はナキータの助言通り、かなり離れた位置から目印に向かって真っ直ぐに飛んで行く、と、スッとカラシルが消えた。無事入り口を通過したのだ。再びカラシルが姿を現したが嬉しそうだ。
カラシルを先頭にして一行は西国へ入った。西国は大草原の国だった。一面大草原で所々に大木が立っている。妖怪はそれぞれ思い思いに自分たちが住む結界世界を作ったらしい。
その日は一日、大草原を進んだ。




