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盗賊

 とうとうラカンテの所に行く日が来た。

 ゾージャの家臣が三人、護衛に付くことになった。ナキータの強さなら護衛はいらないと思うが、頭首の奥方が旅に出るとなったら護衛が付くのは当然の事らしかった。

 また馬車が準備された。四頭立ての馬車で車室が付いたタイブだ。平安時代の貴族の牛車のような車室が付いていてなかなか豪華な感じだ。ただ、車輪が付いてなくてソリのような感じになっている。どうやらこれは空を飛ぶらしい。

 ミリーが馬車に荷物を積み込んでいたが、積み終わったらしくナキータの所へやってきた。

「終わりました」

 さあ、いよいよだ。今井はゾージャに向いた。

「行ってきます」

「ああ、気をつけてな」

 ゾージャがナキータを抱きしめる。そしてゾージャがナキータが馬車に乗るのを手伝ってくれた。その後からミリーが乗り込んでくる。そして護衛の三人が馬車の馬の手綱を取った。

 今井はゾージャに向かって手を振った。

 スーッと馬車が動き出した、音もなく浮き上がって行く。馬車はぐんぐん速度を上げて行き、かなりの速さになったがナキータの速さとは比べようがなかった。おそらくこれが馬の速さなのだろう。馬は脚を後ろに伸ばし前傾姿勢で飛んでいる。この馬も妖怪なのだ。

「今日中に漆国に入れると思います。今日は漆国で一泊ですね」

 ミリーが予定を説明してくれる。ラカンテが住む西国には明日着く予定なのだ。

 馬車の速度が遅いので時間がかかるが大量の荷物を運んでいるから仕方がない。これだけの荷物と護衛三人それにミリーを引っ張って飛んだら、さすがのナキータでもすぐにへたばってしまう。

 進むにつれて景色が変わってきた。雪を戴いた綺麗な山々だったのが徐々に荒れた岩山に変わって行く、荒涼とした景色た。

 護衛の中の一人が車室の近くにやって来た。確かギルガンとか言う名前だった。

「これから、徐々にゴルガ様の支配が及ばない地域に入って行きます。盗賊がいますから注意が必要です。襲撃されたら我らが防ぎますからその間に逃げて下さい」

 ギルガンはか弱い女性を守る護衛として当然の事を言う。しかし、今井は心配だった。この護衛がどのくらい盗賊集団と戦えると言うのだ。今井のナキータでもいないよりはましだろう。例の雷神の破壊力を見せつけてやれば敵は逃げ出すかもしれない。

「おい!」

 しかし、ギルガンの横にいた男が声を上げた。

「ナキータさまに偉そうな口をきくんじゃない。盗賊が現れたらナキータ様が我らを守ってくたさる方だ!」

 確かカラシルとか言う名の男だ。本物のナキータなら確かにそうかもしれないが、そういうふうに期待されると困るのだが。

「こいつ、最近ゾージャ様が召し抱えた新人なんです。だからナキータ様の事を知らないんです。妖力は強いと評判なんですけどね」

 カラシルが説明してくれるがギルガンは不満そうだ。

「どういう事だ? 我らは護衛だろう。その護衛が護衛しているご婦人に守ってもらうって、そんな馬鹿なことがあるわけないだろう」

「屁理屈を言うな若造! ナキータ様は特別なのだ」

 カラシルが声を荒げる。

「これが屁理屈かあ? いたってまともな疑問だと思うけどな」

「ナキータ様はお強いのだ。ゾージャ様よりお強いのではと、うわさがあるくらいだ。もちろん我らも戦うが戦いの時のかしらはナキータ様だ。ナキータ様の采配で戦うのだ。いいか若造、足手まといになるんじゃないぞ!」

 ギルガンはかなり下っ端らしい、カラシルが偉そうに説明する。

「そりゃすごいな、強い女は好きだ」

「おい! 失礼なことを言うな。ゾージャ様の奥方様だぞ」

 カラシルがたしなめるがギルガンは平気な顔をしている。

「ナキータ様。戦いの時は俺にまかせて下さい。盗賊の二,三十人、俺一人で大丈夫です。ナキータ様の手をわずらわせる必要はありませんよ」

 これを聞いてほかの二人があ然としている。今井はニッコリ笑った。

「それは頼もしいですね。頼りにしてますよ」

 今井も頭首の奥方としての演技はずいぶんと上達していた。それに、こんな強い奴がいれば安心できる。


 そのまましばらく進んだ。

「つけられている!」

 ギルガンが後ろを振り向いた。

「ガルンスクの奴らか?」

 もう一人の護衛、ザーニラが不安そうに聞く。彼もギルガンより上だが威張った感じではない。

「だろうな、このへんは奴らのねじろだ」

 今井も妖気を感じていた、かなりの人数だ、五十人はいるだろう。しかも後ろからだけじゃない、前からも横からも妖気を感じる、囲まれているのだ。

 今井は居ても立ってもいられなかった。車室の中からでは外がよく見えない、今井は外に出た。

 前方を見ると空中に黒い点がいくつか見える、横もだ。

 ナキータの視線を見てギルガンもはじめて囲まれている事に気が付いたらしい。

「囲まれてます」

「らしいわね」

 今井は緊張した声で答えた。さあ、これから本当に妖力を使った戦いが始まるのだ。

「どんな戦いになるの?」

 こんなことならゾージャから集団戦についても習っておけばよかったのだ。少なくてもカラシルとザーニラはナキータの采配で戦うつもりだから俺がどう指示すればいいのか知っていないとまずい。

「普通たったら、脅されて、馬車を盗まれて、まあ命は助けてもらえます。ただナキータ様のように美しい女性がいる場合は女性も奪われてしまいます」

 カラシルが丁寧に説明してくれる。

「逆にこちらに強い者がいる場合はその力を見せ付けてやれば奴らは無理はしません」

 ギルガンが補足する。

 なるほど本当に殺し合いになることは滅多にないのだ。

「じゃあ、戦いになったらどんな戦いになるの? つまり私は記憶がないからどうすればいいのか分からなくて…」

 今井は本当の気持ちを言った。死者が出るかもしれない時に見栄をはっている場合てはない。

「戦い方はご存知ですか?」

 カラシルが聞く。

「個人戦だったら、なんとかなるわ。ただ集団で戦うやり方が分からなくて…」

「それなら大丈夫です。集団で戦う時もそれぞれが個人戦をやっているだけです。ただ仲間が集まっていた方が守りやすい。だから我々は馬車の周囲で戦います」

「じゃあ、私も」

「いえ、ナキータ様くらい強い方は飛び回って敵の背後を混乱させる方がいいです。おそらくナキータ様の速さについて行ける者はいないと思います」

 カラシルが戦い方を教えてくれる。

「俺も遊撃の方に加わりたいんだが」

 ギルガンが手を上げたがカラシルがジロリと睨む。

「お前は馬車のそばだ、ミリーを守れ!」

「俺は飛び回って戦う、馬車のそばには一人も近づけない」

「馬車だ!」

 カラシルが一喝した。

 確かに誰かが馬車を守らなければならない、ミリーが乗っているのだし。しかし、馬車の守りは一番華々しくない、だからギルガンは嫌がっているのだろう。しかし、新人なら仕方がないと思うのだが。ただ、ギルガンよりもっと新人でまったくのと素人の俺が一人で戦わなければならないのはちょっと不安になってしまう。いっそギルガンと交代して俺が馬車を守った方がいいかもしれない。一番安全そうだし。

 しかし、それを言い出す前に盗賊が数人、宙を飛びながらゆっくりとこちらに近づいて来た。

 相手が来たからにはこちらも誰かが代表で出なければいけない雰囲気だ。カラシルがちらっとナキータを見る。やはりここはナキータが出ないと示しがつかないだろう。怖かったけれど今井は前に出た。

 近づいて来た盗賊は三人、真ん中に髭をはやした偉そうなのが浮いている。盗賊はある距離まで来ると止まった。ちょうどゾージャが雷神の練習をした距離だ。どうやら雷神を撃たれた時にかわせる距離をとっているらしい。しかし、ナキータならもっと近くてもかわせる。

 今井は相手に近付き始めた。ゆっくりと飛ぶ、ちょうどあの岩を爆発させた距離くらいまで近づいた。盗賊の親分はちょっと驚いたようだったがやがてニヤリと笑った。

「こりゃすごい美人だな。今夜が楽しみだわい。思いっきり可愛がってやるからな」

「私はナキータ! 武闘隊かしらゾージャの妻です。道を空けなさい!」

 今井は大声で叫んだ。できるだけ威厳を持たせたつもりだったがナキータの声は可愛すぎる。全然怖そうじゃなかった。

「武闘隊ねえ、我々が武闘隊を怖がるとでも… 馬車と女を置いていけ! そうすれば命は助けてやる。断れば皆殺しだ!」

 彼は冷たく言い放った。

「道を空けなさい! でなけれは皆殺しです」

 今井も言い返したがやっはり迫力がない。

「お前が交渉相手、てのがまずいな。女ってのはお前のことだ。お前と馬車を置いていけばほかの奴らの命は助けてやる」

「道を空けなければ皆殺しです!」

 今井はもう一度言い返したが相手は全然平気だ。

「えーい、もっとまともな交渉相手はいないのか。俺たちにとっちゃ女ってのは商品なんだよ、特にお前みたいな美人はな、交渉相手じゃない! なんでお前が出てきた?」

「私が一番強いからです」

「強い? へー、間合いの取り方も知らない女がか。通常こんな場合は相手の雷神をかわせる距離を取るもんだ。それをこんな近くまでやってきやがって」

「間合いはとっています。それともこの距離では雷神をかわせないとでも?」

 今井はここぞとニヤリと笑った。ナキータならこの距離でも雷神をかわせる。相手は一瞬気味悪そうにしたが、目が何かをたくらんでいる。そして、相手は徐々に上に上がっていく。戦いの時、高い位置にいる方が有利なのかもしれない。

 一瞬だった。相手はほとんど構えを見せず雷神を放った。同時にナキータが高速モードになった、すべてがゆっくり見える。

 火の玉が飛んで来る。ゾージャと練習した時よりはるかに大きい、それがナキータ目がけて飛んで来る。いや、向きが違う、ナキータじゃなくて後ろの馬車付近を狙っている。だからこのままでも当たらないが後ろの連中はこの雷神を防げるんだろうか。  今井は盾を作った。そして火の玉にぶつけた。雷神の火の玉は盾に当たると激しくはじけ飛んだ。もちろんナキータの盾を突き破るなんてできるわけもなく、そこで消えてしまった。

 相手は驚愕の顔をしたまま凍りついている。この距離で雷神を防げるなんて信じられないのだ。ナキータが得体の知れない程の強さだと悟ったらしい。

 相手は後ろに下がり始めた。雷神をかわせる距離が欲しいのだ。そしてむちゃくちゃに雷神を撃ってきた。今井は盾を作って雷神を防いだが、ほかの者も雷神を撃ち始めた。盗賊のかしらの雷神を合図に戦闘が始まったのだ。

 いよいよ、本当の妖怪の戦が始まったのだ。本当に妖怪を殺さなければならないが、もう躊躇はしていられなかった。強力な戦力であるナキータがもたもたしている間に味方が殺られるかもしれないのだ。自分の役目はまず盗賊のかしらを倒すことだと思った。

 今井は全速力で遠ざかるかしらを追った。この距離では雷神を撃ってもかわされてしまうからだ。速度の面でも相手はナキータの敵ではなかった。まるて瞬間移動てもしたように一瞬で相手の目前に迫った。相手の恐怖に怯える顔が見えたが今井は雷神を撃った。相手が盾で防ごうとしたのが見えたが盾ごと大爆発を起こした。それで終わりだった。

 振り向くと馬車の周囲で雷神の撃ち合いをやっている。助けに行った方がいい。

 今井は全速力て盗賊集団の背後を目指した。一瞬で背後を通り過ぎたが脅すだけで充分だった。盗賊達は散り散りに逃げ始めた。かしらが殺られたのを見てとても勝ち目はないと悟ったのだ。みんな一目散に逃げて行く。

 今井はそんな盗賊達を見送っていた。あっけなかったがこれで勝ったのだ。

 カラシルがナキータの所にやって来た。

「さすがナキータ様です。ナキータ様の戦いぶりを初めて見ましたが驚きました。あんな戦いを見たのは初めてです。ナキータ様がお強いとの噂は耳にしておりましたが、この目で見て、強いなんてもんじゃない、ナキータ様より強い妖怪がこの世にいるんだろうかと思ってしまいました」

 彼はナキータを褒めそやす。しかし、今井はからだがブルブル震えていた。初めての戦闘だった。それも人を殺してしまった。もちろん殺したのは妖怪だが人間と同じだ。後味の悪い思いだった。

「先ほど、ナキータ様が相手に近づいて行かれた時、間合いの取り方をご存知ないんだと思って間合いの事をお教えしていなかったのを後悔したんですが、あれがナキータ様の間合いなんですね。あんなに近くても見切れるなんて信じられません」

 さらに彼は褒めちぎる。しかし、褒められてもあまり嬉しくない、どんな理由があっても人殺しをしたらこんな嫌な気分なのだろう。

 そこへギルガンとザーニラが馬車を引いてやって来た。

「ギルガン!」

 いきなりカラシルが怒鳴る。

「馬車を守れと命じただろう」

「俺は二人殺ったんだ。ナキータ様がいなくても敵は崩れかかっていた」

 ギルガンが反論する。どうやら彼は命令を無視して飛び回っていたらしい。

「馬車を守れと命じたはずだ!」

 しかし、再びカラシルが怒鳴る。

「馬車が狙われるわけないだろう。盗賊は馬車が欲しいんだ。それをぶっ飛ばしてどうする」

「しかし、大事な馬車だ、これをやられたら困る」

「馬車を守るには敵を追っ払えばいいだろう」

 カラシルとギルガンが言い争いを始めた。こんな議論が始まったら、ものの道理としてナキータが裁決を下さなければならないと思うのだが、今井は迷ってしまった。ギルガンがあの短時間で二人も倒したということはギルガンは相当に強いのだ。もしナキータがいなくてもギルガン一人で充分に戦えたかもしれない。それに馬車を守る必要がないというのもギルガンの意見に賛成だった。むしろ馬車を守るために貴重な戦力を割くのは間違っている。しかし、カラシルの方が上司だし、ここはカラシルの味方をしないわけにはいかない。

「ギルガン!」

 今井は厳しい声を出した。

「戦いには役割があります。自分の任務を果たすべきです」

「しかし、ナキータ様…」

 ギルガンが不満そうにしている。そこで今井はニッコリ笑ってうなずいた。後で、カラシルがいないところで、褒めてあげようと思った。


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