4話
ピピピッ、と鳴るスマホのアラームを止める。
……もう朝?
……お弁当と朝ごはん、作らなきゃ。
まだ眠い目をこすりながら、僕はのろのろと体を起こした。
朝ヶ峰高校に通い始めて、早一か月。
お弁当を作って持ってくる男の子って、なんかかっこいいよね――そんな理由で始めたけど、最初はそりゃもう大変。
なにが大変って、早起きするのが。
とはいえ、今はもう慣れっこ。
ついでに朝ごはんも作れるし、気づけば今では僕が朝食担当になっている。
顔を洗って、身支度をして、朝ごはんを作って、そんなことをしていたら、あっという間に家を出る時間になっていた。
そのとき、ピロリンとスマホが鳴る。
『奏多。おはよう』
夢じゃなかった!?
エレナからのメッセージを見て、僕は改めて実感する。
校舎裏での告白も。
エレナの家でブラジャーを見つけたことも。
一緒にピザを食べたことも。
ぜんぶ。
ぜーんぶ、現実だったんだ。
思春期の男子高校生が寝てる間に見た夢。なんて、そういうオチじゃなかったらしい。
だって、こうして普段通りの朝を迎えると、昨日の出来事が全部夢だったんじゃないかって疑いたくなるじゃん?
……あっ。
とりあえず、返信しないと。
『おはよう! 昨日はよく眠れた?』
軽くそう返すと、すぐに既読がついた。
『うん、よく寝れた。また学校でね』
短くてシンプルな返信。
知り合ったばかりなのに、なんとなくエレナっぽいなぁ、なんて思ってしまう。
すると、続けてもう一通メッセージが届いた。
『奏多。愛してる』
……なんて恐ろしい子なんだ。
エレナには、羞恥心って言葉はないのだろうか。
昨日も寝る前に何通かやり取りをしたけど、最後には
『奏多。好きよ』ってメッセージが届いていた。
しかも昨日の今日で、好きから愛してるにパワーアップしている。
今後もこの、エレナの好き好き愛してるマシンガンを浴び続けるのか……。
そう思った瞬間、ものすごく体が熱くなった気がした。
エレナにここまで言わせてるんだ。
僕も、せめて「好き」くらいは返してあげるべきなんじゃないか……。
――よし。
そう思って、僕も好きだよ、と打ち込んでみる。
……いや、ムリムリムリムリ。
恥ずかしい。
恥ずかしすぎる。
なんだこれ。
文字を送るだけなのに、ものすごく恥ずかしいんだけど……!
うんうん唸った末に、僕がようやく返せたのは――ハートを抱えた犬のスタンプだった。
これが、今の僕の限界値です。
しばらくして、ポコンとエレナからスタンプがひとつ届いた。
――僕がさっき送った、あの犬のスタンプ。
えっ、それ有料のやつなんだけど。
……わざわざ買ったのかな?
気に入ってくれたのなら、いいんだけど。
でも、こんなやり取りをしていると、本当に恋人同士みたいだなって思ってしまう。
……いや、実際そうなんだけど。
でも、エレナは僕のことを女の子だと思ってるし。
騙してるつもりなんてないんだけど。
それでも、なんだか胸の奥がちくりと痛んだ。
……早く、ちゃんと誤解を解きたいなあ。
それに、このことが椎名にバレたらどうなると思う?
……絶対、笑い転げる。
それはもう、間違いなく。
『あんた、女の子に女の子だと思われて告白されたの?』
って、にやにやしながら言ってくるに決まってる。
そんなの駄目だ。
絶対に許されない。
見返すどころか、一生の笑いのネタにされる。
だから、椎名にバレる前にエレナの誤解を解かないといけない。
そうすれば椎名にギャフンと言わせられる。
よし、今日も頑張るぞ!!
そう意気込んで家を出た、その途端。
「おっ、おはよう奏多」
笑顔でこちらに歩いてくる椎名と、ばったり鉢合わせた。
「……っ」
……最悪。
今は、いちばん顔を合わせたくない相手だったのに。
これだから幼なじみってやつは。
最寄り駅に行くには、どうしたって僕の家の前を通ることになる。
「なに、その反応」
し、しまった!?
もろに顔に出ちゃった。
じろりと睨むように見てくる椎名に、僕は思わず視線をそらす。
「いや、なんでもないです」
「なんでもないなら、なんでこっち見ん!!」
椎名はずいっと目の前までやってくると、僕の顔を両手でむぎゅっと掴んで、無理やり目線を合わせようとしてきた。
「さては、なんか隠し事してるな? 吐け。さっさと吐け」
ぐぅ……なんて勘のいい幼なじみだ。
まるでドラマやアニメに出てくる探偵みたいに、椎名は鋭い目で僕を見てくる。
探偵さん!
僕がやったんです!――って、自分から白状したくなるレベルだ。
……でも、言うわけにはいかない。
「いやあ、相変わらず太ももがデカイなあって……」
その瞬間、椎名の眉がぴくりと動いた。
次の瞬間、掴まれていた僕の頬がぎゅーっと横に引っ張られる。
「あ? よく、本人を目の前にしてそんなこと言えるな。喧嘩売ってるのか?」
「ああ〜〜、ほっへひっはらはいへ〜〜!」
「なら、さっさと吐け。じゃなきゃ引きちぎるぞ」
――っ!?、なぜだろう。不思議と下半身のある部分がゾワッとくる。
「くぅ……無駄に変なところだけ頑固なんだから。はあ、もういい。めんどくさい」
椎名は大きくため息をつくと、掴んでいた僕の頬をようやく解放した。
……ほっぺ、痛い。
「……さっさと行こ。学校遅れるし」
「うん」
めんどくさそうに言う椎名に返事をして、僕は歩き出した。
ここから駅までは徒歩で十分くらい。
そこから電車に揺られて、朝ヶ峰高校の最寄り駅へ向かう。
さっきまであんな空気だったのに、不思議なもので、道中はなんだかんだ色んな話で盛り上がった。
……ほんと、幼なじみって不思議な関係。
……ていうか、学校に着いたら大丈夫かな。
椎名に、僕とエレナの関係がバレたりしないよね?
……いや、さすがに考えすぎか。
いくら椎名が幼なじみだからって、エレナと接点があるわけじゃない。
しかもクラスだって別だし。
うん。
大丈夫。たぶん大丈夫。




