400万再生!?『私の美しさにひれ伏しなさい、愚民ども♡』
「はぁぁぁぁぁぁぁっ……疲れた……もうマジで死ぬかと思った……」
千歳先生の冷ややかな視線と、クラスの男子たちが放つ殺意の波動から逃げ出した俺は、一目散に家へと逃げ帰ってきた。
玄関で靴を乱暴に脱ぎ捨て、パツンパツンで息苦しい妹の制服を着替える気力すら起きず、そのまま自室のベッドにうつ伏せでダイブした。
ボフッ、と柔らかい布団に顔を埋める。
(とにかく……これで成績『C』だけは回避できた。母さんの拷問も避けられたんだ……)
俺の社会的尊厳は完全に息を引き取ったが、背に腹は代えられない。
重い体を少しだけ寝返らせ、制服のポケットからスマホを取り出した。家に帰ったら、まずはネットとSNSをチェックする。それが現代を生きる男子高校生のルーティンだ。
「まずはクラスのグループLINEでも見るか……」
画面を開いた瞬間、俺は目を疑った。
グループチャットの未読件数が『99+』というカンスト状態になっており、その全てが俺(火乃のアカウント)へのメンション(タグ付け)だったのだ。
『おい口鷺! 逃げんじゃねえ!』
『親戚の巨乳美少女に妹の制服着せるとか、お前ガチのド変態だったんだな! 引くわ!』
『裏切り者! 処刑だ! 明日学校来たら絶対に窓から逆さ吊りにしてやる!!』
『俺たちのルサンチマン(非モテの恨み)を思い知れェェェッ!』
「…………」
俺は無言でスマホの画面をスワイプし、そっとLINEのアプリを落とした。
見なかったことにしよう。俺のHP(精神力)はもうゼロを通り越してマイナスだ。
その時。
ピコンッ、と個人チャットの通知が鳴った。相手は親友の猪祐だ。
『猪祐:……火乃。俺はお前を信じていた。「三次元の女なんて興味ない」って語り合ったあの夜は嘘だったのか?』
『猪祐:お前が裏であんな超絶美少女と同棲していたとはな。心底失望したよ』
『猪祐:罰として、毎晩俺がDMで送っていた【厳選深夜のムフフ画像集】の供給は、今日をもって無期限で打ち切らせてもらう。さらばだ、裏切り者』
「なっ!? ふざけんな猪祐! それとこれとは話が別だろ!!」
俺はベッドの上で跳ね起き、必死にフリック入力を開始した。
俺たち男子にとって、あのムフフ画像集は砂漠におけるオアシスなのだ! あれを絶たれたら、俺のささやかな楽しみが完全に消滅してしまう!
(待て! 違うんだ! あれには海よりも深い訳があって……!)
長文の言い訳をタイピングしている最中、今度はもう一人の親友――あの厨二病メガネの繁倉から立て続けに個人チャットが飛んできた。
『繁倉:火乃よ。俺も猪祐と同意見だ。貴様には失望した』
『繁倉:だが、俺は風の噂――いや、ネットの深淵で、とんでもない映像を見つけてしまったのだ』
(映像……?)
『繁倉:昨夜、突如としてネットにアップロードされ、瞬く間に世界を席巻しているこの神動画。……背景に映っているのは間違いなくお前の部屋だが、この『白髪の絶対女王』は一体誰だ!?』
『繁倉:お前、ヒナくんという大天使を匿いながら、裏ではこんな神まで飼い慣らしていたというのか!? 嫉妬で狂いそうだぞ!!』
チャットのメッセージと共に、動画共有サイトのURLが送られてきた。
「動画? 白髪の女王……?」
俺は嫌な予感をヒシヒシと感じながら、ベッドから起き上がった。
制服の胸元がはち切れそうにキツいが、今はそれどころではない。
その時、俺の胸の谷間から、真紅の光の粒子がフワリと溢れ出した。
光はパソコンデスクの上に着地し、あのドS妖精――ウルミの姿を形作った。
「ふぁ〜あ……。よく寝たわ」
手のひらサイズのウルミは優雅に欠伸をすると、どこからともなく『小さなティーカップ』を魔法で取り出し、パソコンのモニターの横にちょこんと座って紅茶を啜り始めた。
「ズズッ……。あら、どうかしたの? そんなに青ざめた顔をして」
「お、お前……! 人の気も知らないで優雅にティータイムしてんじゃねえ!」
俺は文句を言いながらも、震える指で繁倉から送られてきた動画のURLをタップした。
画面が切り替わり、再生ページが表示される。
動画のタイトルはこうだ。
『【放送事故】底辺配信者の家に謎のメカが墜落!? 突如現れた白髪の超絶美少女がロボットをワンパンで粉砕する神回www』
「…………は?」
俺の視線は、動画のタイトルの下にある『再生数』のカウンターに釘付けになった。
――4,250,180 回視聴。
「よ、よんひゃくっ……にじゅうまん!?」
俺は震える手で再生ボタンを押した。
そこに映っていたのは、間違いなく昨夜の俺の部屋だった。
天井を突き破って現れた漆黒のロボット。そして、深紅の光と共に現れた、今の俺と同じ顔つきだが、雪のような白髪と赤い瞳を持った『ドS魔法少女』。
『あらぁ……。まだ生きていたのね、薄汚い鉄屑』
画面の中の俺が、冷酷な笑みを浮かべてロボットを見下ろしている。
そして、空飛ぶカメラ(俺のウェブカメラ)を引き連れて空へ舞い上がり、巨大な深紅の雷球でロボットを一撃で消し炭にする一部始終が、高画質でバッチリと記録されていた。
動画のコメント欄は、完全に祭り状態だった。
『CGすごすぎだろwww』
『いやこれガチっぽくないか? リアルタイムで見てたけど、スパチャの飛び方異常だったぞ』
『てかこの美少女誰!? 新人のVTuber!?』
『白髪の女王様エッッッッ!!』
『「薄汚い鉄屑」って罵られたい……』
『この赤い魔法少女のファンクラブどこですか?』
「おわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺はスマホを放り投げ、頭を抱えて絶叫した。
終わった。俺の平和な日常も、しがないゲーム配信者としての細々としたキャリアも、全てがこの400万再生の動画と共にネットの海に飲み込まれてしまったのだ。
「どうすんだよこれえええっ! 世界中に俺の女体化(ドSモード)が拡散されてるじゃねえか!!」
俺が半狂乱になって部屋を転げ回っているというのに。
「ズズッ……。あら、いい香り。人間界の茶葉もなかなか悪くないわね」
元凶であるウルミは、俺のパソコンのモニターの隅で、動画の再生数など全く意に介さず、ただひたすらに優雅なティータイムを満喫しているのだった。




