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謎の魔力カプセルを飲んで配信スタート!……って、リスナーの反応がなんかおかしいんですけど!?

 ベッドの上で絶望のどん底に沈んでいたヒナは、ふと違和感を覚えて天井を見上げた。


 昨夜、漆黒のロボットによってド派手にぶち破られたはずの大穴。

 そこは今、深紅の魔法のツタが複雑に絡み合い、まるで元からそこにあった天井のように綺麗に塞がっているように見えた。


 だが、よく目を凝らしてみると、ツタの隙間から夕暮れの空がチラチラと透けて見えているではないか。


「……おい、ウルミ」

「ズズッ……。あら、どうかしたの?」


 パソコンのモニター横で優雅にティータイムを満喫している手のひらサイズのドS妖精に、俺は震える指を突きつけた。


「あの天井……直ってないよな? ただツタで覆い隠してるだけだよな!?」


 ウルミはティーカップをことりと置き、呆れたようにため息をついた。


「当たり前でしょう。あの時の私には、お前の部屋の『オモチャ(フィギュア類)』を修復するだけの魔力しか残っていなかったのよ。屋根まで完全に直せるわけないじゃない」

「オモチャより先に屋根を直せよ!! 雨が降ったらどうするんだよ!」


「そんなの知らないわよ。業者の人間にでも頼めばいいじゃない」

「頼めるか! 修理代に何十万かかると思ってんだ!」


 俺は頭を抱えてベッドを転げ回った。

 高校生の小遣いで払える額ではない。もしオカンにバレたら、成績Cどころか命の保証すらない。


(どうする!? いや、待てよ……)


 俺の脳裏に、昨夜の配信で滝のように流れていた『スーパーチャット(投げ銭)』の赤い光景がフラッシュバックした。


(配信だ……。あのバズり散らかした配信で、リスナーたちから修理代を巻き上げるしかない!)


 しかし、致命的な問題がある。

 繁倉から送られてきた400万再生の動画。そこに映っている『ドS魔法少女ウルミ』は、雪のような白髪に真っ赤な瞳をしていた。


 今の俺は、青みがかった銀髪に、黄金の瞳だ。

 いくら顔の造形が同じでも、このままカメラの前に座れば「誰だお前」「コスプレ乙」と炎上するのは目に見えている。


「あーあ……。どうしよう……」

 俺がベッドでうんうん唸っていると、ウルミがふわりと空中に浮かび上がり、俺の目の前まで飛んできた。


 パチンッ。

 彼女が指を鳴らすと、俺の手のひらにコロンと『真っ赤なカプセル』が落ちてきた。


「な、なんだこれ?」

「私の魔力を高濃度で圧縮したカプセルよ。それを飲めば、少しの間だけ『私と同じ髪色』に変えてあげるわ」


 ウルミは蠱惑的な笑みを浮かべ、俺の耳元で甘く囁いた。


「ほら、早く飲みなさいな。それとも……雨漏りする部屋で一生震えて過ごすつもり?」


 背に腹は代えられない。

 俺は覚悟を決め、その真っ赤なカプセルを水も無しにゴクリと飲み込んだ。


 その瞬間だった。


「――っ!?」


 カッと、体の奥底から信じられないほどの『熱』が爆発した。

 胃の腑から焼け付くような熱波が這い上がり、全身の血管をドクン、ドクンと激しく駆け巡る。


「あ、はぁっ……! な、なんだこれ……っ!」


 ただの熱じゃない。

 甘く、とろけるような痺れが指先から背筋へと走り、肌の表面が粟立つような、ゾクゾクする感覚が襲ってきたのだ。

 服が肌に擦れるわずかな刺激すらも、脳髄を直接撫でられているように敏感に感じ取ってしまう。


「う、あ……っ、はぁっ、はぁっ……」

「あらあら。高濃度の魔力にあてられて、体が過敏になっているのね。ふふっ、可愛い声」


 熱い吐息が口から漏れる。

 頬がカッと熱くなり、自分の意志とは無関係に、まるで極上の快感を与えられているかのように顔が歪んでしまう。

 息を吸うたびに肺が熱く焼け焦げそうで、俺はベッドのシーツをギュッと握りしめた。


「ひぅっ……! ば、ばか、変な薬……飲ませ……っ」

「少しの間だけよ。……ほら、鏡を見てみなさいな」


 俺は荒い息を吐きながら、フラフラと立ち上がって鏡を見た。

 そこには、先程までの青銀髪ではなく、雪のように真っ白なハクハツへと変化した俺の姿があった。

 目は黄金のままだが、熱に浮かされて潤みきった瞳は、信じられないほど色っぽく、危険なほど無防備に見えた。


「よし……これなら……っ」


 俺はまだ火照る体を引きずりながら、パソコンの前に座り、震える手で配信ソフト(OBS)を立ち上げた。


 ――配信開始。


 俺はカメラの画角を少し上にずらし、俺自身は机の下に隠れるようにしてしゃがみ込んだ。

 つまり、配信画面に映っているのは『誰も座っていない空のゲーミングチェア』と、『ツタで覆われた異様な天井』だけである。


 チラリとサブモニターの待機人数を確認する。


『待機人数:7,842人』


「ななせん……っ!?」

 俺は机の下で、危うく悲鳴を上げそうになった。

 普段の同接800人から、約10倍に膨れ上がっている。


 俺が息を潜めている間にも、コメント欄は滝のような速度で流れ続けていた。


『【草生える太郎】:おっ、枠開いたぞ!』

『【赤き女王の犬】:女王様キタアアアッ!! はやく踏んで!!』

『【野生のイノ】:うおおおお! ヒノ、早く顔見せろや!』

『【古参ゲーマーA】:おい昨日のはマジで何だったんだよ!?CG!?』

『【銀縁の探求者】:待っていたぞ、深淵より舞い降りし白銀のレディよ……』

『【限界ドM民】:踏まれたい踏まれたい踏まれたい踏まれたい』

『【合法ロリ神】:てか部屋の天井マジでどうなってんのww 草生えすぎだろww』


(ヤバいヤバいヤバい! 古参と新規が入り乱れて地獄みたいになってる!)


 俺は机の下でガタガタと震えた。

 猪祐いのすけっぽい奴や、繁倉しげくら特有の痛いコメントまで混ざっている気がするが、今は気にしている余裕はない。


 どうする? 昨日のウルミみたいに、ドSで高圧的な態度で出ればいいのか!?

 いや、やるしかない! 屋根の修理代のために!


 俺は深呼吸を一つして、ゆっくりと、本当にゆっくりと机の下から顔を出した。


 ひょこっ。


 画面の下端から、真っ白な髪と、黄金の瞳だけがヌッと現れる。

 そして、恐る恐るゲーミングチェアによじ登り、カメラの真正面にちょこんと座った。


 俺は精一杯、ドSで冷酷な表情のつもりを作った。


「あ、えっと……」


 静寂。

 コメント欄の動きが、一瞬だけ完全にピタリと止まった。


(あ、あれ? なんか怒らせた!?)


 俺がパニックになりかけた、その時。


『【野生のイノ】:ちょっっっっっっ!?!?』

『【古参ゲーマーA】:え?』

『【銀縁の探求者】:……おお、なんという可憐な……』

『【赤き女王の犬】:女王様!? いや、髪は白いけど、目が金!?』

『【草生える太郎】:え、めっちゃプルプル震えてない?ww』

『【限界ドM民】:てか顔赤くない!? えろっ!!』


 コメントが再び爆発した。


(いかん! このままじゃ舐められる! 稼げない!)

 俺は昨日のウルミのセリフを必死に思い出し、声を低くして言い放とうとした。


「あ、あらぁ……! ひ、ひれ伏しなさいっ、この……き、きせいっちゅ……!」


 ――ガリッ。


「ふにゃっ!?」


 緊張のあまり、思い切り自分の舌を噛んでしまった。

「いったぁ……っ! じ、じだが……っ(舌が)」


 俺は涙目で口元を押さえ、痛みのあまりゲーミングチェアの上で身悶えした。

 魔力カプセルの熱のせいもあって、顔は限界まで真っ赤。目からはポロポロと生理的な涙が溢れ出ている。


 痛い。恥ずかしい。

 終わった。俺のドSキャラは完全に崩壊した。

 きっとコメント欄は「なんだこいつ」「思ってたのと違う」「ふざけんな」と大荒れに違いない。


 俺が絶望して画面を見ると――。


『【赤き女王の犬】:あああああああ可愛いいいいいい!!!』

『【限界ドM民】:舌噛んだwww ぽんこつすぎるwww』

『【野生のイノ】:やばい、なにこの生き物、俺が保護して養いたい』

『【古参ゲーマーA】:ドSキャラ作ろうとして失敗してて草』

『【銀縁の探求者】:強がりな子羊……これもまた至高……ッ! 尊い……ッ!』

『【草生える太郎】:ヒノどこ行ったww なんでこんな美少女が代わりに配信してんだよww』


【スーパーチャット ¥10,000】『無理してドSぶらなくていいよ! そのままでいて!』

【スーパーチャット ¥50,000】『舌大丈夫!? 病院代!! 足りる!?』

【スーパーチャット ¥5,000】『ギャップ萌えで死ぬかと思った。結婚して』


「…………ええええええええっ!?」


 赤、黄色、緑。

 色とりどりのスーパーチャット(投げ銭)が、狂ったように画面を埋め尽くし始めた。

 画面が札束で殴られているような状態だ。


(なんでだよ!? お前ら昨日はあんなにドM全開だったじゃねえか!! なんで舌噛んで泣いてる奴に金投げるんだよ!!)


「あ、あのっ! ち、違うんです! 私は……っ」


 俺が必死に弁解しようとすればするほど、リスナーたちは「テンパってるww」「声震えてて可愛いww」とさらに面白がり、投げ銭の勢いは加速していく。


『……ふふっ。なかなか面白くなってきたじゃない』

 俺の胸の谷間の奥で、ウルミが腹を抱えて笑っているのが分かった。


 こうして、俺の『ドS魔法少女』としての華麗なるデビュー戦は、開始わずか五分で『ぽんこつゲーマー美少女』へと路線変更(強制)されることになってしまったのだった。

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