夏海(なつみ)」としてチャンネル乗っ取り宣言!?
画面を埋め尽くす色とりどりのスーパーチャットの嵐。
舌を噛んで涙目になっている俺(白髪の姿)を見て、7000人を超えるリスナーたちはなぜか大熱狂していた。
(ど、どうなってるんだよこれ……! とにかく、早く場を収拾しないと!)
俺は火照る頬を両手でパシパシと叩き、コホンと一つ咳払いをしてから、恐る恐るウェブカメラを見つめ返した。
「あ、えっと……! み、みなさん、はじめまして……っ」
俺が上擦った声で挨拶をすると、流れる速度が異常なコメント欄が、さらに加速した。
『【野生のイノ】:喋ったああああ!!』
『【限界ドM民】:声めっちゃ可愛い! 昨日のドSボイスとのギャップえぐい!』
『【草生える太郎】:てかお前誰だよww ヒノはどうしたヒノはww』
古参リスナーからのもっともなツッコミ。
俺は事前に考えておいた(というより、今朝方からずっと脳内でシミュレーションしていた)苦しい言い訳を口にした。
「あ、あのですね……っ。このチャンネルの持ち主だった火乃くんは……その、昨夜の不慮の事故(物理的な天井崩落)により、現在……療養中でして」
『【古参ゲーマーA】:ヒノ逝ったああああああああ!!』
『【銀縁の探求者】:友の尊き犠牲の上に舞い降りた、白銀の天使……ッ!』
『【野生のイノ】:ヒノ、お前のことは忘れない(手のひらクルー)』
(お前らあっさり親友(俺)を切り捨てやがったな!?)
机の下で拳を握りしめつつ、俺は必死に営業スマイルを作った。
「そ、そういうわけで……! 火乃くんが復帰するまでの間、私がこのチャンネルを預かることになりました! えーと、名前は……『夏海』です!」
咄嗟に、ウルミの名前に近しい響きである『夏海』という偽名を名乗ってしまった。
『【赤き女王の犬】:夏海ちゃん!!』
『【合法ロリ神】:夏海ちゃん推すわ。お布施します(¥5,000)』
『【草生える太郎】:これ今日からゲーム配信じゃなくてVTuberの枠じゃねえかww』
「き、今日はとりあえず皆さんに挨拶と……状況の説明だけということで、ゲーム配信はお休みさせていただきますっ。その、心配おかけしてすみませんでした……!」
俺はカメラに向かって、深々と頭を下げた。
その後は約一時間、怒涛のQ&A(という名のリスナーからのイジり)タイムだった。
「スリーサイズは?」「ドSな罵倒もう一回やって!」「天井から星が見えてるぞww」など、セクハラとツッコミが入り乱れるカオスな空間。
俺は慣れない女の子の振る舞いと、魔力カプセルの副作用による謎の火照りに耐えながら、なんとか愛想笑いでその場を凌ぎ切った。
「はぁ、はぁ……。そ、それじゃあ皆さん、今日はこの辺で配信を終わりますね……っ。見に来てくれて、ありがとうございました……!」
俺がマウスのカーソルを『配信終了』のボタンに合わせ、ホッと息を吐き出した、その時だった。
『……ふふっ。よく頑張ったわね、変態器くん。でも、最後くらいは私に挨拶させなさいな』
(えっ!? ちょっ、まっ――)
俺が止めるより早く。
胸の谷間に居座っていたウルミの魔力が、ドクンッ!と俺の全身の支配権を数秒間だけ強引に奪い取った。
「あ……ぁ……っ」
俺の体から力が抜け、ゲーミングチェアの背もたれに深くもたれかかる。
そして次に目を開けた瞬間――黄金色だった俺の瞳は、血のように深い『ルビー色』へと染まっていた。
画面の向こうの7000人が、息を呑む気配がした。
先程までのオドオドした『ポンコツ美少女』のオーラは完全に消え失せ、そこには絶対的な力を持った『支配者』が座っていた。
俺はカメラに向かって蠱惑的に微笑み、艶やかな指先で自分の唇をそっと撫でた。
「……というわけで。画面の向こうで涎を垂らしている、そこの汚い豚ども」
声のトーンが、一気に1オクターブ下がる。
背筋が凍るほど冷たく、そして甘い、極上のドSボイス。
「今日は特別に見逃してあげるわ。……私が直接そっちへ行って、お前らの無駄な体力を『一滴残らず搾り取って』あげなかったこと……せいぜい神に感謝することね♡」
流し目と共に放たれた、色気と殺気が混じり合う爆弾発言。
コメント欄が「うおおおおお!?」「女王様ッ!!」「搾り取ってえええ!!」と完全に崩壊したのを確認し――。
カチッ。
ウルミはマウスをクリックし、配信を強制終了させた。
「――――っはぁ!?」
配信がブツンと切れた真っ黒なモニターの前で、俺はガバッと身を起こした。
瞳の色はすでに黄金に戻っている。
「お、おまっ……! ウルミ! 最後になんてこと言って終わってんだよ!? あんなの完全にアッチ系の意味に聞こえるだろうが!!」
「あら、事実でしょう? 私が本気を出せば、あんな羽虫ども一瞬で灰にして生命力を搾り取れるもの」
「リスナーの命を物理的に搾り取ろうとするな!!」
俺が頭を抱えて絶叫していると、モニターの画面が切り替わり、本日の配信の『アナリティクス(収益結果)』が表示された。
「……えっ?」
俺は自分の目を疑った。
そこには、今までのしがないゲーム配信時代には見たこともないような、とんでもない桁の数字が並んでいたのだ。
『本日のスーパーチャット収益:620,450円』
「ろ、ろくじゅうまん……!? たった一時間の雑談で!?」
俺はゲーミングチェアから転げ落ちそうになった。
60万! 60万あれば、この物理的にぶち破られた屋根と天井を完璧に修理して、さらにお釣りがくる! これでオカンに殺されずに済む!!
「やったぁぁぁっ! これで俺の命は繋がったぞぉぉっ!」
「ふふっ。豚どもが貢いだはした金で大喜びね。本当に安い男」
ウルミの毒舌も今の俺にはノーダメージだ。
俺は歓喜のあまり、白髪のまま部屋の中をクルクルと踊り回った。
しかし。
その喜びは、ふとカレンダーに目をやった瞬間に、冷や水としてぶっかけられた。
「……あ」
カレンダーの明日の日付の欄には、『通常授業』の文字がある。
そうだ。屋根の修理代は稼げたが、俺にはもっと深刻な、現在進行系の問題があったのだ。
「明日の学校……どうしよう」
俺は膝から崩れ落ちた。
今日の朝、俺は『火乃の親戚の西川ヒナ』として、忘れ物のロボット模型を届けるためだけに学校へ行った。俺はうちの高校の生徒名簿には載っていない、完全な部外者(不審者)なのだ。
でも、俺の中身は『口鷺火乃(高校2年生)』である。
明日も学校に行かなければ、無断欠席扱いになってしまう。
「で、でも、今の俺の姿は女(Dカップ)で……。火乃として登校したら絶対にバレるし、かといってヒナの姿で行っても、座る席なんてないし……っ!」
パニックである。
いっそ、変装して清掃員のおばちゃんとして学校に潜入するか!? いや、無理だ! こんな派手な見た目でバレないわけがない!
「ううっ……詰んだ……。俺の学園生活、完全に終わった……」
俺が両手で顔を覆い、ぷくぅっと頬を膨らませて涙目になっていると。
モニターの横で紅茶を飲んでいたウルミが、面白そうにクスクスと笑い声を上げた。
「ふふっ……相変わらず騒々しい器ね。……まあいいわ。今日、私の退屈を少しだけ紛らわせてくれたご褒美よ。明日の学校のことは、この私が上手く手配してあげるわ」
「えっ……本当か!? どうやって!?」
俺がすがるような目を向けると、ウルミは悪戯っぽく目を細め、細い指先で俺の下半身――正確には、スカートの裾から少しだけ見えている『あるモノ』を指差した。
「それは明日のお楽しみよ。……でも、その前に。さっさとその『水色の下着』、洗濯して乾かしておきなさいな」
「へ?」
「明日の朝には、その下着の持ち主(お前の妹)が、お泊まりから帰ってくるんでしょう? 『私のお気に入りのパンツがない!』って騒がれたら、お前の変態ド変態シスコン野郎としての尊厳が、今度こそ完全に消滅するわよ?♡」
「――――ッ!!」
俺は全身の毛穴がブワッと開くのを感じた。
ヤバい!! そうだ、俺が今穿いているのは、今朝パニックになって適当にタンスから引っ張り出した、七瀬(妹)の勝負下着(水色ストライプ)だった!!
「あわわわわわっ!! 脱ぐ! 今すぐ脱いでお風呂場で手洗いしてドライヤーで乾かす!!」
俺の『60万円稼いだ凄腕VTuber(?)』としての栄光はわずか数分で消え去り。
俺は今夜も、妹のパンツを握りしめながら、己の男としての尊厳の底抜けっぷりに涙を流すのだった。




