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リスナーの熱狂は魔力に変換される!?

 翌朝。

 カーテンの隙間から差し込む朝日が、まぶたの裏をチカチカと刺激した。


「ん……」


 ヒナは重い体を寝返らせ、ゆっくりと薄目を開けた。

 視界のピントが合う。

 しかし、見慣れたはずの自室の天井よりも先に、とんでもない『異物』が目に飛び込んできた。


「おはよう、火乃ひーくん」


 すぐ隣。俺の枕元からわずか数十センチの距離で、頬杖をついた見知らぬ女がこちらを見下ろしていた。


「――ッ!?」


 心臓が肋骨を突き破るかと思うほど跳ね上がった。俺は声にならない悲鳴を上げながら、布団を蹴飛ばして壁際まで後ずさる。


「わっ! おま、誰……っ!?」


 そこにいたのは、年齢不詳の圧倒的な美女だった。

 雪のように真っ白な髪がシーツの上に零れ落ち、深いルビー色の瞳が俺を品定めするように細められている。そして、昨夜の配信で画面越しに見た、あの真紅のドレス。


「予想通りのいい反応ね。どう? これが私の本来の姿よ」

「う、ウルミ……!? なんで!? お前、ボールくらいのサイズしか魔力がないって……!」


 パニックに陥る俺をよそに、ウルミはベッドの上でゆっくりと身を起こした。長い脚を組み替え、余裕の笑みを浮かべる。


「忘れたの? 昨日の夜、あんたが世界中に向けて配信をやったじゃない」

「配信がどうしたんだよ……」

「画面の向こうで豚ども……もとい、人間たちが熱狂していたでしょう。欲望、歓喜、興奮。そういった『強烈な感情の波』は、私のような存在にとっては極上の魔力エネルギー源になるのよ」


 ウルミは艶やかな指先で、自分の白い髪をくるりと弄った。


「あの配信で集まった膨大な思念を、一本の魔力回路に束ねて吸収させてもらったわ。おかげで、こうして一時的に元の姿を保てるくらいには回復したというわけ」


「……まじかよ」


 俺は唖然とした。

 つまり、あの7000人のリスナーが画面の向こうで騒げば騒ぐほど、こいつの魔力が回復するということか。ネットのスパチャとコメントが、ガチの魔法の燃料になっているなんて。


「まあ、完全復活には程遠いけれどね。それでも、今日あんたの学校について行くくらいの仕事はできるわ」

「ついて行くって……その姿でか!?」


 俺はウルミを指差した。

「絶対にダメだ! お前、ネットで400万再生されてる『魔法少女』の姿そのままだろ! 特にうちの妹(七瀬)は魔法少女オタクなんだぞ。一目見た瞬間にバレる!」


「ちっ……面倒ね」

 ウルミは不満げに舌打ちをしたが、俺の必死の抗議には一理あると悟ったらしい。

 彼女がパチンと指を鳴らすと、全身を包んでいた真紅のドレスが光の粒子となって弾けた。


 次に現れたのは、落ち着いたネイビー色のブレザーに、チェック柄のスカート。

 ご丁寧に、俺が今着ているのと同じ『うちの高校の女子制服』である。さらに、彼女の真っ白だった髪色がスッと変色し、俺と同じ『青銀髪』へと落ち着いた。瞳の色だけは、隠しきれないのかルビー色のままだが。


「これで文句ないでしょう? 髪の色もあんたに合わせてやったわ」

「いや、待て! なんで制服なんだよ! 親戚の『保護者』として来るんじゃないのか!?」


「は? 私がなんで老け役をやらないといけないのよ」

 ウルミは呆れたように俺を見た。

「いいこと、今日から私は『西川ルミ』。あんた(西川ヒナ)の双子の姉という設定よ。これなら、親戚の家に姉妹揃って身を寄せていると言い張れるでしょう」


「双子……っ。お前、自分が学校生活を楽しみたいだけだろ!」

「さあ、急ぐわよ。階下から卵を焼くいい匂いがしてるわ。妹の七瀬ちゃんを待たせるのは可哀想でしょう?」


 俺のツッコミを完全に無視し、ウルミは勝手に部屋のドアを開けて廊下へと出て行ってしまった。


 階段を下りると、一階のダイニングにはトーストの香ばしい匂いと、フライパンで卵をかき混ぜる音が響いていた。

 出張で不在の母さん(オカン)に代わり、朝食の準備をしてくれている七瀬の背中が見える。


「あ、ヒナさん、おはよう! 今ちょうど――」


 七瀬が振り返り、俺に挨拶をしようとして……完全に言葉を失った。

 彼女の視線は、俺の背後に立っている『見知らぬ青銀髪の美少女(制服姿)』に釘付けになっている。


「えっと……ヒナさん? そちらの人は……?」

 七瀬が探るような目で尋ねてきた。当然の反応だ。


 俺は引きつりそうになる頬の筋肉を必死に抑え込み、努めて明るい声を出した。


「あ、あはは! おはよう七瀬ちゃん! ええとね、紹介するよ。彼女は私の双子の姉の……『ルミ』! 昨日、七瀬ちゃんがお泊りに行ってる間に、こっちの家に合流したんだ!」


「はじめまして、七瀬さん。妹がいつもお世話になっているみたいね」

 ウルミ――いや、ルミは、完璧な淑女の笑みを浮かべて軽く会釈をした。その立ち振る舞いには、どこか抗いがたい気品が漂っている。


「ふ、双子……」

 七瀬は俺とルミの顔を交互に見比べた。

「た、たしかに髪の色とか雰囲気は似てますけど……なんというか、ルミさんの方がすごく大人っぽいというか……」


「あら、嬉しい。ありがとう」


 ルミがふわりと微笑む。

 当然だ。ヒナの中身は思春期の男子高校生だが、こいつの中身は何百年生きているか分からない傲慢な精霊なのだから。


「そうだ、お兄ちゃんは?」

 七瀬が思い出したように周囲を見回した。「ヒナさんたちのお世話をするって言ってたのに、まだ起きてきてないの?」


「あっ、火乃くんね!」

 俺は咄嗟に嘘を重ねた。

「火乃くん、急に数日間の……その、ネトゲの合宿(?)に行っちゃって! しばらく家には帰らないって言ってたよ!」


「はぁ? なにそれ。相変わらずバカみたい」

 七瀬は深い溜め息をつき、呆れ果てたように肩をすくめた。

「まあいいや。お兄ちゃんのことは放っておきましょう。とりあえず、朝ごはん出来たから座って。トーストとスクランブルエッグくらいしかないけど」


「ありがとう。いただくわ」


 かくして、ダイニングテーブルを囲む奇妙な朝食の時間が始まった。


 七瀬が淹れてくれたコーヒーを片手に、ルミはただの安い食パンをまるで高級フレンチのフルコースでも味わうかのように、優雅な手つきで口に運んでいる。その所作の一つ一つが無駄に美しく、七瀬すら少し見惚れている様子だった。


 一方の俺は、胃の中が鉛を飲み込んだように重かった。

 目の前で、自分を乗っ取った張本人が『双子の姉』という謎のポジションにおさまり、自分の妹と普通に会話しながらトーストを齧っているのだ。


(ああもう……なんだこの偽造家族は……)


 自分がついた嘘が雪だるま式に膨れ上がり、もう二度と元の『口鷺火乃』の日常には戻れないのではないか。

 そんな現実逃避の思考を噛み殺しながら、俺は味のしないスクランブルエッグを無言で胃に流し込んだ。

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