「火乃の彼女!? 前世で国でも救ったのか!?」……だから俺が火乃だって言ってるだろ!!
「さあ、恐れることはない。この俺が直々に、君の盾となろう……」
教室の最後列、俺(火乃)の席。
その真ん前に陣取った親友の繁倉は、銀縁メガネをスッと押し上げながら、息を吐くように痛々しい台詞を並べ立てていた。
「それにしても……驚いたよ。我がクラスという名の退屈な箱庭に、君のような大天使が舞い降りてくるなんてね。どうだい? もし君が迷える子羊なら、放課後、俺と一緒に――」
「あ、ははは……」
俺は引き攣った愛想笑いを浮かべながら、ひたすら小さくコクリコクリと頷くことしかできなかった。
(死にたい……。こいつ、自分がどれだけ恥ずかしいこと言ってるか自覚ないのか? ていうか、中身はいつもお前と一緒にソシャゲのガチャ回してる親友だぞ!!)
親友からガチのトーンで口説かれるという、鳥肌が立つような地獄の時間が過ぎていく。
クラスの男子たちは繁倉の謎の覇気(厨二病オーラ)に押されて遠巻きに見ているが、その目は依然として俺の姿――特に制服がはち切れんばかりの胸元――に釘付けになっていた。
俺の精神力が限界に達しそうになった、その時だった。
「ちょっと繁倉くん。朝からあんまり女の子を困らせないでくれる?」
凛とした、しかしどこか冷ややかな声が教室に響いた。
繁倉の肩がビクッと跳ねる。
声の主は、腕に『風紀委員』の腕章をつけ、長い黒髪をポニーテールにまとめた真面目そうな女子生徒――このクラスの委員長である、綾瀬だった。
「お、おお……綾瀬くんか。俺はただ、この迷えるレディをエスコートして――」
「はいはい、あなたのエスコート(笑)はいいから、自分の席に戻りなさい」
綾瀬は繁倉をゴミでも見るような目で一蹴すると、クルリと俺の方へ向き直った。
その鋭い視線が、俺の顔、そして胸元をジッと見定める。
「あなた……見ない顔ね。うちのクラスの生徒じゃないでしょ? どうして口鷺くんの席に座ってるの?」
委員長の真っ当すぎる質問に、教室中の耳がピクッと動くのが分かった。
全員が、俺の答えを待っている。
(キタ! ここだ! 朝、七瀬相手に練習したあの設定を出すんだ!)
俺はゴクリと唾を飲み込み、できるだけ可憐で、か弱い女の子を演じるように少し上目遣いを作った。
「あ、あの……はじめまして。私は、西川ヒナ……と言います」
「西川……ヒナさん?」
「はい。えっと……火乃くんの、遠い親戚で……」
――ピタッ。
教室の空気が、一瞬にして凍りついた。
男子生徒たちの目が、驚愕に見開かれている。
「し、親戚……?」
「おい待て……よく見たら、あの子、火乃と髪の色や目の色が似てるぞ……!」
「ってことは、マジで血が繋がってるのか!?」
男子たちがザワザワと騒ぎ始めた。
(よし! 納得してくれた! さすが俺の完璧な設定!)
俺が心の中でガッツポーズを決めた、次の瞬間。
「いや、騙されるな!!」
モブ男子の一人が、血走った目で叫んだ。
「あんな……あんな絶世の巨乳美少女が、あの陰キャゲーマーの口鷺火乃の親戚なわけがない!! 百歩譲って親戚だとしても、どうして朝早くからわざわざ火乃の席に来るんだよ!?」
「そ、そうだ! まさか……火乃の奴、親戚とか言い張って、実は同じ家で同棲してるんじゃないのか!?」
「なっ……!?」
俺は目を丸くした。
「いや、親戚設定はカモフラージュだ! 実は彼女なんだろ! そうに決まってる!!」
「あの野郎ォォォッ!! 毎日俺たちと『三次元の女なんてクソだぜ』とか語り合ってたクセに、裏でこんっな超絶美少女(Dカップ)と付き合ってたのかよォォォッ!!」
「許せねえ! 明日学校に来たら絶対に絞め殺す!!」
ドワァァァァッ!! と、教室中の男子たちのルサンチマン(嫉妬と怒り)が爆発した。
(おいいいいいいっ!! なんでそうなるんだよ!? 飛躍しすぎだろ!!)
俺は心の中で激しくツッコミを入れたが、口からは「あ、あわわ……」という情けない声しか出ない。
目の前で、親友の繁倉までがワナワナと震えながら、メガネを外して涙を拭いていた。
「火乃……お前、俺という親友がいながら……こんな隠し球を持っていたとは……っ! 許さん……っ!」
(お前まで敵に回るのかよ!!)
俺の『火乃の彼女疑惑』は、わずか数十秒でクラスの公式設定(確定事項)として男子たちの脳内に刻み込まれてしまった。
俺はもう、何も言い返せずに、ただただ愛想笑いでやり過ごすしかなかった。
「――はいはい、そこ! うるさいわよ! 静かにしなさい!」
パンッ! と、綾瀬が教卓を叩いて男子たちを黙らせた。
さすが委員長。頼りになる。
「全く、あんたたち馬鹿ばっかりね……。で、西川さん?」
「ひゃ、ひゃいっ!」
綾瀬はため息をつきながら、俺に尋ねた。
「親戚だか彼女だか知らないけど、どうしてあなたがわざわざ学校に来たの? もうすぐ朝のホームルームが始まるわよ」
「あ、そ、そうでした! これです!」
俺はハッと思い出し、胸に抱きかかえていた大きな紙袋を机の上にドンッと置いた。
「火乃くん……今朝、すごく慌てて出かけちゃったみたいで。今日の授業で絶対に提出しないといけない『ロボット模型』の課題を家に忘れてたんです!」
「ロボット模型……ああ、理科の千歳先生の課題ね」
「はい! これを出さないと成績を『C』にされるって、火乃くんいつも怯えてて……。だから私、代理で提出しに来たんです!!」
俺は必死に身振り手振りを交えながら、健気な親戚(彼女)のフリをして訴えかけた。
成績Cを回避するためなら、なんでもする。
その必死な姿(と、それに合わせて激しく揺れる胸の谷間)を見たクラスの男子たちは、一瞬で顔を真っ赤にしてノックアウトされていた。
「なんて……なんて健気でいい子なんだ……」
「火乃の奴、前世で国でも救ったのか……?」
(ちがう! 俺が火乃だっつーの!)
心の中で男子高校生(俺)が泣き叫ぶ中、俺の学校潜入ミッションは、いよいよ最大の難関――『教師への提出』へと移ろうとしていた。
――ガララッ!
「はいはい、みんな席に着いてー。ホームルーム始めるわよー」
教室の前のドアが開き、気怠げな声と共に一人の女性が入ってきた。




