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「迷子の子猫ちゃん、俺がエスコートしようか?」……って、お前ら俺の悪友(バカ)だろうが!!

 通い慣れたはずの通学路が、今日ほど長く、そして恐ろしく感じたことはなかった。


 ヒナは、ロボット模型が入った大きな紙袋を胸に抱き抱えるようにして、逃げるように学校の正門をくぐった。

 始業前の校庭や下駄箱付近には、多くの生徒たちが行き交っている。


「おい、見ろよあの子……」

「すっげえ美人……新入生? いや、転校生か?」

「スタイルやば……っ」


 すれ違うたびに、男子生徒たちのヒソヒソ声と、熱を帯びた視線が容赦なく突き刺さる。

 鼻の下を伸ばして立ち止まる奴や、見とれて電柱にぶつかる奴までいる始末だ。


(ううっ……視線が痛い……! 早く模型を出して帰らないと!)


 俺は羞恥で耳まで熱くしながら俯き、逃げるように廊下へと急いだ。

 その時だった。


 ドンッ。


「きゃっ!?」


 下ばかり見ていたせいで、誰かの胸板に思い切りぶつかってしまった。

 バランスを崩しそうになるのを必死に堪え、俺は慌てて顔を上げた。


「ご、ごめんなさい……っ!」


 そこに立っていたのは、見慣れた顔だった。

 俺のクラスメイトであり、気の置けない悪友の一人――猪祐いのすけだ。


 猪祐は、ぶつかってきた俺の顔――正確には、制服がはち切れんばかりの凶悪な胸の谷間と、青みがかった銀髪の美少女の顔を交互に見て、一瞬完全にフリーズした。


 しかし、次の瞬間。

 あいつは制服のポケットから『黒いサングラス』をシャキーン!と取り出し、無駄にスタイリッシュな動作で顔に装着したのだ。


「ほう……。どうやら、迷子の子猫ちゃんが一人、この学園に迷い込んだようだな」


 猪祐はサングラスの奥で(絶対にニヤついているだろう)キメ顔を作り、前髪をファサッと払った。


「どうだい? もし君が望むなら……この俺が直々に、学校案内エスコートをしてやろうか? 可愛いお嬢さん……」


(…………)

(こいつ……相変わらずこういう痛い奴だな!!)


 俺は心の中で、全力のツッコミを入れた。

 こいつは昔から、ちょっとでも可愛い女子を見るとすぐにこういう『勘違いクールキャラ』を演じる癖があるのだ。まさか、中身が俺(親友)だとも知らずにナンパを仕掛けてくるとは。


「あ、え、えーと……っ!」


 ここで正体がバレるわけにはいかない。

 俺は必死に声を裏返らせて、か弱い女の子のフリをした。


「だ、大丈夫です! 自分で、行けるから……っ! ご、ごめんなさい!」

「えっ? あ、ちょっ――」


 俺は猪祐の伸ばしかけた手を華麗にスルーし、脱兎のごとくその場から走り去った。

 後に残されたのは、サングラスをかけたまま虚空を掴んでフリーズしている親友バカの姿だけだった。


 なんとか数々の視線(と変態的なナンパ)を掻き潜り、俺は自分のクラスである『2年B組』の教室へとたどり着いた。


(よし、着いた……っ! さっさと模型を置いて帰るぞ!)


 ガラガラッ、と教室のドアを開ける。

 朝のホームルーム前の教室は、クラスメイトたちの賑やかなお喋り声で満ちていた。

 だが、見知らぬ青銀髪の巨乳美少女(俺)が一歩教室に足を踏み入れた瞬間、その場にいた全員の視線が突き刺さり、教室は水を打ったように静まり返った。


(うっ……痛い痛い! 視線が痛い!)


 俺は心の中で悲鳴を上げながら、顔を伏せて教室の奥へと歩き出した。

 目指すは、俺(火乃)の指定席――いわゆるアニメや漫画で主人公が座る絶対的聖域、『窓際のいちばん後ろの席』だ。


 しかし、その席の『一つ前』の席には、俺にとって最も厄介な人物の一人が座っていた。


「いや〜、昨日の深夜アニメの作画は神がかってたよなぁ。特にあの変身バンクが――」


 オタク仲間のモブ男子と熱く語り合っていた長身の男――繁倉しげくらは、ふと視界の端に俺を捉え、ピタリと彫像のように固まった。


 繁倉。細身の長身に、知的な(ように見える)銀縁メガネをかけた俺の親友の一人。

 こいつも猪祐と同レベルか、あるいはそれ以上に拗らせた『厨二病』の持ち主である。


(ヤバい、繁倉だ! あいつ、絶対に面倒くさい絡み方してくる!)


 俺は繁倉の驚愕に見開かれた目から必死に視線を逸らし、完全スルーを決め込んで彼の手前を素通りした。

 そして、何も言わずに自分の席(火乃の席)へとストンと腰を下ろし、抱えていた大きな紙袋を机の上にドンッと置いた。


「……えっ?」


 目の前で、繁倉の間の抜けた声が聞こえた。

 見知らぬ美少女が、突然自分の後ろの席(しかも親友である火乃の席)に座り、意味深な紙袋を置いたのだから、混乱するのも当然だろう。


 だが、混乱しているのは繁倉だけではなかった。

 俺が席に座ってから、わずか二分後。


「お、おい君! 誰だい!? なんで火乃の席に座ってるんだ!?」

「すっげえ可愛い! もしかして転校生!?」

「いや、わざわざ火乃の席に来るってことは……おい、まさかお前、火乃の彼女か!?」

「は!? あの陰キャゲーマーにこんな爆乳の彼女がいるわけないだろ!!」


 ドワーッ!と、教室中の男子生徒たちが俺の席の周りに押し寄せてきた。

 まさに阿鼻叫喚の群衆モブパニック。俺の前の席に座っていた繁倉は、「ぐわぁっ!?」という情けない悲鳴と共に、群衆の波に飲み込まれて弾き飛ばされてしまった。


「あ、えと……その、私は……っ! あの……っ」


 四方八方から飛んでくる質問の嵐と、男子特有の熱気に当てられ、俺は完全にキャパオーバーに陥っていた。


(た、助けてくれウルミ!! お前のドSオーラでこいつらを黙らせてくれ!)


 俺は必死に胸の谷間(ウルミの滞在場所)に向かってテレパシーを送ったが……。


『……すぅ……すぅ……』


(寝てやがる!! 朝の制服フィット魔法で魔力使ったからって、こんな非常事態に爆睡してんじゃねえ!!)


 万事休す。

 俺の目は泳ぎまくり、「あ、えっと……あ、う……」と、カオナシのような声しか出せなくなっていた。


 男子たちの勢いは止まらない。

「ねえ、名前なんて言うの!?」

「火乃とはどういう関係!? まさか同棲してるとか言わないよな!?」


 俺が完全に泣きそうになった、その時だった。


「――そこまでだ、愚民どもッ!!」


 教室の反対側から、やたらとよく響く、芝居がかった大声が轟いた。

 全員が一斉に振り返る。そこには、群衆から弾き出されていたはずの繁倉が、なぜか右手の親指を天井に向けてグッと突き上げ(サムズアップ)、謎の決めポーズで立っていた。


「し、繁倉……?」

 クラスの男子たちがポカンとする中、繁倉はゆっくりと、まるで裏社会のドンか何かのような大仰な足取りでこちらへと歩み寄ってきた。


 そして、中指でスッと銀縁メガネの位置を直す。

 窓から差し込む朝日が、彼の細いメガネのレンズに『キラッ☆』と鋭く反射した。


「麗しきレディに対して、あまりにも野蛮な尋問ではないか……? 貴様ら、彼女が怯えているのが分からないのか」


 繁倉は低く、無駄に響くイケボ(作っている)で言い放った。


「これ以上、この可憐な子羊にプレッシャーを与えるというのなら、この俺が許さない。……全員、彼女から1メートル以上距離を取れ!」


 バサァッ!と、着てもいないマントを翻すような幻覚が見えるほど、見事な厨二病ムーブである。


 クラスの男子たちは「うわぁ……また繁倉の病気が始まったよ……」とドン引きし、サァーッと潮が引くように俺の机の周りから離れていった。


(…………)

(なんなんだよこいつら!! この四ツ目のバカは、一体何をやろうとしてるんだ!?)


 助かったのは事実だが、目の前に立つ親友の痛すぎる行動に、ヒナは顔を引き攣らせながら、ただただ呆然とするしかなかった。


(親戚の留守番っていう設定を伝えるだけなのに、なんでこんなに状況がカオスになっていくんだよ!!)

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