「泥棒猫! お兄ちゃんを返しなさい!」……いや、俺がそのお兄ちゃんなんですけど!?
「お兄ちゃん? まだ寝てるの? もうお昼になるよ?」
ベッドの横まで歩いてきた七瀬が、呆れたようにため息をつく音が聞こえた。
布団の中で、俺の心臓は早鐘のように激しく鳴っている。
どうする? どうやって誤魔化す!?
「……ん? あれ?」
七瀬の声のトーンが、急に変わった。
彼女は、床に散乱している俺の服や、半壊しているクローゼット(昨夜のロボットの襲撃の爪痕だが、魔法で適当に誤魔化されている)には気づいていないようだが。
――バサッ!
「起きてよ、お兄――」
七瀬が力強く掛け布団を引っぺがした。
そこに丸まっていたのは、もちろん『お兄ちゃん』ではない。
青みがかった銀髪を乱し、サイズの合わないダボダボのTシャツからとんでもない太ももと谷間を覗かせた、涙目の絶世の美少女(俺)だった。
「…………え?」
七瀬の目が、限界まで見開かれた。
俺も、布団を剥ぎ取られたマヌケな姿勢のまま、完全にフリーズしている。
一秒、二秒、三秒。
部屋の中に、永遠のような沈黙が流れた。
「え、えーと……」
俺は引き攣った愛想笑いを浮かべながら、必死に手を振った。
「お、おはよう、七瀬ちゃん……。えへへ……その、これは……」
「……誰、あなた」
七瀬の声は、氷のように冷たかった。
その瞳に宿っているのは、見知らぬ不審者に対する警戒心と、極度の混乱。
「えっ? あ、いや、私はその……」
「お兄ちゃんはどこ!? あなた、お兄ちゃんをどうしたの!」
「ち、違う! 落ち着いて! 私は怪しい者じゃ――」
「誘拐犯! 泥棒猫! お兄ちゃんを返しなさい!!」
「ギャアアアアッ!?」
パニックになった七瀬が、なんとベッドの上に飛び乗り、俺の首元にガバッと掴みかかってきたのだ!
「うぐっ……! な、ななせ……首、首が……っ!」
七瀬の細い腕が、俺の首をギシギシと締め付ける。
可愛い妹とはいえ、パニック状態の女子高生の馬鹿力は侮れない。
(ぐほっ……! 息が……!)
俺の意識が遠のき始める。
三途の川の向こうで、亡きお爺ちゃんが「こっちへ来い」と手招きしている幻覚が見えた。
(いやだぁぁ! 女体化した挙げ句、妹に絞め殺されるなんていう最悪のバッドエンドはご免だぁぁっ!!)
俺が必死にもがいている間、胸の谷間に隠れているはずのウルミは、助けてくれる気配など微塵もなく、むしろ(ほう、人間の姉妹喧嘩か。面白い見世物ね)とでも言いたげな沈黙を守っていた。
あいつ、絶対に俺の心の中でポップコーン食ってやがる!!
「け、げほっ! は、離せ……死ぬ、死ぬってば!」
俺が涙目でジタバタと暴れ、なんとか七瀬の腕を引き剥がした。
「はぁ……はぁ……」
ベッドの端に転がり、新鮮な空気を肺に吸い込む。
「言え! あなた誰なの!? お兄ちゃんをどこにやったの!」
七瀬は未だに殺気立った目で俺を睨みつけている。
(ヤバい、何か……何か完璧な言い訳をでっち上げないと、マジで通報される!)
俺のポンコツ脳が、過去のラノベや漫画の知識を総動員して、一つの『設定』を弾き出した。
「わ、私は……っ!」
俺は咳き込みながら、必死に作り笑いを浮かべて言った。
「私は……お前の兄さんの、遠い親戚の……『西川 ヒナ』だ!」
「……え?」
七瀬の動きが、ピタリと止まった。
「そ、そう! ヒナだよ! 火乃お兄ちゃんの親戚の!」
俺は勢い任せに言葉を紡ぐ。
「か、火乃お兄ちゃんは……今朝早く、急な用事があって出かけちゃったんだ! それで、私が急遽、留守番を頼まれたってわけ! ……そう、そういうこと!」
「親戚……?」
七瀬は怪訝そうに眉をひそめ、俺の顔をジロジロと見つめた。
「でも、あなた……お兄ちゃんと髪色や目の色がそっくり……」
(よしっ! 俺の元々の遺伝子がここで活きたぞ!)
俺は心の中でガッツポーズをした。
「そうだろう? 血が繋がってるからね! ははは……はは……」
俺が引き攣った笑みを浮かべていると、七瀬は俺のダボダボのTシャツ――と、それを押し上げている凶悪な双丘へと視線を移した。
「……本当にお兄ちゃんの親戚? じゃあ、なんでお兄ちゃんの服を着てるの?」
「うっ……! そ、それは……」
俺は言葉に詰まった。
しまった。いくら親戚の留守番とはいえ、男の部屋で男の服を着てベッドで寝ている女子高生(?)なんて、どう考えても怪しすぎる!!
(どうする!? ここからどうやって誤魔化せばいいんだ!?)
七瀬の目が、再びスッと細められる。
「もしかして……あなた、お兄ちゃんの『そういう関係』の人……?」
「ブッッッ!?」
俺はあまりの衝撃に、盛大にむせてしまった。
妹に、俺自身(の女体化)が「お兄ちゃんのカノジョ」だと勘違いされようとしているのだ。
これ以上の地獄が、この世にあるだろうか。




