「私の新しい『器』くん、その爆乳気に入ったかしら♡」……男の尊厳を返せ!
(ん……重い……)
目を覚ますと、胸の上にずっしりとした重みを感じた。
息苦しい。きっと飼い猫のムイが、俺の胸の上で丸まって寝ているのだろう。
「んん……どけよ、ムイ……」
寝ぼけ眼を擦りながら、俺は声を出した。
――ピタッ。
自分の声を聞いて、俺の思考が完全に停止した。
(……は?)
今、俺の口から出たのは、鈴を転がすような、信じられないほど甘くて可愛らしい『女の子の声』だった。
昨夜の記憶がフラッシュバックする。
天井を突き破ってきた漆黒のロボット。深紅の宝石。そして、謎のドSな女の声。
いやいや、待て待て。あれは全部、配信中に寝落ちして見た『熱を伴う悪夢』だ。そうに決まっている。
しかし、胸の上の重みはリアルだ。ムイをどかそうと、俺は自分の胸に手をやった。
――ぐにっ。
(…………え?)
柔らかい。
あり得ないほど柔らかくて、ずっしりとした質量のある『肉の塊』が、俺の胸元に二つ、デカデカと鎮座していた。
「ひゃああっ!?」
俺はパニックを起こし、ベッドから勢いよく飛び起きた。
そのまま部屋の隅にある全身鏡へ向かって猛ダッシュしようとし――自分の体の重心が明らかに変わっているせいで足がもつれ、盛大にすっ転んだ。
「いったぁ〜い……っ」
涙目で顔を上げ、這うようにして全身鏡の前に立つ。
そして、鏡に映った自分の姿を見て、俺は三度目のフリーズを迎えた。
「……誰だ、これ」
そこに映っていたのは、俺と同じ『青みがかった銀髪』と『黄金の瞳』を持つ、見知らぬ絶世の美少女だった。
俺が寝る前に着ていたダボダボのTシャツと短パン姿だが、今の体には絶望的にサイズが合っていない。
異常に細く引き締まった腰回り。そして何より、Tシャツの生地をはち切れんばかりに押し上げている、凶悪なまでに巨大な『双丘』。
「待て待て待て。冷静になれ俺。まずは現状分析だ」
俺は鏡の前で、古代ギリシャの哲学者のようなポーズを取り、自分の胸を真剣な眼差しで見つめた。
「この質量と重力への逆らい方……控えめに言ってもCカップ以上……いや、Dカップは確実にあるぞ。成長期の妹(七瀬)が今たぶんBカップくらいだから……って、俺は何を妹の胸と真剣に比較してんだ!!」
セルフノリツッコミを入れつつも、男としての悲しい性か、俺は鏡の前で自分の腕を高く上げてみた。
サイズの合わないTシャツの隙間からチラリと覗く、白くて滑らかな自分の『脇』をまじまじと観察する。
(おお……女の子のワキって、こんなにすべすべしてていい匂いがするのか……)
俺が自分のワキに謎の感動を覚えていると、突然、俺のTシャツの胸元――その巨大な谷間の奥で、『ゴソゴソ』と何かが動く気配がした。
「うおっ!? なんだ!?」
俺が胸元を広げて覗き込むと、そこからヒョッコリと、小さな『女の子』が顔を出した。
手のひらサイズのフィギュアほどの大きさ。背中に羽はないが、空中にふわりと浮き上がり、小さな口を大きく開けて可愛らしく欠伸をした。
それは昨夜、俺の体を乗っ取ってロボットを粉砕した、あのドS魔法少女の顔だった。
「ふぁ〜あ……。よく寝たわ」
妖精サイズの彼女は、自分の傑作(俺の体)を満足げに見回し、フフッと誇らしげに笑った。
「どう? 気に入ったかしら。あなたがあの時『体を捧げる』って言ったから、ちょっと間借りさせてもらったんだけど」
彼女は空中で腕を組み、ニヤニヤと悪戯っぽく笑う。
「私の魔法のせいか、それとも他の要因か……あなたの体が勝手に今の姿に『進化』しちゃったのよね。だから、私のせいにしないでね〜?」
「勝手に進化ってなんだよ! 俺の男としての尊厳を返せ!」
俺が涙目で叫ぶと、妖精は呆れたように肩をすくめた。
「やかましいわね。感謝こそすれ、文句を言われる筋合いはないわ。……まあいいわ。これから同じ体を共有する仲だし、名乗っておいてあげる」
妖精は空中で優雅に一礼し、蠱惑的な笑みを浮かべた。
「私の名前は、鳴海 夏海。……原初の魔法少女よ。よろしくね、新しい私の『器』くん♡」
ふわりと空中に浮かびながら、妖精サイズの彼女――ウルミは、艶やかな声でそう名乗った。
その可愛らしいサイズ感とは裏腹に、彼女から放たれるのは背筋が凍るような絶対的なプレッシャーだった。昨夜、漆黒のロボットを笑いながらドロドロに溶かしたあの『ドS魔法少女』のオーラそのものだ。
「……は? うるみ?」
俺の口から、マヌケな声が漏れた。
原初の魔法少女? 新しい器?
俺のポンコツな脳が、状況を整理しようと必死に回転を始める。
(えーと、つまり……昨日の夜、俺の部屋にロボットが突っ込んできて、あの赤い石が光って……このチビ妖精が俺の体を乗っ取ったってことか?)
俺は眉をひそめ、目の前で優雅に空を飛んでいるウルミをジト目で睨んだ。
「お前……誰だか知らないけど、人の体を勝手にこんな……こんな『爆乳』にしやがって! 俺の男としての人生をどうしてくれるんだ!」
俺が涙目で抗議すると、ウルミはフッと鼻で笑った。
「あら、そんなに怒ること? むしろ感謝してほしいくらいだわ」
彼女は俺の巨大な胸――つまり、自分の『仮の住処』となった場所を満足げに見下ろした。
「私が魔法でベースを整えてあげたからこそ、その体はこれほどの『進化』を遂げたのよ? ほら、自分で触ってみなさいな。そのハリ、その柔らかさ。……男なら誰もが夢見る、至高の芸術品でしょう?」
「だからって、自分がその芸術品になりたかったわけじゃねえよ!!」
俺の悲痛な叫びを無視して、ウルミは空中で腕を組み、チッチッと指を振った。
「そもそも、あなたがあの時『体を捧げる』と言ったのよ。契約は成立しているわ。それに……あなたのその青みがかった髪と黄金の瞳。私の魔力と驚くほど相性が良くてね。器としては合格点を与えてあげる」
「合格点とか聞いてない! 頼むから元に戻してくれ! 俺、明日からどうやって学校に行けばいいんだよ!」
「学校? そんな下らない場所に行く必要なんてないわ。あなたは今日から、このウルミ様の専用の器として――」
トントン。
その時。
俺たちの口論を遮るように、部屋のドアが軽くノックされた。
「お兄ちゃーん? 起きてる? もう朝だけど、今日学校どうするの?」
ドアの向こうから聞こえてきたのは、少し不機嫌そうな妹――七瀬の声だった。
昨夜、友達の家に泊まりに行っていたはずの七瀬が、どうやらもう帰ってきているらしい。
――ピタッ。
俺の全身から、一気に血の気が引いた。
(や、やばい……っ! 七瀬だ! あいつ、いつの間に帰ってきてたんだ!?)
今の俺の姿は、どう見ても『見知らぬ青銀髪の巨乳美少女』だ。
こんな姿を妹に見られたら、完全に終わる。いや、それ以前に、「お兄ちゃんが部屋に女を連れ込んでいる!」と誤解されるのも最悪だ。
「おい、隠れろ! 妹だ!」
俺は小声でウルミに怒鳴り、パニックになりながら部屋を見回した。
「あら、ご家族? 挨拶くらいしてあげても――」
「バカ言え! お前みたいな空飛ぶ妖精が見つかったら、完全にオカルト番組直行だろ! いいから早くどこかに隠れろ!」
俺が焦って手をジタバタさせると、ウルミは「やれやれ」と肩をすくめた。
「仕方ないわね。私は少し、魔力の回復も兼ねて休ませてもらうわ。……あなたの『その中』でね♡」
言うや否や、ウルミの小さな体がスッと光の粒子に変わり、俺のTシャツの胸元――その深い深い谷間の奥へと吸い込まれるように消えていった。
「ひゃうっ!?」
冷たい光の粒子が胸の谷間に入り込んだ感触に、俺は思わず変な声を出してしまった。
だが、安堵する暇もない。
「お兄ちゃん? なんか変な声聞こえたけど……入るよ?」
ガチャリ、とドアノブが回る音がした。
(終わったあああああああっ!!)
俺は咄嗟の判断で、猛ダッシュでベッドに飛び乗り、頭の先まで分厚い掛け布団をバサッと被った。
ギィィ……とドアが開き、七瀬が部屋に入ってくる気配がする。




