「瞬き一つ許さないわ、哀れな子羊たち」……おい、俺の家が半壊してるんだが!?
瓦礫の山となった自室。
天井にぽっかりと開いた大穴から月明かりが差し込む中、真紅のドレスを纏った絶世の美少女――俺(の体)は、妖艶な笑みを浮かべて立ち尽くしていた。
部屋の隅まで吹き飛ばされた漆黒のロボットが、ガガガッ……と不快な機械音を立てながら、ゆっくりと立ち上がろうとしている。
『……おい、小僧』
ふいに、脳内にあの艶やかな大人の女の声が響いた。
俺の体を乗っ取っている張本人、謎のドS魔法少女の声だ。
『先程からあそこの机の上で、チカチカと瞬いているあの不愉快な黒い箱は何だ? 妙な視線を感じるのだが』
俺はハッとして、半分ひしゃげたパソコンデスクに目を向けた。
そこにあるのは、奇跡的に無傷で生き残っていたウェブカメラだ。緑色のランプが点灯し、今のこの異常事態を世界中に垂れ流し続けている。
(あ、あれはカメラだ! 今、俺の部屋の状況がネットを通して世界中に生配信されてるんだよ!)
俺が心の中で叫ぶと、女はピタリと動きを止めた。
『生配信……? つまり、遥か遠くにいる大勢の人間たちが、今の私を注視していると?』
(そうだ! 今、800人くらいが見てる! だから頼む、早く逃げ――)
『――素晴らしい』
(は?)
俺の制止を無視し、女は――いや、俺の体は、ヒールを鳴らしてパソコンデスクへと優雅に歩み寄った。
そして、ウェブカメラを細い指先でひょいっと持ち上げる。
(ちょっ、バカやめろ! 引っ張るな! ケーブルが抜ける! 電源がないと動か――)
ブチッ。
無情にも、USBケーブルが千切れる音が部屋に響いた。
(あぁっ! 俺の配信が!?)
終わった。これでカメラの電源が落ち、俺のストリーマーとしてのキャリアも真っ暗闇に沈む――そう思った、次の瞬間。
『電源……要するに、雷の魔力のようなものだろう? 容易いことだ』
バチッ!
俺の指先から微弱な紅い稲妻が走り、カメラの基盤へと直接流れ込んだ。
するとどうだろう。プツンと途切れかけたウェブカメラのランプが再び力強く点灯し、あろうことか、フワフワと宙に浮き始めたではないか!
(うおおおお!? カメラが浮いた!? てか、魔力で電化製品動かせるのかよ!?)
空飛ぶウェブカメラは、俺の顔の正面にピタリと静止した。
女はカメラのレンズ越しに――つまり、画面の向こうの800人の視聴者に向かって、極上のS気を孕んだ蠱惑的なウインクを放った。
「画面の向こうの哀れな子羊たち……。私を見る特等席、しっかり用意してあげたわ。瞬き一つ許さないから、この美しい姿をその目に焼き付けなさいな♡」
[コメント]
:!?!?!?!?
:うおおおおおおおおっ!!!
:カメラ浮いた!? ワイヤレス給電!?
:魔法少女(物理法則無視)キタコレ!!
:ウインクで俺の心臓止まったんだが???
:画角が神すぎる! ヒノ、お前最高のカメラマンだよ!
:てか、この美少女誰!? 踏んでください!!
(やめろおおおおっ! 俺の体を勝手に使ってファンサービスするな!!)
俺の絶叫をガン無視し、女は空飛ぶカメラを引き連れたまま、天井の大穴から夜空へとふわりと舞い上がった。
眼下には、見慣れた住宅街の風景が広がっている。
そして、家の前の道路には、先ほど俺の部屋を破壊した漆黒のロボットが重々しく着地し、こちらに赤い単眼のターゲットを定めていた。
『脅威レベル更新。対象を【特級魔導生命体】と認定。これより、最大火力による殲滅フェーズに移行する』
ロボットの両肩が開き、無数の小型ミサイルポッドと、巨大なエネルギー砲が展開される。
夜の住宅街に、ウィィィィン……という絶望的な充填音が響き渡った。
(おいおいおいおい! あんなの撃たれたら、俺の家どころか町内が消し飛ぶぞ!! 逃げろってば!!)
『五月蝿い小僧ね。少し黙っていなさい。……観客の前で、無様な姿は晒せないでしょう?』
女は空中に浮かんだまま、ルビーの魔法杖を優雅に構えた。
真紅のドレスが夜風に激しく翻り、彼女の圧倒的なプロポーション――特に、重力に逆らうように主張する豊満な双丘が、ドローン化したカメラにバッチリと映り込んでいる。
[コメント]
:デッカ……!!!
:揺れた! 今絶対揺れた!!
:ヤバいヤバい、ロボットのミサイル撃ってくるぞ!?
:美少女逃げてええええ!!
ロボットの砲口から、目が眩むような極太のレーザーと、数十発のミサイルが一斉に発射された。
迫り来る死の閃光。
しかし、彼女は逃げるどころか、艶やかな唇を三日月に歪めて嘲笑った。
「あら、花火? いいわね、少しは私の暇潰しになりそうじゃない」
彼女が杖を軽く一振りすると、空中に巨大な『真紅の魔法陣』が展開された。
レーザーとミサイルが魔法陣に激突する――が、爆発すら起きない。
すべての攻撃が、魔法陣という名のブラックホールに泥のように吸い込まれ、一瞬にして消滅してしまったのだ。
『エラー。攻撃の消失を確認。論理予測不能――』
ロボットの合成音声が、初めて戸惑いを見せた。
「ふふっ。もう終わり? ならば……今度は私からのお返しよ」
女は空高く杖を掲げた。
先ほどロボットが放った全エネルギーが、何十倍にも圧縮され、彼女の頭上に巨大な『深紅の雷球』として顕現する。
その規格外の魔力圧に、周囲の空気がビリビリと悲鳴を上げた。
「跪きなさい、鉄屑。……そして、絶望の中で溶け落ちなさいな!」
振り下ろされた杖と共に、深紅の雷がロボットに向かって一直線に叩き込まれた。
――ズガガガガガガガガッッッ!!!
圧倒的な光と轟音が、夜の街を包み込む。
ロボットの強靭な装甲などまるで紙切れのように、深紅の雷によってドロドロに融解し、跡形もなく消し炭へと変わってしまった。
後に残されたのは、真っ黒に焦げた道路のクレーターと、静寂だけ。
「あら。つまらない玩具だったわね」
女はため息をつきながら、空飛ぶカメラに向かって流し目を送った。
その圧倒的な強さと、ゾクッとするほど冷酷でドSな表情に、コメント欄は完全に崩壊していた。
[コメント]
:えええええええええええ!?
:強すぎワロタwwwwwwwww
:一撃必殺かよ!!
:なんだこの神配信!? 映画じゃん!!!
:【スーパーチャット ¥50,000】お姉様! もっと罵ってください!!
:【スーパーチャット ¥10,000】踏んで! 俺も溶かして!!
赤や黄色の高額スーパーチャット(投げ銭)が、滝のように画面を流れ始める。
(おいいいいいいいっ!! なんでお前ら、この状況でスパチャ投げてんだよ!? 狂ってんのか!! っていうか、俺の家が半壊してるんだけど!? 修理代どうすんだよおおおっ!!)
夜空に舞う美少女の姿とは裏腹に、俺の精神はすでに限界を迎えていた。
こうして、俺の(そしてドS魔法少女の)伝説の配信は、ネットの海に消えることのない巨大な爪痕を残してしまったのだった。




