「あらぁ、薄汚い鉄屑ね♡」……って、それ俺の体です!!
(――まったく、あの馬鹿妹は。こんな得体の知れない石ころを押し付けやがって)
パソコンのモニターの明かりだけが灯る薄暗い自室。
俺――口鷺火乃は、手のひらサイズの『深紅の宝石』を弄びながら小さくため息をついた。
数時間前のことだ。
魔法少女アニメをこよなく愛する中学生の妹(七瀬)が、庭で理科の課題をやっていた最中、泥の中からこの奇妙な宝石を掘り当てたのだ。
七瀬は「魔法のアイテムだ!」と大興奮で数時間ほど変身ポーズを試していたが、ただの綺麗な石ころだと悟るやすぐに飽き、「お兄ちゃんにあげる!」と俺に押し付けて、友達の家へお泊りに行ってしまった。
「まあ、プラモの台座の飾りにでもするか」
俺は宝石をパソコンデスクの端にコトリと置き、ヘッドセットを装着した。
俺の趣味――それは、しがないゲーム配信者としての活動だ。
現在の同接(リアルタイムの視聴者数)は約800人。
トップ層には遠く及ばないが、いつも見に来てくれる常連たちとワイワイやるこの空間が、俺にとっては最高に居心地のいい『居場所』だった。
「よし、マイクテスト。あー、あー。聞こえてるかお前ら。今日も『異世界魔法少女ファンタズマ』の泥臭いレベル上げ配信、やっていくぞ」
画面の端を高速で流れていくコメント欄が、一気に加速する。
[コメント]
:待ってたぞヒノ!
:今日も作業ゲーかよww
:おいヒノ、机の端にある赤い石なに?
「ん? ああ、これか?」
コメントに反応し、俺はウェブカメラにさっきの『深紅の宝石』を映して見せた。
「妹が庭で掘り出した石ころだよ。魔法少女の変身アイテムだー! とか騒いでたけど、ただのガラス玉だな」
[コメント]
:妹ちゃん可愛いww
:ヒノ、お前がそれで変身しろよww
:おっさんの魔法少女とか需要ねえよ!
「馬鹿言え、俺は正真正銘の男子高校生だぞ。……おっと、ゲームに戻るか。ここでこの魔法を撃ち込めば――」
俺がマウスをクリックしようとした、その瞬間だった。
――ビリビリビリッ!!
突然、部屋の窓ガラスが激しく共鳴し、ヘッドセット越しでも分かるほどの『重低音』が響き渡った。
「な、なんだ!? 地震か!?」
[コメント]
:え、ヒノの部屋めっちゃ揺れてない!?
:カメラ倒れそう!
:なんか上から音しないか?
リスナーの言う通りだった。
音は、俺の頭上――天井のすぐ裏から聞こえてくる。
そして。
――ズドォォォォォォンッ!!!
耳を劈くような爆発音と共に、突如として頭上の天井が完全に吹き飛んだ。
大量の瓦礫と木材が、俺の部屋に土砂降りのように降り注ぐ。
「うおあああっ!?」
もうもうと舞い上がる土煙。
パラパラと崩れ落ちる天井の大穴から、月明かりを背にして『巨大な黒い鉄の塊』がドスンと部屋に降り立った。
赤い単眼のレンズを不気味に光らせる、身長2メートルを超える漆黒のロボットだ。
『コマンド:エネルギー源の探索。座標特定完了』
機械的な合成音声が部屋に響く。
[コメント]
:!?!?!?
:え、なに!? 爆発!?
:ヒノの部屋にロボット!? CG!?
:うおー! コスプレイヤー雇ったのかよwww
:ヒノ、今日めっちゃ金かかってんな! 3D配信か!?
瓦礫を被ったウェブカメラは奇跡的に生き残り、絶妙なアングルで部屋の惨状とロボットを映し出し続けていた。
(CGなわけあるか! ガチの鉄の塊だぞ!? なんで俺の二階の部屋にメカが!?)
俺は心の中で絶叫しながら、床を這って逃げようとした。
しかし、漆黒のロボットが俺を「障害物」と認識したのか、無機質な鉄の腕を無造作に振り払った。
「ぐはっ!」
鉄の塊が俺の脇腹を掠め、俺の体はボールのように吹き飛ばされ、背後のクローゼットに激突した。
棚に並んでいたガンプラや美少女フィギュアが、バラバラと俺の頭上に降り注ぐ。
「いっ、つぅぅ……っ」
額からツーッと、生温かい液体が流れ落ちるのが分かった。俺の血だ。
それが、机から床に転がり落ちていた『深紅の宝石』の上に、ポタッと垂れた。
『コマンド:対象の無力化を確認。排除に移行する』
ロボットが、トドメを刺そうと俺に歩み寄ってくる。
コメント欄は、未だにこれを「超リアルな演出」だと思い込み、大盛り上がりを見せていた。
(クソッ……こんな所で、俺の人生終わるのか……?)
恐怖で目を閉じた、その時。
『……小僧。私を目覚めさせたのは、お前か?』
脳内に、直接声が響いた。
ひどく艶やかで、背筋が凍るほどに絶対的な威厳を持った、大人の女の声。
(だ、誰だ……!?)
『そんなことはどうでもいいわ。……死にたいかしら?』
(嫌だ……生きたいっ!)
俺が心の中で叫ぶと、女は「ふふっ」と妖艶に笑った。
『ならば契約よ。命を救う対価として……その体、私に捧げなさい♡』
俺が返事をするより早く、額の血を吸った深紅の宝石が、太陽のように眩い赤い光を爆発させた。
――ピカァァァァァッ!!!
部屋全体が真紅の光に飲み込まれる。
ロボットが「ガガッ!?」と機械的なエラー音を漏らし、凄まじい衝撃波によって部屋の反対側まで吹き飛ばされた。
[コメント]
:うおっ!? まぶしっ!
:画面真っ赤なんだけど!?
:おい……土煙の中に、誰かいるぞ……?
:さっきの赤い石が光った!?
土煙が晴れていく。
そこに立っていたのは、スウェット姿の俺ではなかった。
雪のように白く、長く美しい髪。
華奢な体つきには不釣り合いなほど、暴力的なまでに豊満な胸。
魔法少女を思わせるフリルと、鋭い装甲が混ざり合った真紅のドレス。
そして片手には、ルビーのように輝く赤い魔法の杖が握られている。
誰もが見惚れるほどの、圧倒的な美少女がそこに立っていた。
彼女――いや、彼女になった俺の口が、勝手に動く。
艶やかな唇が三日月のように歪み、ゾクッとするほど蠱惑的な笑みを浮かべた。
「あらぁ……。まだ生きていたのね、薄汚い鉄屑♡」
鼓膜を甘く撫でるような、色気に満ちた声。
しかし、その奥には絶対零度の殺気が込められている。
「こんなゴミ屑が、私の体に触れようとしたの?」
美少女は杖を無造作に振り上げ、倒れたロボットを見下ろした。
「……身の程を知りなさい、羽虫。極上の苦痛と共に、そのガラクタをドロドロに溶かしてあげるわ♡」
[コメント]
:えっ!?!?
:誰この超絶美少女!?!?
:ヒノは!? ヒノどこ行った!?
:てか、声エッッッッッロ!!
:やばい、なんか今のセリフ聞いてゾクッとした俺がいる……
:踏まれたい……
:女王様! 俺の金を持っていけ!!
(おいいいいいッ!? なんで俺が女になってんだよ!? てか勝手に喋るな!)
俺は心の中で、パニックのあまり盛大にツッコミを入れていた。
『あらあら〜。体を捧げると言ったのはお前でしょう?』
脳内で、あの色気のある女の声が楽しそうにクスクスと笑う。
『大人しく見ていなさいな。この羽虫を駆除するまでね♡』
こうして、俺の平凡なゲーム配信は、最悪で最高な『ドS魔法少女』の伝説の始まりへと変わってしまったのだった。




