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空白の少女と錆びた英雄 ――音を聴く大鎌の少女、帝国の闘技場で弾丸と舞う――  作者: R.D
Lost Memory Short Story Collection

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Lost Memory 5 リゼ・イレイナとカイナと訓練

 聖国騎士団の広い訓練場には、私たち二人の足音と、乾いた風の音だけが響いていた。


 ここは本来、魔法を絡めた実戦形式の戦闘訓練を行うために用意された場所、私にとってはあまりいい思い出のない場所だ。


 そんな場所の真ん中で、私とカイナは一定の距離をとって向かい合っていた。


「……ねえ、カイナ」


 私は、両手で一振りずつ逆手に構えた訓練用の短剣――小ぶりな木剣を呆れ気味に揺らしながら、目の前の親友をジト目で見つめた。


「いくら私が使う武器は好きに選んでいいよって言ったからって……。自分の武器に槍を選ぶのは、さすがに有利不利がありすぎじゃない?」


 カイナの手にあるのは、彼女の背丈を遥かに超える、長くて分厚い樫の木でできた訓練用の槍だ。


 こちらの手元にある二振りの短剣と比べれば、そのリーチの差は大人と子供どころではない。


 普通に戦えば、私が間合いに踏み込む遥か手前で、一方的に突き伏せられて終わってしまう距離感だ。


 けれど、私の抗議を受けたカイナは、豪快に笑いながら木の槍をくるりと回してみせた。


「あっはっは!なに言ってんだよ!これくらいハンデがないと、私がリゼの相手にならないからな!それに、得意武器で訓練するのは普通だろ?」


 まったく悪びれる様子もなく、むしろ「これでも足りないくらいだ」とでも言いたげなカラッとした笑顔。


 私が模擬戦では絶対に手加減をしないことを、誰よりも骨の髄まで理解している彼女だからこその言葉だった。


「……はぁ。しかも、わざわざこの魔法訓練場を指定したってことはさ……」


「勿論!魔法もガンガン使うぜ!」


 私の言葉に被せるように、カイナが「にししっ!」と好戦的な笑みを浮かべて白い歯を見せた。


「今日こそは一本取って、私の連敗記録をストップさせるのさ!リゼの体術を破って、騎士団最強の座をいただくぜ!」


 騎士団最強、それはカイナがかってに吹聴している私のあだ名だ。


 実際は魔法の訓練もしないといけない騎士たちと、武器の訓練に特化できる私の性質という、その差が出てるだけだと思っているんだけど。


「私は騎士団最強なんて名乗ってないんだけど……」


 今日何回目かもわからない深いため息をついた。


 不満口調で話しつつも、私の手は自然と二振りの木剣のグリップを強く握り直していた。


 魔法が使えない私をとことんリスペクトして、こうして一切の手加減なしで全力をぶつけてきてくれる親友の存在が、どうしようもなく心地よかったからだ。


「……負けたら、今夜のご飯はカイナのおごりだからね」


「おう!勝ったら、リゼの特製ハンバーグ作ってくれよな!」


 私は短剣を一本ホルスターにしまい、ポケットから一枚の銅貨を取り出して親指の爪の上に弾くようにセットした。


「準備はいい?」


 私が尋ねた瞬間。


 先ほどまでの太陽のような快活な笑顔がカイナから一瞬にして消え去り、戦場に立つ戦士の、研ぎ澄まされた鋭い顔つきへと変化した。


「いつでも」


 カイナが木槍を低く構え、その左手に赤黒い魔力の熱が揺らめき始める。


 意識の中でキースペルを唱えているのだろう、いつでも魔法を放てるように見える。


 私はそれを見届け、呼吸を一つ整えてから、銅貨をコイントスのように天高く空へと弾き飛ばした。


 小さな銅貨が、回転しながら光を弾いて空を舞う。


 互いの呼吸が、世界の流れと完全に同調し、静止したような錯覚。


 そして、落ちてきた銅貨が地面の土を叩き。


 澄んだ着地音が鼓膜を揺らした、まさにその刹那。


「――『炎よ』!」


 カイナの左手から放たれた親指大の火球が、空気を焼く音を立てて私の顔面目掛けて殺到し。


 私は地面を力強く蹴り破り、一振りの短剣を握りしめて、炎の弾道へと向かい真っ直ぐに突進した。



 準備時間が十分にあったはずなのに、最初に放たれた魔法は、拍子抜けするほど大きくない火球だった。


 わずかな違和感を覚えて、私はその火球の軌道から外れるように、大きく横へと跳んで回避する。


 直後、二発目の魔法――激しい炎の渦が、直前まで私が立っていた場所へと突如として巻き起こった。 

 ……最初の火球は、私を誘導するための囮だったか。


 だが私は、この魔法の連撃を躱すことに成功した。


 魔法使い相手なら躱しきった直後は一気に間合いを詰めるチャンス。


 私は反射的に、カイナめがけて飛び込もうと踏み込みかける。


 ……接近さえ出来れば、私に有利なはずだ。


 だが私は無意識に、私はもう一度思考を巡らせていた。


 相手は誰よりも私の動きを熟知しているカイナだ。


 連敗記録のストップをかけて全力で挑んでくる彼女が、こんな単調な二段構えで終わるはずがない。


 何重にも罠を張っているはずだ。


 身体が、ほぼ無意識の直感で警鐘を鳴らす。


 その瞬間、私は前に飛び込むのをやめて、地面を強く蹴り、後ろへと大きく跳躍していた。


 ――その瞬間。

 

 案の定、というべきか。


 もし私が前へと踏み込んでいれば間違いなく直撃していたであろう距離――カイナの前方に、分厚い炎の幕が生成された。


 視界を完全に遮る熱の壁は、未だに消えずに燃え続けている。


 ……なるほど。これは、攻撃をしながらも、仕留められなかったときのための次のキースペルを唱えるための時間稼ぎ、攻防一体の魔法だ。


 魔法は、脳内や口頭でその鍵となる言葉――キースペルを詠唱しなければ強力な現象を行使できない。


 無詠唱で使える手軽な魔法もあるけれど、それは戦闘においては脅威になり得ない威力のものばかりだ。


 炎の幕の向こうで、カイナが決定打となる大魔法を準備している。


 私は、勝つためのイメージを脳内で一瞬にして整えた。


 ……よし、この方法なら。


 私はホルスターにしまっていたもう一振りの木の短剣を引き抜き、炎の幕の向こう側へと力任せに投擲する。


 狙うは、炎の幕が現れる直前までカイナが立っていた場所。


「うわっ!?」


 炎を突き破って飛んできた短剣に驚いたのか、幕の向こうからカイナの焦った声と、足元の土を蹴って避けた音が響く。


 ――左側だ!


 耳に届いた微かな衣擦れと足音を頼りに、私は迷いなく駆け出した。


 投擲した刃から逃れるためにカイナが移動した左側――その炎の幕の端へと一気に飛び込む!


「なっ――!?」


 炎の熱と煙を突き破って現れた私に、カイナが後ろを振り返り驚愕に目を見張る。


 槍を構え直す隙など与えない。


 私は流れるような動作でカイナの懐へと潜り込み、背後から身体を拘束すると、右手に残っていたもう一振りの短剣の刃を、彼女の首筋へとピタリと押し当てた。


「……私の勝ち、だね」


 私が首筋に押し当てた木の短剣を引くと、カイナは「あははーっ、まいった!」と豪快に笑いながら、地面の土の上にどっかりと座り込んだ。


「あの炎の幕は、結構自信あったんだけどなー!直撃すれば私の勝ちだし、外したとしても時間を稼げて、次の作戦に移れたはずだったんだけど……。まさか、あそこから迷わず飛び込んでくるとはねー」


 カイナは悔しそうに頭を掻きながら、感心したように私を見上げる。


 私は投げた短剣を拾いながら、ふっと息を吐いて答えた。


「カイナのことだから、どうせ私が飛び込もうとしていた正面以外は、炎の幕を薄くしてあるって見ただけだよ」


「え?」


「単に私の足止めをするだけなら、あの分厚い壁を均等に広範囲へ出すと、魔力効率が悪すぎるでしょ?カイナはそういう無駄な魔力の使い方、あまり好きじゃないと思って」


 魔力は無限にあるわけではない。


 戦士として実践的な戦い方を好む彼女の性質と、これまでの訓練で培った相手への理解度が、炎の熱に惑わされない私の解答だった。


「……うわぁ。思考の先まですっかり読まれてたかー、こりゃ次に向けての、特大の反省ポイントだなー」


 カイナは自分の頬をパンと叩いて気合を入れ直すと、よいしょっと立ち上がった。


 そして、なぜか私の視線を避けるようにそそくさと身を翻し、何事もなかったかのように歩き出す。


「じゃ、また!」


「……カイナ? なにか忘れてない?」


 自然に訓練場から去ろうとする親友の背中に向かって、私はじとーっとした声を投げかけた。


 ピタリ、とカイナの足が止まる。彼女はギクシャクした動きで首だけこちらへ振り向かせた。


「……やっぱり、バレてる?」


「バレるに決まってるでしょ。今日の夜ご飯の約束」


 私が逃がさないとばかりに腕を組んで微笑むと、カイナは観念したように天を仰ぎ、訓練場の空に向かって叫んだ。


「くそーっ!完敗だ!好きなもん食べやがれーっ!」 


 そのヤケクソな宣言を聞いて、私は思わず口元を緩めた。


 これだけ激しく体を動かして、頭まで使ったんだ。お腹はとっくにペコペコに空いている。


「ふふん。じゃあ、今日はがっつりステーキ二枚いっちゃおうかな?」


 私がわざとらしく指を二本立てて宣言すると、カイナは血相を変えてすがりついてきた。


「り、リゼ様!ステーキは一枚で十分足りるんじゃないでしょうか!?二枚は私の財布が破綻しちまいやす……!」


「あははっ、冗談だってば!」


 半泣きで拝み倒してくる親友が面白くて、私はお腹を抱えて笑った。


 これだけ強いのに、お財布の心配をするときは本当に普通の年相応の女の子なんだから。


「じゃあ、ご飯行こ?予定通り、カイナのおごりで!」


「……っ、ありがたき幸せー!」


 一枚で勘弁してもらえることに心底安堵したのか、カイナは大袈裟に胸を撫で下ろして歓声を上げた。


 私たちは木剣と訓練用の木槍を手際よく片付けると、訓練場の出口へと向かった。


 外へと出ると、空はいつの間にか茜色の夕焼けに染まり始めていて、冷え始めた夜風が、汗をかいた火照った身体を優しく撫でていく。


 私は、隣を歩くカイナの、オレンジ色の光に照らされた横顔をそっと見つめた。


 魔法が使えない私は、きっとこれからもたくさんの壁にぶつかって、自分の無力さに悩むことがあるかもしれない。


 けれど、この親友が隣で私の強さを信じて笑っていてくれる限り、私は何度でも剣を握って前を向ける。


 いつもの馴染みの酒場から漂う、香ばしいお肉の焼ける匂いを目指して。


 私たちは、お互いの手のひらが触れ合いそうなほど肩を並べて、夕暮れの道をゆっくりと歩き出すのだった。

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