第2話:ギルドマスターまで勘違いしてるんですが!? 〜サボりたいだけなのに、一番弟子(自称)のせいでアンデッドの巣窟へ強制労働に行くことになりました〜
第2話です!
前回、見事なすっ転びからギルドマスターにまで『隠遁した最強の英雄』だと勘違いされてしまったアルト。
平穏なスローライフは1話にして崩れ去り、いきなりヤバそうな廃鉱山へ向かう羽目になります。
「帰りたい……今すぐふかふかのベッドにダイブして寝たい……」
王都から馬車と徒歩で数時間。
どんよりとした暗雲が常に立ち込める岩山を前に、俺は今日何度目かわからない深いため息を吐き出した。
ここは『嘆きの廃鉱山』。
かつては良質な魔鉱石が採掘された場所らしいが、現在ではアンデッドがうようよと湧き出す超危険地帯として封鎖されている。入り口に立つだけで、背筋が凍るような冷たい風と腐敗臭が漂ってきた。
「素晴らしい気迫ですわ、アルト師匠!」
隣を歩くセレスティアが、目をキラキラさせながら俺を見つめている。
王都からここまで、彼女はずっとこの調子だ。
「アンデッドの禍々しい瘴気を前にしても、全く動じないどころか『早く終わらせて帰りたい』と零す余裕の態度。さすがは数々の修羅場を潜り抜けてきた御方です!」
「いや、本当に文字通りの意味だから。一秒でも早く帰りたいだけだから。あとマジで師匠って呼ぶな」
俺の悲痛な訂正は、今日も彼女の強固な信仰心(勘違いフィルター)に弾き返される。
俺は過労死のトラウマから逃げるために、平穏なスローライフを望んでいたはずなのに、なぜ休日(予定)にこんな心霊スポットへ強制連行されているのだろうか。
「さぁ師匠、参りましょう! 私が前衛を務めますゆえ、師匠は後方からご指示を!」
「指示なんかしないぞ。俺は絶対戦わないからな」
意気揚々と坑道へ足を踏み入れるセレスティアの背中を、俺は嫌々ながら追いかけた。
坑道の中は薄暗く、じめじめとしている。
少し進むと、さっそく暗闇の奥から『カタカタ』という骨の鳴る音が響いてきた。
現れたのは、ボロボロの剣やツルハシを持った骸骨の群れ――『スケルトン』だ。
その数、ざっと二十体以上。普通ならEランク冒険者が遭遇した瞬間に死を覚悟する数である。
「師匠! あのような下級アンデッド、師匠の手を煩わせるまでもありません。ここは一番弟子の私にお任せを!」
セレスティアはそう叫ぶと、銀色の長剣を抜いてスケルトンの群れに飛び込んでいった。
「はぁっ!」と凛々しい掛け声とともに剣を一閃するたび、スケルトンたちが文字通り粉砕されていく。
彼女の剣技は本物だった。無駄のない動きで次々と骨を薙ぎ払っていく姿は、確かにエリート騎士の風格がある。
(よし、俺は今のうちに全力でサボろう)
安全地帯でヒロインが戦っているのを見守る。これぞ理想の異世界ライフだ。
俺は坑道の隅っこにある手頃な平たい岩を見つけ、そこに腰掛けて持参した水筒の『麦茶』でも飲んで一息つくことにした。
しかし、俺はすっかり忘れていた。
『確率反転』のスキルが、まだオンのままだったということを。
「よっと」
俺が岩に腰掛けようとした瞬間。
成功率99%の『ただ岩に座る』という動作が見事に反転し、俺の足はツルッと滑った。
「うわっ!?」
体勢を崩した俺は、岩の裏側にあった謎の窪みにスッポリとハマり、そのまま背中から地面に転がった。
さらに悪いことに、蓋を開けようとしていた水筒が手からすっぽ抜け、見事な放物線を描いて坑道のさらに奥深く――セレスティアが戦っているさらに奥の暗闇へと飛んでいってしまった。
「あっ、俺の特製麦茶が……!」
その時だった。
坑道の奥底から、鼓膜を破るような悍ましい咆哮が響き渡った。
『ズゴゴゴゴォォォォッ!!』
「な、何事ですの!?」
スケルトンを片付け終わったセレスティアが、顔を青ざめて後ろに下がる。
暗闇から現れたのは、スケルトンとは比べ物にならないほど巨大な、漆黒のボロボロの鎧を着込んだ怨念の塊。
『デスナイト』だ。Bランク上位、あるいはAランクにも匹敵する強力なアンデッド。
「まさか、このような浅い階層にデスナイトが!? くっ、私一人では……!」
セレスティアが剣を構え直すが、その手は微かに震えている。
いくら彼女が優秀でも、一人で勝てる相手ではない。
だが、デスナイトの様子が明らかにおかしかった。
『ギィィィィャァァァァッ!!』
なぜかデスナイトは、顔面(兜)を押さえ、全身から凄まじい神聖な光を放ちながらのたうち回っているのだ。
そして次の瞬間――光に包まれたデスナイトは、ボロボロと崩れ落ち、ただの灰となって完全に浄化・消滅してしまった。
後に残ったのは、地面に転がった俺の水筒だけ。
「…………えっ?」
俺とセレスティアの声が、坑道の中でハモった。
……数秒考えて、俺はすべてを理解した。
俺が投げたただの『麦茶』がデスナイトの顔面に直撃したのだ。
通常、ただの麦茶が強力なアンデッドを浄化する確率など、間違いなく『0%』である。
つまり『確率反転』のスキルによって、俺の麦茶は命中した瞬間、【成功率100%の絶対浄化の聖水】へと変貌し、Aランク級のアンデッドを瞬殺してしまったのだ。
(嘘だろ……俺の麦茶、どんだけ神聖な飲み物になってんだよ……!)
窪みにハマって仰向けのまま絶望する俺の元へ、セレスティアが慌てて駆け寄ってきた。
「あ、アルト師匠!!」
「ち、違う! これは事故だ! ただ手が滑って水筒を落としただけで……!」
「なんという恐ろしい御方……! 私がスケルトンに気を取られている隙に、奥に潜んでいた真の脅威を瞬時に察知されていたのですね!」
セレスティアは俺の水筒を恭しく拾い上げ、震える両手で天高く掲げた。
「ただの飲料水を投げただけで、高位のアンデッドを一撃で浄化するほどの『極大の聖属性魔力』を付与するなんて……! 教会の最高位聖女様でも、ここまでの御業は不可能ですわ!」
ダメだ。またしても俺の伝説(嘘)が一つ増えてしまった。
誰かこの思い込み激しい系騎士の口を塞いでくれ。
「それに……っ」
セレスティアは、窪みにハマって転がっている俺の無様な姿を見て、さらに瞳を潤ませた。
「強力な聖魔法を無詠唱で放つための反動を、あえて自ら地面の窪みに倒れ込むことで完全に殺す……! 先日の『縮地』に続く、地形を活かした完璧な体術! 師匠、どうか私にその神がかった受け身の極意をお教えください!」
「ただコケただけだと言ってるだろぉぉぉぉっ!!」
坑道に木霊する、俺の魂からのツッコミ。
どうやらこの廃鉱山でも、俺が定時で無事に帰れる確率は『0%』のようだった。
***
窪みから這い上がった俺は、泥だらけの服を払いながら深いため息をついた。
幸い『耐久力MAX』のおかげで痛みはないが、精神的な疲労はすでに致死量に達している。
「さて。とりあえずヤバそうなのも倒したし、これで依頼は達成ってことでいいよな。帰ろう。いや、帰らせてください」
「お待ちください、アルト師匠!」
踵を返して出口へ向かおうとした俺の前に、セレスティアが両手を広げて立ち塞がった。
「あのデスナイトは、おそらくただの門番! 見てください、坑道の奥から流れ出る瘴気はさらに濃くなっています。この奥に、アンデッドを発生させている『元凶』がいるはずですわ!」
「いや、元凶とかどうでもいい。俺の契約(依頼)は『異常発生の調査・解決』だ。デスナイトを倒したんだから、とりあえず一度ギルドに報告に戻るのが社会人としての正しい報連相だろうが」
もっともらしいビジネス用語を並べ立てて説得を試みる。
頼む、引いてくれ。これ以上残業(戦闘)したら俺の胃が保たない。
「なるほど、報連相……! 確かに、情報の共有は騎士団でも最重要とされています。しかし!」
セレスティアは剣を力強く握り直し、キリッとした表情で奥を見据えた。
「師匠ほどの御方が、元凶を放置して帰還するなどあり得ません。それはあくまで『表向きの理由』であり、本当は私をこれ以上危険な目に遭わせないためのお心遣いですね……っ!?」
「違うから。自分が助かりたいだけだから」
「師匠の優しさ、胸に刻みました! ですが、一番弟子として背中を預かると決めた以上、私も最後までお供いたしますわ!」
「話を聞けぇぇぇぇ!」
完全に自分の世界に入ってしまったポンコツ騎士は、もはや何を言っても無駄だった。
こうなったら実力行使だ。俺はスキル『確率反転』がオンになっているかも確認せず、来た道を全速力で戻ろうと走り出した。
「俺は帰る! お前がどうしても行きたいなら一人で行――」
ガンッ!
その時、暗闇を走っていた俺の足先が、坑道の壁際に出っ張っていた『不自然な石』にクリーンヒットした。
普通に歩いていれば絶対に躓かない場所。しかし、俺が『無事に帰還できる確率』は、スキルのせいで常に1%未満に反転させられている。
ズゴゴゴゴォォォォッ!!
「えっ」
足元の地面が、突如として真っ二つに割れた。
どうやら、ただの石ころだと思って蹴飛ばしたそれは、この廃鉱山に仕掛けられていた【隠し通路を開くスイッチ】だったらしい。
「うわあああああああっ!?」
「アルト師匠!? ああっ、私も今行きますわーっ!!」
真っ暗な縦穴へと真っ逆さまに落下していく俺と、なぜか満面の笑みでダイブしてくるセレスティア。
ジェットコースターのようになめらかな石の滑り台を猛スピードで滑り落ちること数十秒。俺たちは、信じられないほど巨大な地下空間へと放り出された。
ドサァッ! と背中から冷たい石畳に叩きつけられる。
もちろんダメージはゼロだが、派手に土煙を上げてしまった。
「いてて……なんだ、ここは……?」
むくりと起き上がり、周囲を見渡した俺は絶句した。
そこは、不気味な紫色の炎に照らされた、巨大な地下祭壇だった。
周囲には何百体というスケルトンが直立不動で並び、その中央の祭壇には、禍々しい漆黒のローブを纏った一体の骸骨が浮遊していた。
空っぽの眼窩に赤い炎を宿したそのバケモノは、絶対的な死の気配を漂わせている。
前世がただの社畜だった俺でも一目でわかる。あれはさっきのデスナイトなんかとは格が違う。間違いなく、この廃鉱山のボスだ。
『……何奴だ』
空間をビリビリと震わせるような、直接脳内に響く低い声。
漆黒の骸骨――『リッチ(不死者の王)』が、杖を構えてこちらを見下ろしていた。
『我の結界と迷宮の罠をすべて掻き潜り、この最深部である儀式の間に直接乗り込んでくるとは……。貴様ら、ただの冒険者ではあるまい?』
「あ、いや……ただの迷子です」
本音を漏らした俺の横で、シュタッ!と完璧な着地を決めたセレスティアが、高らかに剣を抜いた。
「見事です、アルト師匠! あえて罠を作動させ、迷宮のギミックをショートカットして敵の最深部へ直接乗り込むなんて! どれほどの空間把握能力があれば、このような神業ができるというのですか!」
「だからただコケただけだって!」
「それに、あの魔物の圧倒的な魔力……報告にあったAランクなどという生易しいものではありません。おそらくSランク指定の災害級! 師匠はあの入り口の時点で、この隠された真の脅威を見抜いていたのですね!」
キラキラとした目で俺を絶賛するセレスティアに、リッチが忌々しそうに杖を突きつける。
『小賢しい人間どもめ。我が大軍勢を率いて地上へ侵攻する前に、自ら死に急ぎに来たか。よかろう、貴様らの魂から喰らって――』
「アルト師匠、ご指示を! あのバケモノ、どう料理いたしますか!?」
セレスティアの元気な声が、ボスの凄みのあるセリフを完全に上書きした。
どう料理するも何も、俺のステータスは耐久力以外全部スライム以下である。
おまけに武器も聖水(麦茶)も、さっきの道中で使い切った。
「あー……ちょっとタイム」
俺は両手でT字を作り、リッチに向かって待ったをかけた。
『……は?』
「悪いんだけど、俺今日定時なんで。残業する気全くないから、とりあえずそこにある『こたつ』に入らせてくれないか?」
俺が指差した先――祭壇の裏側に、なぜかこの禍々しい空間には似つかわしくない、四角いテーブルに分厚い布団が掛けられた『こたつ』が設置されていたのだ。
「えっ……こたつ……?」
セレスティアがぽかんと口を開ける。
『な、なぜ我が極秘裏に作り上げた魔導暖房器具の存在を……!? 貴様、ただの人間ではないな!?』
「いや、普通に見えてたけど。めちゃくちゃ生活感あるなアンタ」
俺はスタスタと祭壇の裏に回り込み、躊躇なくこたつへ潜り込んだ。
あぁ……温かい。ブラック企業時代の冬、暖房が切れた深夜のオフィスでどれほどこたつを渇望したことか。
「ちょっ、アルト師匠!? なにをくつろいで……!」
『き、貴様! 我の聖域に土足で踏み込むとは何事だ! ええい、ならばその温もりごと貴様を氷漬けに――』
「みかんもあるじゃん。ひとつもらうぞ」
『ああっ!? 我が三日かけて丹念に魔力栽培した最高級の魔力蜜柑を勝手に……!』
俺がこたつの上のカゴからみかんを取り出し、皮を剥き始めたのを見て、リッチは杖を振り下ろすのをぴたりと止めた。
そして、ワナワナと骨の顎を震わせながら、ズンズンとこちらへ歩み寄ってくる。
『……貴様、本当に何者だ。我の放つ圧倒的な死のオーラを前にして、なぜそこまで平然とみかんの筋を取っていられるのだ』
「万年Eランク冒険者のアルトだ。定時退社を邪魔されて、無理やりここまで連れてこられた悲しき社畜さ」
俺は筋を綺麗に取ったみかんをパクリと頬張った。甘い。異世界のみかん、めちゃくちゃ美味いな。
『社畜……? Eランク……?』
リッチは空っぽの眼窩の奥で赤い炎を揺らめかせ、祭壇の向こうで剣を構えたまま固まっているセレスティアと、こたつでみかんを食う俺を交互に見比べた。
そして、何かを察したように深々とため息(のような音)を吐き出した。
『……はぁ。なるほどな』
「ん?」
『貴様、あの狂信的な目をした女騎士に目をつけられたのだな。無茶な理屈で持ち上げられ、断るに断れず、気づけばこんな最深部まで……』
「! わかってくれるか!?」
俺は思わず身を乗り出した。
まさか、この異世界で俺の苦労を最初に理解してくれたのが、アンデッドの王だとは。
リッチはカチャカチャと骨の音を鳴らしながら、俺の対面――こたつの向かい側へとぬるりと入り込んだ。
『災難で大変だなお前。我も昔、生きていた頃はブラック魔術結社で下働きをさせられていてな。上司の無茶振りで禁忌の儀式をやらされ、気づいたらこんな骨だけの不死者になっていたのだ』
「うわぁ……それはハードだな。労災とか降りたか?」
『降りるわけがなかろう。死体蹴りならぬ死体こき使いだ。それから数百年、我はただ静かに引きこもって、こたつでみかんを食う生活を夢見てこの廃鉱山に籠っていたのだ。それなのに、最近上の連中(魔王軍)が「人間界へ侵攻しろ」とうるさくてな……』
リッチは器用に骨の指でみかんの皮を剥きながら、愚痴をこぼし始めた。
「わかる、わかるぞ……! 現場の状況も知らない上の連中が、勝手なノルマを押し付けてくるんだよな!」
『そう! 我はただ、このこたつから出たくないだけなのだ! それなのに、少しサボっていたら「お前のダンジョン、最近攻略者が来なくて暇そうだな。魔物を増産して地上へ溢れさせろ」などと無茶な業務命令を下しおって……!』
「最悪だなそれ。休みの日まで仕事の電話かかってくるパターンだろ」
『いかにも! だから我も嫌々ながらスケルトンを増産していたのだが……正直、もう限界だ。骨身に沁みるわ、アンデッドだけに』
俺とリッチの間に、種族を超えた『労働者としての奇妙な連帯感』が生まれていた。
こたつの温もりと、みかんの甘酸っぱい香り。そして、互いの苦労を分かち合う愚痴大会。
「……あのー、お二方? 何を意気投合されているのでしょうか……?」
完全に蚊帳の外に置かれたセレスティアが、剣を下げて困惑した声を上げた。
「ん? あぁ、悪い。俺たち、ちょっとした同業者(元ブラック企業勤め)でさ」
「同業者!? アルト師匠、まさか……あのような恐ろしい不死者と、過去に何か因縁が……!?」
セレスティアの瞳が、再びキラキラと輝き始めた。
「待ってください! わかりましたわ! 師匠はあのリッチと交戦するのではなく、対話による解決……つまり『平和的交渉』を図っているのですね!?」
「いや、ただ愚痴り合ってるだけで」
「圧倒的な力を見せつけて屈服させるのではなく、あえて敵の懐に入り込み、心を開かせる……! なんという慈愛に満ちた英雄的行動! 私、感動いたしました!」
『……おい、お前。あの女騎士、マジで話通じないな』
「だろ? 俺の胃痛の9割はあいつのせいだよ」
リッチが同情の眼差し(骨だけど)を向けてくる。
このままここで一緒にみかんを食って一生を終えたい気分だったが、さすがにそういうわけにもいかない。
「なぁ、リッチさんよ」
『なんだ』
「あんたも上の命令で嫌々やってるなら、ここで一芝居打たないか? 俺はこいつ(セレスティア)を納得させて早く家に帰りたい。あんたも、地上侵攻なんて面倒なことはしたくないだろ?」
『……ほう?』
俺の提案に、リッチの眼窩の炎が興味深そうに揺らめいた。
「俺が『適当な攻撃』をするから、あんたは『やられたフリ』をして、適当なアイテムを落として消えてくれ。で、魔王軍には『強力な勇者パーティにダンジョンを壊滅させられたので、侵攻作戦は中止します』って報告するんだ」
『なるほど! それなら上の連中も文句は言えまい! 堂々と任務を失敗ことができるというわけだな!』
リッチがパァァァッ!と嬉しそうに立ち上がった。
俺もこたつから抜け出し、ポンと肩を叩き合う。完璧な作戦だ。これで誰も傷つかず、俺は定時(すでに過ぎているが)で帰れる。
「よし、じゃあ頼むぜ」
俺は祭壇の前に立ち、セレスティアに向かってキリッとした表情を作った。
「セレスティア、下がっていろ。俺がこいつに『トドメの一撃』を放つ!」
「はいっ! 師匠の真の力、しかとこの目に焼き付けますわ!」
俺はポケットから、唯一持っていたアイテム――前世の知識と異世界の薬草で作った『自作の肩こり用湿布』を取り出した。
(ただの湿布だからな。これをポンと投げて、リッチが「ぐあああ!」ってやられて消えれば完璧だ)
俺は大きく振りかぶり、リッチの胸骨めがけてペタッと湿布を投げつけた。
『ふははは! 愚かな人間め、そのような攻撃が我に通用する――』
その瞬間だった。
『確率反転』が、ここに来て最悪の形で牙を剥いたのだ。
ペタッ。
湿布がリッチの胸骨に貼り付いた瞬間。
「肩こりを癒やす(成功率99%)」という本来の用途が反転し、「不死者の魂を強制成仏させる(成功率0.01%)」という極大の浄化魔法へと変貌した。
ピカァァァァァァァァァァァァッ!!!!
『……は? え? ちょっ、まっ――』
太陽が爆発したかのような、目を開けていられないほどの神聖な光が祭壇を包み込む。
リッチは演技をする暇もなく、その光の渦に飲み込まれていった。
光が収まった後。
そこには、跡形もなく消滅したリッチと、彼が着ていた漆黒のローブ、そしてボトッと床に落ちた特大の魔石だけが残されていた。
「…………えっ?」
俺は震える手で、空っぽの祭壇を見つめた。
(や、やっちまった……! 演技じゃなくて、マジで成仏させちまった……!)
せっかく意気投合した元社畜仲間(こたつ友達)を、俺は湿布一枚で天に還してしまったのだ。
「ああっ……なんという、なんという神々しい光……!」
背後でセレスティアが、感極まったようにその場に崩れ落ちた。
「敵と対話をし、その魂の救済(成仏)までをも成し遂げるなんて……! アルト師匠! あなた様はもはや英雄どころではありません! 生ける伝説、いや、神の使いですわ!!」
地下空間に響き渡る、ヒロインの狂信的な叫び声。
「ちげぇよ……! 俺はただ、一緒にサボる口実を作りたかっただけなんだよぉぉぉっ!!」
俺の絶望の叫びは、主を失った祭壇に虚しく響き渡るだけだった。
こうして、俺の平穏な生活は遠ざかるどころか、魔王軍から「幹部を一撃で葬ったヤバい勇者」として完全に目をつけられる事態へと発展してしまったのである。
***
「すぅ……すぅ……さす、が……アルト師匠……むにゃ」
ボスのいなくなった地下祭壇。
不気味な紫色の炎が消え、静寂を取り戻した空間のド真ん中で、セレスティアはこたつに上半身を突っ伏して幸せそうに寝息を立てていた。
強敵(実際には俺の麦茶)との連戦と、極度の興奮状態からくる精神的な疲労が限界に達したのだろう。俺が「疲れたから明日帰ろう」と提案すると、彼女は「師匠の野営の極意を学びます!」と意気込んでいたが、こたつに入った途端に五分で夢の世界へ旅立ってしまった。
「……はぁ。やっと静かになった」
俺はこたつの向かい側で熱いお茶を啜りながら、深く、ひたすらに深くため息をついた。
残されたのは、ボロボロになった漆黒のローブと、机の上に転がる特大の魔石。
そして、俺の手に残る『元社畜仲間をうっかり成仏させてしまった』という罪悪感だ。
「ごめんな……リッチさん。俺、ただ一緒にサボる口実を作りたかっただけなのに……俺のスキルがポンコツなせいで……」
あの世(アンデッドだからこの世?)でゆっくり休んでくれ。
そう心の中で手を合わせた、その時だった。
『……案ずるな。むしろ感謝しているぞ、アルトよ』
「うおっ!?」
静まり返った空間に、聞き覚えのある低い声が響いた。
びくっとして周囲を見渡すが、誰もいない。セレスティアは相変わらず「成仏……すごいですわ……」と寝言を呟いている。
声の出所を探ると、机の上に置かれていた『特大の魔石』が、ぽわぁっと淡い光を放っていた。
そして次の瞬間、魔石から白い煙がしゅるしゅると立ち上り――ポンッ!という軽い音とともに、野球ボールサイズの『小さな頭蓋骨』が空中に浮かび上がった。
「えっ……? リッチ、さん……?」
『うむ。いかにも我だ』
眼窩にちろちろと小さな青い炎を灯したミニチュア頭蓋骨が、ふよふよと俺の目の前を漂う。
「生きて……いや、アンデッドだから死んでるのか? とにかく、無事だったのか!? あの光で完全に浄化されたんじゃ……」
『ふははは。我も一瞬、「あ、終わったわ」と三途の川が見えたのだがな』
手のひらサイズになったリッチは、器用にこたつの上の残りのみかんへダイブし、骨の顎をカチャカチャと鳴らした。
『お前の投げたあの謎の布(湿布)、恐ろしいほどの浄化作用だった。だが、あれは対象を【滅ぼす】のではなく、【癒やす】ことに特化していたのだろう?』
「あ、ああ……元々肩こりを治すための湿布だからな」
『その結果、我の身体にこびりついていた『魔王軍の呪縛』と『邪悪な瘴気』だけが綺麗さっぱり浄化され、魂の核である我の意識と魔石だけが無傷で残ったというわけだ』
なるほど。
『成功率0.01%の強制成仏』が発動したとはいえ、元が回復アイテムだったせいで、「悪い部分だけを取り除く」という奇跡的な挙動をしたらしい。
『いやぁ、肩が軽い軽い! 生前からの慢性的な肩こりまで治ってしまったぞ! 骨だけどな!』
「そ、そうか……よかった……」
俺は心底安堵して、机に突っ伏した。
元社畜仲間を殺めずに済んで本当によかった。
『しかも、だ。魔王軍の呪縛が解けたということは……我はもう、ダンジョン運営や地上侵攻の業務から【完全に解放された】ということだ!』
「あっ! 確かに!」
『軍の記録上、我はさきほどの強烈な浄化の光で『完全に消滅した(殉職した)』ことになっているはず。つまり……!』
「つまり……明日からの無限の自由(有給休暇)を手に入れたってことか!」
『その通りだ!!』
俺と手のひらサイズのリッチは、歓喜の声を上げて(セレスティアが起きないように小声で)ハイタッチを交わした。カチャッ、と骨の乾いた音が響く。
「おめでとうリッチさん! ついにブラック企業からの脱却だな!」
『うむ! これも全てお前のおかげだ、アルトよ。あのまま嫌々働いていたら、いずれ過労で骨の粉になっていたところだ』
ふよふよと宙を舞うリッチは、本当に嬉しそうだった。
『で、相談なのだが』
「ん?」
『我、帰る場所がなくなってしまったのだ。魔王軍には戻れないし、このダンジョンも浄化の光のせいでしばらくすれば崩壊するだろう』
リッチは空中の特大魔石を頭突きでツンツンと小突いた。
『どうだアルト。我をお前の【使い魔】として雇ってはくれないか?』
「使い魔?」
『うむ。我はもう邪悪なアンデッドではなく、ただの浮遊する骨(精霊のようなもの)だ。飯は食わんし、場所も取らん。それに、お前のその『平穏にサボりたい』という労働観には大いに賛同できる』
こたつの上でみかんの皮を被りながら、リッチは続ける。
『お前がサボるための隠蔽工作や、いざという時の結界張りくらいなら手伝ってやれるぞ。何より、あのポンコツ女騎士の勘違いからお前を庇う『ツッコミ役』が、もう一人くらい必要だろう?』
「……っ! 採用だ。今すぐ採用する。なんなら終身雇用だ!」
俺は即答した。
この理不尽な異世界で、唯一俺の心境を理解してくれる貴重な存在。しかも元魔王軍幹部のサポート付きとなれば、今後のサボりライフにこれほど心強い味方はいない。
「よろしく頼むぜ、リッチさん」
『うむ! 我のことは気軽に『骨』とでも……いや、ポンコツ騎士に怪しまれぬよう、『シロ』とでも呼んでくれ。今日から我ら、定時退社同盟だ!』
こうして俺は、思いがけず『元魔王軍幹部の相棒』を手に入れた。
こたつの中で、人間と骸骨の奇妙な祝杯(お茶)が交わされる。
「よし、明日の朝になったら適当な理由をつけて帰ろう。この魔石は……『偶然落ちてたのを拾った』で通すか」
『うむ。我は普段、お前の懐に隠れておこう』
完璧な計画だ。
これでようやく、俺の平穏な生活が始まる――。
そう確信していた俺の耳に、ふと、こたつで眠るセレスティアの寝言が聞こえてきた。
「むにゃ……アルト師匠……次は、魔王城に乗り込んで……直々に平和的交渉(物理)を……すぅ……」
「…………」
『…………アルトよ』
「聞かなかったことにしよう。うん。絶対に聞かなかったことにするぞ」
俺は冷や汗を拭いながら、みかんをもう一つ口に放り込んだ。
果たして俺の平穏な生活は、本当に訪れるのだろうか。一抹の不安(というより確実な絶望)を抱えながら、廃鉱山の夜は更けていくのだった。
今回もお読みいただき、ありがとうございました!
完全にアルトの意志を無視して突っ走るセレスティアと、元Sランクの鋭い観察眼が裏目に出たギルドマスター。アルトの胃痛(精神的な過労死フラグ)は加速するばかりです。
次回はいよいよ「嘆きの廃鉱山」編へ突入します。無数のアンデッド相手に、アルトのハズレスキル『確率反転』はどう暴発するのか……!?
【読者の皆様へのお願い】
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