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平らな道で転ぶ最弱のEランク冒険者ですが、絶体絶命の騎士令嬢を助けたら最強の英雄だと勘違いされました  作者: あぬん
第1章:絶対に働きたくない元社畜、サボるためにおにぎりを投げたら最強の英雄に祭り上げられました

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第1話:平らな道で転ぶ最弱のEランク冒険者ですが、絶体絶命の騎士令嬢を助けたら最強の英雄だと勘違いされました

初めまして、新連載スタートです!

前世で過労死した主人公が、異世界では「絶対に働かない」と決意してサボろうとするお話です。

サクッと笑って読めるコメディ展開になっていますので、お気軽にお楽しみください!

「いてっ!」

雲一つない青空の下、何一つ障害物のない平坦な街道で、俺は見事に足をもつれさせて地面に盛大にダイブした。

普通に歩いていて転ぶ確率なんて、せいぜい1%以下だろう。だが、俺の場合は違う。

「……またか。ほんっと、日常使いには向いてないんだよな、このスキル」

土を払いながらため息をつく。顔から地面に突っ込んだというのに、怪我は全くない。神様から貰った『耐久力MAX』というステータスのおかげで、俺の体はオリハルコンより硬いからだ。

前世の俺、田中労(たなか・つとむ)は、ブラック企業で働くしがないシステムエンジニアだった。

三十日連続出勤、睡眠時間は毎日二時間。栄養ドリンクを水代わりに飲み続け、最後はキーボードに突っ伏したまま過労死するという、絵に描いたような社畜人生。

だからこそ、転生する際に神様にお願いしたのだ。

『もう絶対に働きたくありません。死ぬ危険のない、安全で平穏な生活をください』と。

その結果与えられたのが、この絶対に傷つかない『耐久力MAX』の体と、固有スキル『確率反転(パーセントリバース)』だった。

文字通り、事象の成功確率を反転させるスキル。

しかし、これがとんでもない欠陥品だったのだ。

『普通に歩く』『コップで水を飲む』といった、成功率が99%以上の当たり前の日常動作が、スキルがオンになっていると99%失敗してしまう。

逆に言えば、『絶対に不可能なこと』は高確率で成功するのだが……平和にサボりたいだけの俺にとって、そんなギリギリの死地など無縁の話である。

「ふぁあ……さて、今日のギルドの依頼(ただの薬草採取)はさっさと切り上げて、昼寝でもするか」

俺、アルトは現在Eランク冒険者。これ以上昇格する気は一切ない。

森の奥、木漏れ日が心地よく降り注ぐ安全地帯を見つけた俺は、大きな木の根元に腰を下ろし、持参したおにぎりを取り出した。

具はこだわりの鮭。これを食べて、ふかふかの草の上で定時まで爆睡する。これぞ至高の異世界スローライフだ。

パクリ、と一口かじろうとした、その時だった。

「きゃあああああっ!」

森の静寂を切り裂くような、少女の悲鳴が響き渡った。

ビクッと肩を揺らした俺は、声のした方向へ渋々視線を向ける。

そこには、銀色の美しい甲冑に身を包んだ金髪の美少女が、見上げるほど巨大な魔物──漆黒の鱗に覆われた『ブラッド・ベア』に追い詰められていた。

「くっ……まさか、王都の近郊にAランク指定の魔物が迷い込んでいるなんて……!」

彼女の名前はセレスティア。王国騎士団に所属する、期待の新人エリート令嬢だ。何度かギルドで見かけたことがある。

彼女の剣の腕は確かだが、相手が悪すぎた。通常、熟練のパーティが束になってようやく討伐できる化け物だ。彼女の美しい顔は絶望に歪み、その手に握られた剣は無惨にもへし折られている。

「これまで、ですわね……お父様、申し訳ありません……!」

セレスティアがギュッと目を瞑り、死を覚悟した瞬間。

ブラッド・ベアが、ふとこちらへ視線を向けた。

(うわっ、こっち見た!?)

完全に目が合った。

狂暴な魔物は、獲物を前にして突如現れた邪魔者(俺)にターゲットを変更し、地鳴りを響かせながら猛スピードで突進してくる。

「逃げて! あなたでは勝てませんわ!」

セレスティアの悲痛な叫びが聞こえる。

俺だって逃げたい。だが、運動神経ゼロの俺が走って逃げ切れる確率など、それこそ0.1%もないだろう。

パニックに陥った俺は、気づけば手に持っていた一番大事な『鮭のおにぎり』を、熊の顔面に向けて思い切り放り投げていた。

「あ」

投げた瞬間、後悔した。俺の昼飯が。

Aランクの狂暴な魔物に、Eランク冒険者が投げたおにぎりがダメージを与える確率。

それは間違いなく、0.0001%以下の『絶対不可能』な事象。

──ゆえに、『確率反転(パーセントリバース)』が牙を剥く。

ひゅんっ!

ふんわりと放物線を描いて飛んでいったおにぎりは、突如として音速を超えた。

空間を歪めるほどのすさまじい威力を伴い、一直線にブラッド・ベアの眉間、その極小の急所へと吸い込まれていく。

ズドォォォォォォォォンッ!!!!!

爆発音が森を揺らした。

直撃した瞬間、ブラッド・ベアの巨大な巨体は物理法則を無視して吹き飛び、背後の大樹を何本も薙ぎ倒しながら、最後は原型をとどめぬ光の粒子となって消滅した。

あとに残ったのは、綺麗に整地された巨大なクレーターだけ。

「…………えっ?」

「…………は?」

俺とセレスティアの声が見事にハモった。

静まり返る森の中、ポカンと口を開けるセレスティアの視線が、クレーターと俺を交互に行き来する。

(やばい、やりすぎた。しかも俺の鮭おにぎりが……)

内心で頭を抱える俺をよそに、セレスティアはフラフラと立ち上がり、信じられないものを見るような、それでいて熱を帯びた瞳でこちらに歩み寄ってきた。

「あ、あの……今のは、一体……?」

「いや、その、ただの偶然というか、俺は別に何も……」

関わり合いになりたくない。俺はただサボって寝たかっただけなのだ。

これ以上目立ったら、絶対に面倒な仕事を押し付けられる。前世のブラック上司の顔がフラッシュバックし、俺は慌ててその場を立ち去ろうとした。

「すまん、俺は今日定時なんで帰るよ。じゃあな」

逃げるように踵を返す。

しかし、その言葉を聞いた瞬間、セレスティアの顔に雷に打たれたような衝撃が走った。

「……て、定時? ああ、なるほど……! そういうことでしたのね!」

(ん? どういうことだ?)

セレスティアは突然、俺の背中に向かって深々と、臣下が王に向けるような最上級の敬礼をした。

「己の圧倒的な力をひけらかすことなく、あくまで『ただの日課』として平然と立ち去る……。しかも、あの恐ろしい魔物を、武器すら抜かずに謎の魔法一撃で粉砕するなんて……!」

彼女の瞳が、完全に尊敬と心酔のキラキラフィルターに覆われている。

「ああっ、なんという圧倒的なお力……! あなた様こそ、正体を隠してこの地をお守りくださっている、真の英雄ですわ!」

「いや、だから俺はただサボりたかっただけで」

「謙遜なさらないでください! 敵の残党や罠を警戒して、あえて『帰る』という言葉で私を退かせようというのですね! その深謀遠慮、恐れ入ります!」

ダメだ、全然話が通じていない。

というか、俺のただのサボり宣言が、どうしてそんな高尚な戦術に変換されているんだ。

「私、セレスティア・フォン・アークライトは、この御恩を一生忘れません! 必ずや、あなた様の偉業を騎士団長に報告し、相応しい地位をご用意させていただきますわ!」

「やめろ馬鹿! 絶対に報告するな! 俺を働かせないでくれ!」

俺の必死の叫びは、熱狂した彼女の耳には届いていないようだった。

木漏れ日の中、一人で勝手に感動して頬を染める美少女騎士と、その場で頭を抱えて崩れ落ちる俺。

神様、俺はただ、定時で帰ってふかふかのベッドで寝たかっただけなのに。

どうやら俺の異世界平穏ライフは、初日から絶望的なフラグを立ててしまったらしい…

***

「待て待て待て! 頼むから報告だけはやめてくれ!」

踵を返して王都へ走り出そうとするセレスティアの腕を、俺は慌ててガシッと掴んだ。

柔らかな腕の感触に一瞬戸惑ったが、それどころではない。ここで騎士団なんかに目をつけられたら、最悪の場合『王宮お抱えの特務騎士』なんていう、残業代ゼロのブラック部署に回される危険性がある。

「ア、アルト様……?」

腕を掴まれたセレスティアは、なぜか顔を真っ赤にしてモジモジし始めた。

「俺はEランク冒険者だ! 目立つのは嫌なんだよ! 出世とか地位とか本当にいらないから! ただ日陰でひっそりと、最低限の依頼だけこなして生きていきたいんだ!」

前世で過労死した人間の、魂からの叫びだった。

自己顕示欲などとうの昔にすり減って消え失せている。俺が欲しいのは名誉ではなく、定時退社と完全週休二日制(できれば三日)だけだ。

しかし、俺の悲痛な訴えを聞いたセレスティアは、ハッと息を呑み、さらに瞳を潤ませた。

「……っ! な、なんという自己犠牲の精神……!」

「えっ?」

「表舞台での栄誉をすべて捨て、あえて無能なフリをしてまで、我々騎士団の手が届かない暗がりからこの国をお守りになろうというのですね……!」

「いや、違う。純粋に働きたくないだけで」

「わかりました! アルト様の崇高な『影の使命』、私がむやみに公にして、あなたの任務の妨げになるような真似はいたしません!」

ギュッと両手で俺の手を握りしめ、感動の涙すら浮かべているセレスティア。

俺の『サボりたい宣言』は、見事に『国を裏から支えるダークヒーロー宣言』へと脳内変換されていた。

どうしてこうなった。

俺の言葉、ちゃんと日本語(あるいは異世界語)として通じているよな?

「はぁ……わかってくれたならいい。じゃあ、俺はこれで」

どっと押し寄せた疲労感に肩を落とし、俺は背を向けた。

これ以上彼女と関わると、心労で前世のように胃に穴が開きそうだ。早く帰って寝よう。

そう思い、平和な足取りで歩き出そうとした――その瞬間だった。

『確率反転(パーセントリバース)』のスキルをオフにするのを、完全に忘れていた。

「あ」

何もない平坦な地面。

普通に歩き出せば、99%の確率で何事もなく前に進めるはずの第一歩。

それが、見事に【1%の大失敗】へと反転する。

ズサァァァァァァァァッ!!

俺の両足は奇跡的な角度でもつれ、空中で綺麗な一回転を決めた後、顔面から思い切り地面に突っ込んだ。

『耐久力MAX』のおかげで痛みは全くないが、土をモロに被って泥だらけだ。ダサい。あまりにもダサすぎる。さっきまで(偶然とはいえ)伝説級の魔物を瞬殺した男の姿ではない。

(やっちまった……)

いくら何でも、これで俺がただのドジな底辺冒険者だとバレただろう。

恥ずかしさで顔を上げられずにいると、背後から荒い息遣いが聞こえてきた。

「……す、凄まじい……!」

恐る恐る振り返ると、セレスティアが全身をわななかせながら、俺の無様な転倒跡を食い入るように見つめていた。

「ただの一歩を踏み出す瞬間に、あえて自ら体勢を崩して見せた……! 地中に潜む魔物の気配を察知し、極限まで重心を低くして奇襲に備えるという、伝説の体術『縮地』……! まさか、この目で見ることができるなんて!」

「…………」

「しかも、受け身すら取らずに顔面から突っ込んだというのに、傷一つないなんて……どれほどの修行を積めば、そこまでの肉体を手に入れられるのですか!?」

もうダメだ。この女の目は節穴を通り越してブラックホールだ。

何を見ても俺に都合のいい解釈(しかも超絶ハードルが高いやつ)に吸い込まれていく。

「アルト様! 決めましたわ!」

セレスティアは俺の前にひざまずき、騎士の礼をとった。

「あなたのその深淵なる強さ、そして高潔な精神。私、セレスティアは今日この日より、あなた様の『一番弟子』としてお供させていただきます!」

「はい?」

「未熟者ですが、アルト様の背中を見て、少しでもそのサボ……いえ、『影の任務(シャドウ・ワーク)』の極意を学ばせていただきますわ!」

いや、本当にただのサボりだからね!?

弟子なんて取ったら、指導という名の『業務』が発生するじゃないか!

「帰る! 俺はもう帰るからな! ついてくるなよ!」

「あっ、お待ちくださいアルト師匠! 荷物はお持ちしますわ!」

逃げるように走り出す俺(ただしスキルを切ったので足はめちゃくちゃ遅い)と、満面の笑みで追いかけてくるフルアーマーの美少女騎士。

平和で安全な異世界スローライフを満喫するはずだった俺の計画は、転生初日にして、完全に崩れ去ってしまったのだった。

王都の冒険者ギルドに到着する頃には、俺の精神力(メンタル)はすでに残業後のようにボロボロになっていた。

「アルト師匠! ギルドの扉をお開けしますわ!」

「やめて、本当にやめて。普通に開けるから。あと師匠って呼ぶな」

バンッ! と元気よくギルドの観音扉を開け放つセレスティア。

その瞬間、喧騒に包まれていたギルド内の空気がピタリと止まった。

それもそのはずだ。

王都でも有名な、美しく誇り高き騎士団の特待生であるセレスティアが、万年Eランクのうだつの上がらない冒険者(俺)の背後で、なぜか満面の笑みで荷物持ちをしているのだから。

周囲の冒険者たちから、好奇と胡乱な視線が容赦なく突き刺さる。痛い。視線だけで胃がキリキリしてきた。

「あ、アルトさん……? 今日の依頼の報告ですか……? っていうか、後ろの騎士様は……?」

受付嬢のミーシャが、引きつった笑顔で俺とセレスティアを交互に見比べる。

「あー、うん。森でちょっと薬草を採って……いや、採る前に帰ってきた。ごめん、今日の報酬はゼロでいいから、俺もう帰って寝ていい?」

「えっ? は、はい。それは構いませんが……」

よし、帰ろう。

逃げるように受付から離れようとした俺の肩を、ドンッと乱暴に突く者がいた。

「おいおい、万年Eランクのサボり魔が、今度は騎士様を騙して荷物持ちにさせてるのか? いいご身分だなァ!」

絡んできたのは、Cランクの戦士ガッシュ。俺がサボるたびに嫌味を言ってくる、絵に描いたようなテンプレ冒険者だ。

普段なら「すみません、定時なんで」とスルーするところだが、今日は状況が悪すぎた。

チャキッ――。

ギルド内に、冷たい金属音が響き渡った。

振り返ると、セレスティアが抜刀し、その鋭い切っ先をガッシュの喉元スレスレに突きつけていたのだ。

「ひっ!?」

「無礼者。ただちにその言葉を取り消しなさい」

先ほどまでのポンコツな笑顔はどこへやら。

セレスティアの瞳には、絶対零度の怒りが宿っていた。エリート騎士の放つ本物の殺気に、ガッシュだけでなくギルド中の冒険者が息を呑む。

「あ、アルト師匠を愚弄することは、このセレスティアが許しません! 師匠はあえてその実力を隠し、陰からこの国を護る気高き御方なのです!」

「は? な、何言ってんだあんた……こいつはただのEランクの……」

「黙りなさい! 師匠の偉大さがわからない愚か者どもに、これを見せれば理解できますわね!」

セレスティアは剣をスッと収めると、懐から『何か』を取り出し、受付カウンターにドンッ!と叩きつけた。

それは、大人の拳ほどもある、禍々しいほどに赤く輝く宝石だった。

「……は? 嘘だろ、それ……」

「お、おい! その魔力の波動……まさか『Aランク魔物』の魔石か!?」

「ええ、その通りですわ!」

ギルド内が騒然となる中、セレスティアは誇らしげに胸を張った。

「本日、王都近郊の森に現れた災害級の魔物『ブラッド・ベア』の魔石です! アルト師匠は、この恐るべき魔物を『武器すら抜かず、謎の魔法の一撃で』跡形もなく消し去りましたのよ!」

(いつの間に拾ってたの!?)

あのクレーターの中に落ちていたらしい。

いや、待ってくれ。そんなものをギルドで出したら……!

「Aランクのブラッド・ベアを……一撃で……?」

「この、万年Eランクのアルトが……?」

ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。

先ほどまで俺を馬鹿にしていたガッシュは顔面蒼白になり、受付嬢のミーシャは震える手で魔石を鑑定機に乗せている。

『ピピッ――鑑定結果:ブラッド・ベアの魔石(特上品質)』

無機質な機械音が、セレスティアの言葉が真実であることを証明してしまった。

「ほ、本当だ! しかも魔法で消し飛んだのに、魔石が無傷なんて……どれほどの精密な魔力操作なんだ!」

「ただのEランクだと思ってたが……まさか、本当に『隠遁した規格外の英雄』だったのか……!?」

ざわ……っ!と、ギルド内の空気が一変する。

好奇の目は『畏敬』へ。嘲笑は『恐怖』へ。

全員の視線が、ただ定時で帰りたかっただけの俺に集中する。

「ふふっ、皆様ようやくアルト師匠の偉大さにお気づきになったようですね。さぁ師匠! どうかその圧倒的な力で、私たちに教えを――」

「…………」

俺は無言で、ギルドの出入り口に向かって猛烈なダッシュを決めた。

いや、決めるはずだった。

「あっ、またスキルを切り忘れ――」

ズサァァァァァァァァッ!!

ギルドのド真ん中、何もない平らな床で、俺は再び華麗にすっ転び、顔面から盛大に床へ突っ込んだ。

静まり返るギルド。

「……見ましたか皆様! 今の研ぎ澄まされた受け身の取れない転倒!」

「あ、ああ! 全く気配を感じさせない、恐ろしいほどの重心移動!」

「わざと隙を見せて、俺たちの反応速度を試したってのか……! 恐ろしい男だぜ!」

ダメだ。この空間、馬鹿しかいない。

床に突っ伏したまま、俺は一筋の涙を流した。

俺の平穏な異世界スローライフは、こうして完全に、そして致命的に幕を開けてしまったのだった。

***

「何事だ、この騒ぎは!」

床に突っ伏したまま現実逃避しかけていた俺の耳に、ギルドの奥から響く野太い怒声が飛び込んできた。

騒ぎを聞きつけてギルドマスター室から出てきたのは、顔に大きな傷跡を持つ筋骨隆々の大男、ヴァンダルだ。元Sランク冒険者にして、泣く子も黙るこのギルドの最高責任者である。

「マスター! こ、これを見てください……!」

ミーシャが震える両手で、受付カウンターの赤い魔石を示す。

苛立たしげに眉をひそめていたヴァンダルだが、その魔石を一目見た瞬間、雷に打たれたように硬直した。

「……ッ!? 馬鹿な、これは王都近郊に出没したという『ブラッド・ベア』の魔石じゃないか! 討伐隊を編成しようと上に掛け合っていたところだぞ! 一体どの高ランクパーティが討伐したんだ!?」

「あ、あの……それが……」

ミーシャの視線と、ギルドにいる全冒険者の視線が、床に転がっている俺へと一斉に集まる。

「……は? アルト? この万年Eランクのサボり魔がか?」

「はい! アルト師匠が、目にも留まらぬ謎の魔法で一撃のもとに粉砕いたしましたわ!」

俺が口を開くより早く、セレスティアが誇らしげに胸を張って即答した。

やめろ、頼むからやめてくれ。俺のライフ(社会的平穏)はもうゼロだ。

「おいおい、冗談キツイぜ騎士様。こいつはただの木っ端冒険者だぞ? 第一、こいつは今そこで何もない床で盛大にすっ転んで……」

鼻で笑い飛ばそうとしたヴァンダルだったが、俺の転倒跡と、ギルド内の異常な熱気(冒険者たちが畏敬の念で俺を見つめている)に気づき、その鋭い眼光をスッと細めた。

「……いや。なるほど、そういうことか」

(ん? どういうことですか?)

「俺としたことが、完全に節穴だったぜ。お前さん、わざと『無能なフリ』をして、俺たちの目を欺いていたんだな」

「違います純度100%の無能です」

「謙遜するな。あの狂暴なブラッド・ベアを一撃で仕留め、その直後に一糸乱れぬ動きで床に身を潜める(転んだだけ)。ただ者じゃないとは思っていたが……まさか、ここまでの実力者だったとはな」

違う。絶対におかしい。

元Sランクのあんたなら、俺のステータスがスライム以下(耐久力以外)だってことを見抜けるはずだろ! なんでそのポンコツ騎士のフィルターに感染してるんだよ!

「お、俺は本当に何もしてないんです! それは偶然というか、おにぎりが飛んでいって……」

「おにぎり……? 隠語か? いや、よせ。お前さんのような『影の英雄』には、目立ちたくない事情があるのだろう。無理に聞き出そうとはせん」

ヴァンダルは大きく頷くと、ニヤリと猛禽類のような笑みを浮かべた。

「だが、お前さんの実力が知れた以上、Eランクのまま放置しておくわけにはいかなくなった。ギルドマスターの権限を行使させてもらうぜ」

嫌な予感しかしない。

背筋に冷たい汗が伝うのを感じながら、俺はジリジリと後ずさりした。

「待ってください。俺は昇格なんてしたくありません。定時で帰って寝たいんです。というか明日から有給使います」

「安心しろ、目立ちたくないという意思は尊重してやる。お前さんのランクはEのままでいい」

「! 本当ですか!?」

「ああ。だがその代わり――お前さんに『ギルドマスター特別指名依頼』を発令する」

ドンッ! とヴァンダルがカウンターを叩く。

「現在、隣の領地にある『嘆きの廃鉱山』で、アンデッドの異常発生が確認されている。本来ならAランク以上のパーティを向かわせる案件だが……実力者であるお前さんなら、一人で(あるいはそこの騎士様と)目立たずにサクッと解決できるだろう?」

(サクッと死ぬわ!!!!!)

心の中で特大のツッコミを叫んだ。

アンデッド!? 絶対ヤバいやつじゃん! 防御力MAXだから死にはしないだろうけど、精神的にトラウマになること間違いなしだ!

「お、お断りします! 嫌です! 絶対に行きません! 労働基準法違反だ!」

「ほう? この俺の『特別指名』を蹴るというのか? ならば仕方ない、お前さんのこれまでの『サボり疑惑』を徹底的に洗い出し、ギルドの罰則規定に則って、毎日便所掃除から強制労働……」

「お受けいたしますわ!!」

俺が抗議しようとした瞬間、隣にいたセレスティアが元気よく手を挙げた。

「ちょっ、お前!?」

「アルト師匠! お任せください! 師匠の手を煩わせるまでもなく、私が先陣を切ってアンデッドどもを浄化してご覧に入れますわ! 師匠は後方でゆっくりと……そう、サボって(※戦況を俯瞰して)いてくださいませ!」

「おっ、さすが騎士様は話が早い。頼んだぜ、アルト」

ニカッと笑って親指を立てるヴァンダル。

満面の笑みで剣の柄を握りしめるポンコツエリート騎士。

終わった。俺の平穏無事な定時退社ライフは、完全に絶たれた。

どうしてこうなった。俺はただ、美味しいおにぎりを食べて、ふかふかのベッドで寝たかっただけなのに――。

「……誰か、俺を定時で帰らせてくれぇぇぇぇ……っ!!」

俺の悲痛な叫び声は、熱気に沸くギルドの歓声に呆気なくかき消されていったのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

「おにぎりで魔物を倒すのは笑った」「主人公が不憫だけど面白い!」など、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。

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次回、第2話は今日か明日更新予定です。

勘違いを加速させるヒロイン・セレスティアと、逃げたいアルトのすれ違いをお楽しみに!

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