マトリックスレザレクションズが一番好き
三部作も好きですが、レザレクションズも好きです。
まずネオが救世主ではなくなっていること。救世主の役目から解放されて完全にトリニティのためだけに戦っているのが良い。もう6番目のマトリックスで散々自分を犠牲にしてきたんだから身勝手になっても許される立場ですし、機械側が内戦で力を弱めた隙に人類がそこそこ盛り返して小規模ながら農業も可能になっているため人類に救世主は必要ない。機械としても強力な電池として生きてもらっていた方が都合がいいので救世主のお役御免。救世主として頑張ったおかげでもう救世主が不要になってしまったというのがいいです。
ネオが自由にやっていることもいいですし、インターネットをモチーフにした仮想空間でヒーローが大暴れして陰謀を打ち砕く、みたいな話を今の時代に見るのはだいぶ辛くなっていたので個人的な目的のために戦う話になっていたのがとても嬉しかった。
マトリックスはインターネットをモチーフとした仮想空間ですが、レザレクションズでは三部作から20年くらい経過して現実のインターネットの様子をしっかり反映していたのもいい。
三部作の頃のインターネットはまだ全体的にアングラな部分が多かった。検索エンジンはまだ発展途上といった感じで不正確かつ不便でしたし、SNSもありませんので情報交換は閉鎖的な掲示板などを頼るしかないため未知の領域が多く、未踏の場所に何か有用な情報があるのではないかという期待感がありました。それにアングラではあるけれど、この技術が発展していくと将来、誰もが対等になれるのではないかという希望もありました。
しかし20年後、検索エンジンの性能が上がり、インターネットにある未知の領域の情報の多くが自分には大して有用ではないことが解りました。回線の向こうのアングラな世界にいた誰かは自分と同じしょうもない人間だということをSNSが白日の下に晒しました。あらゆる世代、属性の人々が平等に交流できる大規模なSNSが生まれた結果、知らない誰かが喧嘩しているとか炎上しているとか本当にしょうもない話題ばかり目に入ってくる時代になりました。インターネットの化けの皮がはがれてしまった。
今のインターネットに20年前と同じようなロマンを感じるという人は少ないでしょう。それがレザレクションズの仮想空間にも反映されています。三部作では仮想空間内は画面全体に緑色のフィルターがかかっていましたが、レザレクションズにはそれがありません。フィルターによって演出された画面の怪しい雰囲気は消し飛んでいます。
三部作の敵と言えばスミスに代表されるエージェントたちでしたが、レザレクションズでは人間に擬態したbot。エージェントと違って弱い個体が物量にものを言わせた戦い方をしてくるというロマンのなさ。
極めつけはメロビンジアン。リローデッドで機械の支配を逃れたプログラムのボスとして登場し、配下の双子にネオたちは苦しめられていましたがレザレクションズでは浮浪者のような生活をしていました。インターネットのアングラを象徴するような大物が完全に没落していました。
レザレクションズのマトリックスはロマンをそぎ落とされた、かなり無機質な世界です。
魅力的でロマンあふれる世界にすることもできたと思いますが、インターネットがしょうもないものだということが周知されている中でそんな嘘をつくよりもずっといいですし、描写の変化から時代や社会の変化が読み取れるのが面白い。誠意のある描写だと思います。
世間でレザレクションズは同窓会という評価で固まっています。実際ネオとナイオビが酒を酌み交わすシーンや旧作のオマージュは印象的ですが、決してそれだけの映画ではないと思います。とはいえ三部作とはだいぶ毛色が違いますし万人受けするような映画ではないのもわかります。でも一番好きなんです。最後に空を虹で彩ると言い出すのもよかった。
興行収入などを見るに続編に期待できない感じではありましたが、WBがパラマウントに買収され、仮に新作が制作されても確実にこのテイストにはならないという状況になって寂しく思います。




