第7章:北への旅
トラックの中の埃がライゾの顔にまとわりついていた。反乱軍が用意したものは、白いワイシャツとズボンだけだった。
ライゾはミライからもらったマントを身につけていた。
今頃、何してるんだろうな。
ライゾが物思いにふけっていると、向かいに座っていたドビトが、あからさまな憎悪を込めた目でこちらを見つめていた。
その視線に気づき、ライゾは居心地悪そうに身じろぎする。
突然、ドビトが立ち上がり、食べていたリンゴを放り捨てた。
「お前みたいな王族のクズが、ここにいるべきじゃない」
ライゾは反応せず、じっとしていた。
クズ? 何も知らないくせに、よくも自分だけが正しいみたいな顔ができるな。
ドビトの声は冷たかった。
「本来なら、今頃は牢屋に入れられてるはずだ」
いや、それより――
ドビトは一歩近づいた。
「死んでるべきだ」
ついに、ライゾの我慢が限界に達した。
死んでるべきだと?! こいつら、どれだけ馬鹿なんだ? 王族がどういう仕組みで動いてるのかも知らないくせに。
ライゾは立ち上がり、ドビトを睨み返した。
「そうだよ! 王族のことを何も知らないくせに、よくそんなことが言えるな!」
怒りで声が震えた。
「それに、俺が死んだところで、幹部たちが次の王を選ぶだけだ。王族を何人殺したって、何も変わらない」
ライゾは一歩踏み出し、ドビトを睨みつけた。
「俺は、自分の世界が目の前で全部崩れていくのを見たんだ。それなのに、お前は全部分かったような顔をしてる。城の中で何が起きてるのかだって、何も知らないくせに」
ドビトの目が怒りでわずかに痙攣した。
そして、ライゾの襟をつかむ。
「無知だと? お前は、王族が俺たちの世界に何をしてきたのかを見たことがないだろ」
「お前ら王族が、あれだけの権力を持っていながら、それでも足りないと言わんばかりに貪り続けてきたせいで、俺たちの世界はずっと崩れ続けてるんだ」
「毎日のように、お前らが課す重税で貧しい家族が引き裂かれてる。村人を動物みたいに扱って、狩りの獲物にすることだってある」
「自分の世界が崩れたなんて言うな。俺たちの世界は、何十年も前からずっと崩れ続けてるんだ」
「そう言われても……俺だって何も知らなかったんだ。俺も騙されてたんだぞ」
ライゾは言い返した。
「俺一人で全部を直せるなんて、本気で思ってるのか?」
「王令には、王は自分の民に起きたことすべてに責任を負い、彼らの安全を守らなければならないって書いてある」
ドビトの声が低くなる。
「俺の知る限り、お前はそれに失敗した」
ライゾの身体が固まった。
ドビトの言葉が胸に突き刺さる。
「二人とも、今は言い争ってる場合じゃないよ」
キキが口を挟んだ。
「それと、お前もだ」
ドビトがキキへ振り向く。
「お前はこれを黙って受け入れてるのか?」
「どうせメイヨーに言われたからだろ? 結局、お前が大事なのは俺たちじゃなくて、あいつだけなんだろ?」
キキは黙り込んだ。
ドビトの言葉が、胸に刺さった。
その時、トラックが大きく揺れた。
ドビトは外へ目を向け、何かがぶつかったのかを確認する。
三台の車がこちらへ猛スピードで迫っていた。
「ボーンクランだ。たいした脅威には見えないな。俺たちだけで十分だ」
ドビトはキキを見る。
戦闘の準備をしろと無言で伝える。
だが、キキは何も言わなかった。
まだドビトの言葉に傷ついている。
ドビトは小さく舌打ちすると、トラックから飛び降りた。
そして一台の車の上に着地する。
車体の金属をつかみ、それを上半身へ巻きつけるようにして鎧へと変えた。
「メタル・バインド」
キキがライゾに説明する。
「ドビトは金属を遠隔操作するんじゃなくて、自分の身体能力を強化するために使うの。ちょっとライゾに似てるね」
ライゾはうなずき、ドビトがボーンクランの一人と戦っているのを見る。
王族じゃないなら……殺しても、罪悪感を持たなくていい。
その考えが、ライゾを止めた。
俺、あいつらと同じこと言ってる……
いや。今は目の前のことに集中しろ。
その瞬間、父の姿が脳裏に浮かんだ。
ライゾはすぐに首を振り、そのイメージを追い払おうとする。
ライゾはマキを小さな球状に集め、指を一本伸ばした。
狙いは車のエンジン。
腕を動かさず、完璧な角度を探す。
狙いが定まったと感じた瞬間、マキを放つ準備をした。
これが……俺の最初の一歩になるのかな。
光を帯びたマキを放つ。
それはエンジンのすぐ前に命中し、金属を貫いた。
次の瞬間、エンジンから火が上がった。
そして――
車が爆発した。
ライゾは大きく息を吐いた。
だが、安心できたのは一瞬だった。
二台目の車が横につけてくる。
やばい。まずい。
ライゾは立ち上がり、戦う構えを取った。
だが突然、その車が宙へ浮き始めた。
見えない力によって金属が軋み、ねじれていく。
そして車体全体が持ち上がり、数メートル先へ投げ飛ばされた。
「それが私の能力――テレキネシス」
キキが言った。
「へえ……すげえな」
ライゾは弱々しく笑った。
キキは無表情のままだった。
ドビトの言葉、やっぱり傷ついたのか?
そう考えながら、ライゾは再び外へ目を向けた。
ドビトが、さっきまで戦っていた男を何度も殴りつけている。
よかった。少なくとも、ドビトは勝ってるみたいだ。
その時、ライゾはドビトの背後から別の敵が忍び寄っていることに気づいた。
まずい。あいつじゃ間に合わない。
ライゾはもう一度、マキを球状に集めた。
今度は絶対に狙いを外せない。
もしドビトに当ててしまえば、一瞬で敵だと思われる。
その考えが浮かんだ瞬間、ライゾは息を止めた。
昔の考えが、再び頭の中で形を作り始める。
どうした? あいつはお前の家族を侮辱したんだぞ。ずっとお前を守ってきた人たちを。
王国の敵を助けるなんて、何様のつもりだ?
ライゾはゆっくりと唾を飲み込んだ。
その考えを頭の奥へ押し戻そうとしながら、目を閉じる。
そして突然、メイヨーの言葉が頭の中に浮かんだ。
「憎しみじゃない。ただの混乱だ」
額から汗が流れる。
ライゾは腕をしっかりと固定した。
そして――
放った。
ドビトは攻撃を続けていた。
ボーンクランの男を何度も殴りつける。
突然、背後に別の気配を感じた。
くそっ。まだ一人残ってたのか? 間に合わない――
ドビトは素早く振り返った。
だが、頭を動かしたその瞬間――
小さな光線が男の喉を貫いた。
ボーンクランの男は、その場に倒れた。
ドビトはトラックへ目を向ける。
そこには、荒い息を吐いているライゾがいた。
……俺を狙ったんじゃなかったのか。
それにしても……あの口論の後で、まさか助けるとはな。
ドビトは男を車の上から放り捨て、運転手の襟をつかんで引きずり出した。
運転席へ乗り込み、ゆっくりとトラックの横まで車を走らせる。
そして車から降り、トラックへ戻った。
メタル・バインドを解除する。
ライゾは、ドビトの表情が変わっていることに気づいた。
怒っているというより、驚いているように見えた。
ドビトは何も言わず、静かに席へ戻った。
数時間後
うわ……これが飛行機か。
ライゾは口をあんぐりと開けた。
その反応を見たキキが、小さく笑う。
「ん? 何がおかしいんだ?」
ライゾが尋ねた。
「飛行機に乗るの、初めて?」
ライゾは少し恥ずかしそうにうなずいた。
「大丈夫。まだまだ面白いものを見せてあげるから」
「え、本当? すげえな。楽しみだ!」
なんでだろう。キキと話してると、変に緊張しない。部外者みたいな感じもしない。すごく自然に話せる。
ライゾは飛行機へ乗り込んだ。
メインキャビンへ到着すると、機内放送が流れた。
「二人とも、無事に飛行機へ乗り込めたようですね。テトロ前哨基地に到着するまで、ここから四時間ほどかかります。何が待ち受けているか分からないので、今のうちに眠っておくことをおすすめします」
「到着後は、念のため前哨基地から約三マイル離れた場所へ着陸します。そこから先はスノーモービルで移動してください。それでは、ここまでです。任務の成功を祈ります」
ライゾが横を見ると、キキはすでに自分の部屋へ向かっていた。
ってことは……俺、ここでドビトと二人きりじゃん。
ライゾは緊張しながら、別の部屋へ移動しようとした。
「おい、待て」
ライゾはすぐに立ち止まり、ゆっくり振り返った。
「ん? なんだ?」
ドビトはわずかに喉を鳴らし、手で口元を覆った。
そして視線を下げ、ライゾから目を逸らす。
「さっきは……あの男を倒してくれて、ありがとな」
ライゾは驚いた。
反乱軍へ来てから初めて、自分のことを認めてもらえたような気がした。
「ただし、これで仲良しになったと思うなよ」
ライゾは静かにうなずいた。
まあ、俺が命を救ったとはいえ……さすがに仲良くなるのは早すぎるよな。
……まあ、文句はないけど。
ライゾはドビトに笑いかけ、自分の部屋へ向かった。
キキはベッドへ倒れ込んだ。
頬を涙が伝い、手にはあの鍵が強く握られていた。
あいつの言葉……なんでこんなに痛いんだろう。そんなつもりで言ったんじゃないとは思うけど……。
扉が開く音がした。
キキはすぐに身体を起こし、涙を拭った。
顔を上げる。
そこにいるのはドビトで、謝りに来たのだと思っていた。
だが――
立っていたのはライゾだった。
キキは鼻をすすった。
「何の用?」
なんでこいつがここに? 今、一番会いたい相手じゃないんだけど……。
「いや……なんか元気なさそうだったから。何かあったのかなって」
突然、ライゾは気まずくなった。
くそ……俺、何しに来たんだ? ほとんど話したこともないのに。ドビトの件でちょっと調子に乗ったか?
キキはライゾを見上げた。
元気がないって……どういう意味? 慰めようとしてるの? 王族でも、そんなことするの?
「えっと……ごめん。邪魔するつもりじゃなかった。俺はもう――」
「ううん。いていいよ」
キキが遮った。
私、何してるんだろう。ドビトに会いたかっただけなのに、なんでライゾまで巻き込んでるんだ?
ライゾはキキの隣に座った。
「それで……話したいなら、聞くけど?」
何これ? 一番会いたくなかった相手が、私を慰めようとしてる。
ライゾは気まずそうにキキを見る。
分かったよ、メイヨー。お前の勝ちだ。
キキはようやくうなずいた。
少し迷いながら、言葉を探す。
「ただ……ドビトが言ったことが気になってるの」
「私がメイヨーのことばかり大切にして、他のみんなのことをどうでもいいと思ってるみたいに言ったこと」
キキは一度言葉を止めた。
「……なんでか分からないけど、すごく傷ついた」
「確かに、私はメイヨーのことをすごく大切に思ってる。でも、それは反乱軍のみんなを大切にしてないって意味じゃない」
「ここにいる人たちのことも大好き。みんな本当にいい人たちだし、一緒にいると安心する」
キキは鍵を握る手に力を込めた。
私、何してるんだろう。なんでこんなにこいつに話してるんだ?
「でも……メイヨーは特別なの」
「私がここにいる理由は、全部あの人のおかげだから」
「もしメイヨーが私を助けて、鍛えてくれてなかったら……私も他の人たちと同じように、理由もなく王族を憎む人間になってたと思う」
「……実際、しばらくはそうだった。でも、メイヨーが私を変えてくれた。違う見方ができるようにしてくれたの」
……思ってたより、ずっと大したことじゃなかったな。
恥ずかしい思いをすると思ってたけど、ただ話を聞くだけでよかったのか。
まあ、俺が何を言おうと関係ない。言いたいことは言えたし。
なるほど。メイヨーがいたから、キキは今のキキになれたのか。
それなら、あいつに恩を感じるのも分かる。
ライゾは突然、妙な感覚に襲われた。
なんだこれ? さっきまで、この惑星にいる全員が俺を嫌ってるように感じてたのに……
どうして俺は、こんなにも自然に話せるんだ?
しかも、ほとんど知らない相手なのに……気にかけてる。
「それは、いいことだと思う」
ライゾが言った。
「実は俺にも、メイヨーと似たような人がいたんだ」
ライゾは言葉を止めた。
ミライのこと、話していいのか?
こんなに気軽に話してるけど、こいつがこういう話をするのに慣れてるかどうかも分からないし……。
ライゾは気まずそうに身体を動かしてから、決心した。
……まあ、いいか。
キキはライゾを見つめ、答えを待っているようだった。
「まあ……今どこにいるのかも、どうしてるのかも分からないけど」
「他の王族と比べたら、俺はあいつのことをずっと好きだった」
でも、あいつは俺のことをどれくらい大切に思ってたんだろう。
ライゾは俯いた。
「ドビトも、あんなことを言うつもりじゃなかったと思う」
「だって、あいつには俺に対してそう思う権利がある。トラックの中で言ってたことも、間違ってなかった」
「でも……お前とメイヨーのことまで否定するつもりはなかったと思う」
「どうしてそんなことが分かるの?」
キキが尋ねる。
「俺、人がどう話したり、どう行動したりするかを見るのが得意なんだ」
「迷ってる時とか、嘘をついてる時とか……逆に、本当のことを言ってる時とか」
ライゾは視線を逸らした。
「……だから、ミライの言葉があんなふうに聞こえたんだと思う」
「本当のことを言ってたから」
キキが笑った。
「ん? 今度は何がおかしいんだ?」
「何でもない」
キキは笑いながら答えた。
「ただ……飛行機を見てあんなに騒いでたのに、今はずいぶん真面目なこと言ってるなって」
ライゾは不満そうに頬を膨らませた。
キキが落ち着くと、再び静かになった。
「ありがとう、ライゾ。話せてよかった」
キキは少し笑った。
「それに……私はあなたを信じてるよ」
「贖罪の試練のこともね」
ライゾは明るく笑い、部屋を出ていった。
キキは、ライゾが去っていった後も扉を見つめ続けた。
まあ……それでも、話せてよかった。




