第4章:狼の巣穴へ
ライゾは目を見開き、息を呑んだ。顔の汗が急に氷のように感じられ、全身に悪寒が走る。
……え、どういうことだ? いや。嘘に決まってる。そうじゃなきゃおかしい。俺たちの平和は何千年も証明されてきた事実だ。こんなのバカげてる。
ライゾはゆっくりと息を吐いた。涙はいつの間にか消え、代わりに純粋な恐怖と衝撃が満ちていた。信じたくなかった。だが心のどこかで、それがあり得ることだと分かっていた。目が忙しなく泳ぎ、吐き気がこみ上げてくる。
「ねえ……」キキが一歩近づいた。「大丈夫? 知ってると思ってたんだけど」
ライゾは答えられなかった。
彼女の言葉を理解する間もなく、衛兵たちが部屋に押し入ってきた。拘束具を外されたかと思うと、すぐに別の手錠がはめられる。感覚のないまま、ライゾは抵抗もせず連れて行かれた。
キキは呆然とその背を見送り、それからピエトロへと鋭く向き直った。
「あんた……」声が低くなる。「知ってたんでしょ?」
ピエトロはただ肩をすくめた。
「関係ないだろ。あいつは根っからの王族だ。たとえ何も知らなかったとしても、責任は免れない」
しばらくして、ライゾは牢の中にいた。空気は淀み、強い光が容赦なく降り注いで目を眩ませる。額から流れる血の匂いがした。
「……どれくらい経った?」声はかすれ、囁くようだった。「時間の感覚がない」
見ろよ、俺を。情けない。親父が警告してたまさにその男に、俺はなっちまった。
口の端からゆっくりと血がこぼれる。ふと、ミライの顔が脳裏をよぎった。
あいつは、知ってたのか?
ライゾは立ち上がろうとしたが、体が動かなかった。牢の扉が開き、二人の衛兵が入ってきて彼を掴み、引きずり出す。
牢の中を進む間、深い青色の廊下が果てしなく続いているのが見えた。牢内の刺すような光よりも、ずっと薄暗い。機械音とともにもう一つの扉が開き、衛兵たちはライゾを台の上に放り投げた。
ライゾはゆっくりと体を起こし、周囲を見渡した。頭上のバルコニーには椅子が並び、十二人の男たちが座っている。その一人が書類を読み上げた。
「ライゾ・ルムオス二世。父君の死により、その罪を汝に問うこととする。民への軍事的圧政、過度な課税、そして王勅に定められた自然権の不履行――」
彼は一度言葉を止めた。
「よって、死刑を宣告する」
すぐさま別の男が口を挟んだ。
「は? 骨氏族に売ると決めたはずだろう」
三人目が身を乗り出す。
「俺はピエトロに脳を調べさせる話だと思っていたが」
「奴隷として飼うんじゃなかったのか」別の男が付け加えた。
議論はたちまち紛糾した。
ライゾは顔を上げ、その目に純粋な恐怖を浮かべた。
なんだよ、これ。俺を物みたいに扱ってやがる。俺を。一体何があったら、こんな話ができるんだ?
やがて議論が収まり、十二人の目が一斉に入口へと向いた。ライゾもその視線を追う。
「よせよ、メイヨ。会議に割り込むにしても、もう少し礼儀ってものがあるだろう」
「まあまあ、カヤグ。未来の王様の顔を拝みたかっただけさ」
ライゾは二人を見定め、その力量を測った。
まずいな。あの老いぼれどもと同じくらい血に飢えてるなら、俺は殺される。
カヤグの目がライゾを捉え、その表情が悪意に歪んだ。次の瞬間、彼は前触れもなく剣を抜いた。強い風圧がライゾに叩きつけ、気づけばカヤグはすぐ隣に立っていた。刃が届く寸前、ライゾは左へ身を投げ出し、間一髪で斬撃を避けた。
カヤグはすかさず攻め立て、ライゾは次の一撃を屈んでかわす。
ここで戦うのはまずい。余計な敵を作るだけだ。生き延びたいなら、弱いふりをしておいたほうがいい。
カヤグが再び剣を振り上げる。
そのとき、ライゾはそれを感じた。
――圧倒的なマキの奔流。
カヤグは変わらぬ構えのまま、もう一撃を放とうとしていた。だがその刃に流れ込むマキの量は、桁違いだった。
くそ……避けられない。
ライゾは身構えたが、次の瞬間、足が宙に浮いた。気づけば、彼は宙吊りにされていた。見上げると、メイヨが襟首を掴んでいた。
「メイヨ!」カヤグが叫んだ。「なんでこんな真似をする!? あいつらの同族がどれだけの家族を殺してきたか、お前も知ってるだろう! 数字だって見てきたはずだ!」
メイヨはまるで聞こえていないかのように無視し、上座の男たちへと向き直った。
「聞いてくれ。お前らがライゾを信用してないのは分かってる。だが、俺はこいつの可能性に賭けてみたい」
すぐに一人の男が応じた。
「メイヨ、自分が何を言ってるか分かってるのか。こいつはこの反乱軍全体の敵だぞ」
メイヨは長々とあくびをしてから答えた。
「ああ」
彼は頷いた。表情は落ち着いたままだった。
「分かってる。だからこそ、この提案をするんだ」
彼はバルコニーを見渡した。
「ライゾがすることの責任は、俺がすべて負う。こいつが俺たちの得になろうと、害になろうとだ。こいつは本当に貴重な戦力になると思ってる」
彼は言葉を継いだ。
「それに、これは全員にとって得な話だ。もしこいつが裏切ったら、俺自身の手でこいつを狩る。そうすればお前らにも始末をつける機会がある。だがもし協力してくれるなら、俺たちはもう一人、有能な戦力を手に入れる」
男たちはすぐさま話し合いを始めた。ライゾには一言も聞き取れず、ただ一つの疑問だけが頭の中で響いていた。
なんでこいつは、そこまでして俺を助けようとする?
しばらくして、話し合いが終わった。
「メイヨ、お前の提案を検討した」
発言者はライゾのほうを見た。
「お前が責任を負うというなら、許可しよう」
メイヨは頷いた。
「なら、悪いが、こいつを牢に戻させてもらう」
その場を去ろうとした矢先、カヤグが口を開いた。
「メイヨ……」
声を落とす。
「お前の友人として――一番近くにいる人間として、これだけは言わせてくれ」
「やめておけ」
「あいつを信用しちゃダメだ。お前が殺されるだけだぞ」
メイヨは笑った。
「バカだな。俺が簡単に死ぬわけないだろ」
そう言って、彼は歩き去った。
廊下を進む間、ライゾはずっと引っかかっていた問いを、ようやく口にした。
「なんで、あんなことをしたんだ?」
メイヨが振り返る。
「なんでお前は俺を助けたんだ?」
「それは……」
メイヨが足を止めた。
「お前の目を見たとき、憎しみは見えなかった。ただ、戸惑いだけだった」
彼はライゾを見つめ返した。
「だからって、お前を完全に信用したわけじゃない。お前が道を踏み外したら、迷わず殺す」
小さな笑いが漏れた。
ライゾは視線を落とした。
「でも……どうして俺を信用できるんだ?」
メイヨは微笑んだ。
「俺たちは同じだからだ。少なくとも、俺がここに来たばかりの頃はな」
ライゾはただ目を細め、何を言えばいいのか分からなかった。
俺たちが、同じ?




