第3章:崩れ落ちる王宮
数分後、ドビトが廊下へ駆け込んできた。
「キキ! なんであいつを逃がしたんだ? あいつが標的だぞ!」
キキは何も答えなかった。
「チッ」
ドビトは舌打ちした。
まあ、外にはこっちの戦力がいる。だったら、このまま先に進んだほうがいいか。
「いい。残りの城は俺一人で片付ける」
ドビトはキキの横を駆け抜けた。
その数秒後、巨大な二枚扉が目に入った。扉の表面には精巧な彫刻が施され、無数の顔が木に刻まれている。そのすべてが、まるでこちらへ来いと誘っているようだった。
ドビトは扉を押し開けた。
その先には、壮大な図書館が広がっていた。天井まで届く本棚には本が溢れ、何千年もの知識が収められている。
そのとき、ドビトの目に何かが留まった。
展示ケースだ。
まさか、これか?
ドビトはゆっくりと手を伸ばし、口を開けたまま固まった。
ここにある理由なんて、他にはない。やっぱり、これだ。
戦闘の音が近づいてくる。
ドビトはもう何も考えず、ガラスを叩き割って地図をひったくった。
そのまま走り続けていると、数人の衛兵が行く手を塞いだ。
衛兵たちが突っ込んでくる。
ドビトの腕が変形し、硬い金属へと変わった。彼は一歩踏み込み、刃のように変化した腕を大きく振り抜く。
一撃で、衛兵たちは弾き飛ばされた。
その瞬間、城全体が大きく揺れた。
くそ。ここ、吹き飛ぶみたいだな。まあいい。必要なものは手に入れた。
轟音が城内を駆け抜け、天井から石の塊が次々と崩れ落ちてくる。
ドビトは外へ飛び出し、空を見上げた。
目を見開く。
巨大なドラゴンが城の上に立っていた。
エメラルド色の鱗が、昼の日差しを受けて輝いている。その開かれた顎の奥では、炎の塊が渦巻き、秒を追うごとに光を増していた。
攻撃を溜めている。
くそっ。
ドビトは変形した。
何が起こるのかを悟ったドビトは、とっさに身を隠そうと飛び込んだ。
だが、間に合わなかった。
巨大な光線がドラゴンの口から放たれ、戦場を薙ぎ払いながら一直線にドビトへ迫ってくる。
耐え難い熱が届いた、その瞬間。
何かに身体を後ろへ引っ張られた。
ドビトは数メートル先の地面へ叩きつけられる。
咳き込みながら身体を起こすと、目の前にキキが立っていた。
礼を言おうと口を開いた。
だが、身体の力がついに尽きる。
視界が暗闇に沈んだ。
ライゾはゆっくりと目を開いた。
頭の中はまだ混乱していて、何が起きたのか整理することさえできない。
起き上がろうとした。
だが、身体が動かない。
下を見ると、両手首と両足首が椅子にきつく縛りつけられていた。
ここ、どこだ?
頭上の明かりが突然点いた。
暗闇の中から、奇妙な形をしたものが現れる。
それは大きく、特徴らしい特徴もない。生き物というより、むしろ塊のようだった。
それがゆっくりとライゾへ近づいてくる。
背筋に寒気が走り、心臓が激しく鳴った。
そのものは這うように近づいてくる。
人間には見えない。
その動きもどこか不自然で、まるでまだ身体の動かし方を覚えている途中のようだった。
それはライゾの一歩手前で止まった。
そして、身体が開く。
中から現れたのは、顔だった。
人形のような顔。描かれた目と、縫い合わされたような口。
それは微動だにせず、ライゾをまっすぐ見つめていた。
なんだよ、こいつ……? みんなはどこにいるんだ?!
それ以上考える暇もなかった。
細く骨ばった腕が、その背中から何本も生えてくる。
それぞれの手には、違う道具が握られていた。
汗がライゾの顔を伝う。
身体から熱が引いていく。
そのとき、背後から足音が響いた。
「どうだ? 気に入ったか?」
声がした。
「自分で設計したんだ。まあ、顔はもう少し改良したほうがいいかもしれないけどな。とにかく、こいつは情報を抜き出すことくらいしかできない」
一人の男が姿を現した。
シンプルな白衣を着ていて、驚くほど身なりが整っている。
服装から、きっちり結ばれたポニーテールまで、そのすべてが几帳面に整えられていた。
怪物はゆっくりと暗闇の中へ戻っていく。
「悪かったな。お前に使うつもりだったんだが、まだ許可が下りてないことに気づいてな」
男がライゾをじっと観察すると、ライゾは少し落ち着きを取り戻した。
「だ、誰なんだ……?」
ライゾが尋ねる。
男は首を傾げた。
「おや。正直、君なら僕のことを知っていると思っていたんだが」
ライゾは呆然と男を見つめた。
質問に答えてないだろ……。
「まあ、これだけは教えておこう」
男が言葉を続けた。
「僕は元王族だ」
ライゾの目が見開かれる。
衝撃が身体を駆け抜けた。
「そうか。君は僕が誰なのか知らないんだな」
男はライゾのほうへ向き直った。
その表情からは何も読み取れない。
「僕の名前はピエトロ。君が僕を知っているとは思わない。……まあ、そのほうが都合がいい」
再び、暗闇の向こうから足音が響いた。
キキが部屋へ入ってくる。
城にいた女だ。なんでここに……?
「ピエトロ。まだ何もしてないでしょうね。頭たちは、ライゾをどうするか決めるまで拘束しておきたいそうよ」
ピエトロはただ頷き、再びノートパソコンへ視線を戻した。
なんなんだよ、これ……。最初はこいつらが俺を城から引きずり出して、今度は王である俺を監禁しようとしてる。なんなんだよ、これは? 平和な民間人の反応じゃないだろ。
キキが歩み寄り、ライゾの拘束を解こうとした。
その瞬間、ライゾが叫んだ。
「なんでだよ?!」
声が裏返った。
「なんでこんなことをするんだ?! なんで、百年以上も続いてきたこの国の平和を壊すんだ?!」
さらに涙が頬を伝う。
もうどうでもよかった。
限界だった。
答えが欲しかった。
キキとピエトロは無言で視線を交わした。
どちらも何も言わない。
やがて、キキがライゾへ向き直った。
その表情は怒りではなく、哀れむようなものへと和らいでいた。
唇が動く。
まるで、どんな言葉を選べばいいのか迷っているようだった。
こいつは知る必要がある。あれだけの目に遭ったんだ。せめて、これだけは教えてあげないと。
「ライゾ……」
キキは一度ためらった。
そして、ようやく口を開く。
「この国に平和なんて、もう二百年近くないのよ」




