第九話 シュタールベルク辺境伯領へ
第九話 シュタールベルク辺境伯領へ
「ところでお嬢様、前世、というのは・・・?」
ハンナに訊かれて、私は途惑いました。説明して、理解してくれるでしょうか。
ハンナは早くに旦那様と死に別れて、女手ひとつでふたりのお子さんを立派に育て上げた、気丈な婦人です。先代アウエンミュラー公爵であった亡き祖父の信頼厚く、私が幼い時から専属メイドとして、いつも私を支えてくれる、いくら感謝しても感謝し足りないくらいにたいせつな存在です。
「ハンナは、輪廻転生って、信じる?」
絵物語にすぎない、と笑い飛ばされてしまうでしょうか。
「ほんのついさきほどまでは、信じておりませんでした。でも・・・」
加護竜様が嘘を吐くとも思えませんわ、と言って、ハンナは涙を拭きました。
私が神田愛由香だった前世について説明すると、ハンナは首を傾げました。
「面妖ですね。その、カンダアユカだった世界には、ドラゴンはいなかったのでしょう?」
「ええ。でも、私が地縛霊になってしまった間、ずっとそばにいてくれたミミズのミーくんは、メルさんの眷属だったのですって。だから」
メルさんはミーくんを通して、私を見守ってくれていたのでしょう。
「ではその人生とは別に、加護竜様とお嬢様が共に過ごされた人生があった、ということでしょうか」
「その可能性は、否定できないわ。でも・・・」
私はその人生を思い出せません。思い出したのは、神田愛由香だった人生と、地縛霊になってしまった間のことだけ。ドラゴンと一緒に生きた日々なんて、想像すらできません。
メルさんは私の膝で丸くなってすぴすぴと眠っています。手ざわりは硬く、姿はドラゴンですけれど猫くらいの大きさしかなく、重さにいたってはセキセイインコくらいしかない、前世では存在しなかった不思議な生き物。私は知らないのに、私を知っていた、助けてくれた、メルさん。
「ハンナは、ドラゴンを見たことはあって?」
「何度かありましたよ」
しかしそれは大きな身体が、音も聞こえないほどのはるか上空を飛ぶ姿であって、こんな至近距離で見たのは生まれて初めてだと言います。
ましてや、この小ささ。
態度は大きいですし口調はオッサンですけど、自分で生まれたばっかりだって言った、言うなれば赤ちゃんドラゴンです。
しかし意思の疎通もできますし、魔力も使えます。私のことを知っています。
私はメルさんを知らないのに。
その後、走り続ける馬車の中で、私とハンナも少しだけ仮眠をとりました。ヨハンには申し訳ないですけど、心も体も疲れ切ってしまっていたようです。三、四時間ほどは、眠れたでしょうか。
東の方角は山がつらなっておりますので、地平線から陽が昇るのではありません。
シュタールベルク辺境伯領の中心である高原の街は、北側を緩やかな山に護られて南に向かって開けた、国境の街です。街道は街の中心を、東西に貫いて通っています。
そろそろ、夜明けです。
馬車はその街道を西から、朝日に照らされる街を見下ろす小高い丘の上に辿り着いた、その時。
「お嬢様っ! ハンナさんっ! 大変ですっ! 起きてください!」
絶叫のようなヨハンの声に私とハンナは目を覚ましました。
「街が! シュタールベルク辺境伯領の街が!」
そこには、目を疑うような光景が広がっていました。
倒壊した家々。あちこちから上がる、火の手と煙。
地割れ。
崖崩れ。
発災してから数時間、といったところでしょうか。距離があるから聞こえませんが、泣き声や助けを求める声が、あちこちから上がっているようです。
「地震・・・?」
これほどまでの被害が出るような大きな地震なら、ここへ近づいて来る間に感じたはずですし、馬が怯えたはずでしょう。
しかし特になにも無く、ここまで馬車は走ってきました。
この街だけが、局地的に被災したのでしょうか。
ここまでお読みいただき、どうも有難うございました。
次回、第十話 微力ですけど




