第八話 メルキオール 3
第八話 メルキオール 3
「今はまだ加護できないって、どういうことですの?」
今は、というからには、いつかはしてくださるのでしょうか。
「あー・・・、竜の寿命は知ってるか?」
「いいえ?」
リゼは知ってるはずなんだけど、思い出さないんじゃあ仕方無えな、と言って、メルキオールは説明してくれました。
「種族にもよるけど、だいたい五百年から三千年」
「ずいぶんと差があるのですね?」
「種族の特性に左右されるからな」
ファイア・ドラゴンやサンダー・ドラゴンは五百年から千二百年くらい。ウォーター・ドラゴンやウインド・ドラゴンは、千年から千七百年くらい。アイス・ドラゴンやウッド・ドラゴンが、千五百年から二千三百年くらい。
「で、俺はアース・ドラゴンなんで、二千年から三千年くらいなんだけど」
メルキオールは、くああー・・・、と欠伸をして、もぞもぞと体勢を変えて、私の膝の上で丸くなりました。
「俺さあ、さっき生まれたばっかりなんだわ」
「え・・・?」
「・・・は?」
さっき・・・?
「そう。お前を傷つけられたから、生まれるっきゃないじゃん。大急ぎで身体を組成したから、こんなちっさいのしか作れなかった。んでよお、前世の記憶があるから魔力も使えるし、こうやってしゃべることもできるけど、これ、例外中の例外なんだよ。普通は前世の記憶なんて無えし、種族問わず、最低でも百年くらい生きてからでないと、人間と意思疎通なんてできねーし、魔力もうまく制御できねえ。加護なんて、三百年以上生きてからでないとできねーんだよ」
三百年後では、加護できるようになられても、私はもうこの世にいないでしょう。
「時々、竜による災害があるだろ? あれはさ、生まれた直後でまだ魔力の制御が上手くできない、人間との意思疎通もできない赤ん坊の竜なんだよ。悪気があるわけじゃねーし、人間に敵意があるわけでもねーんだけど、人間の赤ん坊が腹減ったりオムツが汚れて不快で泣き喚いてるようなもんだと思えば、わかるだろ?」
なるほど、神のような存在であるはずのドラゴンが災厄をもたらすのは、人間側の不心得が原因だと教わりましたが、そうではなかったのですね。でも、文献で見た過去にドラゴンが災厄をもたらした例では、みんな大きかったように書かれておりましたけど?
「だーかーら! 俺が例外なんだっつーの。普通は産まれた時から多少なりともでけーよ、竜なんだから。俺はお前が傷つけられたから、大急ぎで身体を組成したって言ったろ!」
ドラゴンは自然界のエナジーを集めて凝結させて自分の身体を組成して生まれるのですが、普通は集めるだけで数十年かかるのだそうです。そうすると、私が傷つけられたから生まれなきゃ、と思って一瞬で身体を組成したメルキオールは、確かにものすごく特殊な例、ということなのでしょう。
「というわけで、俺は寝る」
「はい?」
眠ってしまわれるのですか? まだいろいろ訊きたいことがたくさんありますのに。
メルキオールは、丸くなった自分の前肢の上に鼻先を乗せました。
「生まれたばっかりだから、あんまり魔力使うと疲れるんだよ。眠って体力回復すんの」
目的地に着いたら起こせ、と言って、それこそ犬や猫の仔のように、すとん、と寝落ちてしまったメルキオールを、私とハンナは言葉も無く見つめました。
「あの、お嬢様・・・」
「なにかしら」
「貴女は本当に、リーゼロッテ様なのでしょうか?」
先ほどのメルキオールのせっ・・・、接吻と光によって私の姿が変わったのなら、ハンナがそのような疑いを抱くことも、不可抗力でしょう。
「ハンナ、鏡はありますか?」
「はい」
ちいさな手鏡を覗き込みます。
まだ夜が明けておらず、暗い馬車の中では、はっきりとは見えません。
しかし清かな月の光に照らされた私の顔は、見慣れたジミなそれではなく、さながら月の女神のような美女でした。うっ、自分で言ってて照れますね・・・。
「これが・・・私・・・?」
まるっきりの別人になってしまった自分の顔を茫然と見つめます。メルキオールの言葉を信じるなら、これが私のもともとの姿ということです。
「メルさんの言っておられたことが真実なら、この姿が、メルさんにとってのリーゼロッテ、なのでしょう」
私が言うと、ハンナはぽろぽろと涙を零しました。
「ちっさいくせにエロオヤジみたいで問題ありますけど、それでも加護竜様に出逢って本来のお姿になられたのなら、やっぱり加護が付いたということですわ!」
苦節十八年、お育て申し上げた甲斐がありました! と、ハンナは感に堪えないようです。
ここまでお読みいただき、どうも有難うございました。
次回 第九話 『シュタールベルク辺境伯領へ』




