第五十三話 広まる噂【クヌート視点】
第五十三話 広まる噂【クヌート視点】
「ドラゴンに愛される聖女、だと?」
アース・ドラゴンを操ってシュタールベルク領に恩恵をもたらす、目が覚めるような美貌の聖女、と訊いて、まさかそれがリーゼロッテのことだなんて、思うはずがない。
リゼは、愛らしく聡明ではあったけれど、目が覚めるような美女では、残念ながら、ない。俺と同じで、父に似たジミな容姿だ。
シュタールベルク辺境伯に求婚されているという、美貌の聖女。
聖女とは言っても治癒の魔力などがあるわけではなく、アース・ドラゴンに愛されて彼の地に恩恵をもたらしている存在。聖女がドラゴンを意の儘に操っているとか、そうじゃなくてドラゴンのほうが聖女を喜ばせようとあの手この手の奇跡を起こしているのだとか、噂はあくまで噂なので、真相はわからない。
「平民なのか?」
「さあ・・・、詳しくはわかりかねます」
リゼが姿を消した直後、シュタールベルク領含む東方に何度か地震があったという。そしてその地震からしばらくして、アース・ドラゴンの出現と、もたらされた恩恵、そして美しい聖女の噂が広まった。
タイミング的に、合っている。
しかし美しいと評判の聖女がジミな妹と、一致するはずもない。
王宮から帰ってきた父上の話では、王宮でも話題になっているという。
「王政府から正式にシュタールベルク領へ調査団を派遣することになった」
日に日に濃い瘴気が王都を襲い来るようになり、井戸水が濁って、人々の健康に影響を及ぼしている。喘息のような咳や、腰痛、認知症など、瘴気による健康被害はさまざまだ。人間だけではなく、家畜も瘴気のせいで痩せ衰えてしまうし、農作物の収穫量も落ちている。収穫量だけではなくて、味や質の低下も著しい。
「特に王妃陛下が、早急にシュタールベルク領のドラゴンの噂について真相を解明しろと、強く仰せだ。あの御方はドラゴンとその加護付きへの執着が甚だしいからな」
確かに、まだ幼かったリゼにファイア・ドラゴンの加護が付くとお祖母様が言い出してすぐに、将来の王太子妃にと言い出された。あの時も尋常ではない熱心さで、父上がたじろいだほどだった。
王妃陛下の母国には、ドラゴンにまつわる伝説や言い伝えが数多くある。我が国よりもドラゴンへの信仰が深いのだろうか。今度マティルデ嬢に訊いてみよう。
東方諸国に出向いた隊商や冒険者のパーティー、使節団の者など、シュタールベルク領の温泉に実際に浸かってきた者たちが、そのデトックス効果のすばらしさを声高に吹聴し、それを聞いた者達がシュタールベルク領に足を運ぶ。行く前には顔色が悪く怠そうだった者たちが、見違えるほどに健康になって帰って来て、それを見て驚いた者たちが我も我もとシュタールベルク領を目指す。王都からシュタールベルク辺境伯領までの駅馬車を増便するという動きもあるし、人が動けば沿道の農村なども潤う。
聞いた話では、東の隣国の民も、国境を越えて湯治に押し寄せているという。王都からシュタールベルク領までは馬車で十日かかるが、隣国の国境の街からは、朝、出発すれば夕刻にはシュタールベルク領都に着く。一泊旅行にぴったりの距離ということだ。
それはさておき。
「一部には、その聖女が加護付きなのではという噂もある」
なるほど、それであれば理に適う。
「ではその、聖女は、アース・ドラゴンの加護付き、かもしれないと?」
「否定はできない。だから、調べに行く」
ファイア・ドラゴンの加護付きだと言われたリゼに加護が付かなかった、不確実な発言で王都を混乱に陥れた責任は重いと声高に父上を責め立て、我がアウエンミュラー公爵家に白羽の矢を立てたらしい。加護が付くか付かないかは運であって絶対など無いのに、不確実だの責任だのと責め立てるのは、少しでもアウエンミュラー家の弱みを握り、貶めて上に立ちたい者達だ。
「なにも父上自ら赴かなくても」
「ふん。まあ、本当に瘴気をデトックスできるのであれば、わざわざ足を運んでやる甲斐もあるだろう」
瘴気のせいで、このところ父上は老眼と関節痛が酷くなってきている。温泉でデトックスできて症状が緩和されたらもうけものと、思っておられるようだ。
「ひとつだけ、国王陛下から胃痛の種を持たされた」
「なんですか?」
「調査団の副責任者として、元王太子を連れて行けと」
「レオンハルト元王太子をですか?」
廃太子とされて郊外の離宮に軟禁されていた元王太子は、その後、国境を護る第三師団に入隊されていた。どういう沙汰があったものやらとんとわからないが、粛々と命に従い、一兵卒として国境警備の任務に就いていたそうだ。どういう心境の変化があったのか。
「お前も見たら驚くだろう」
「なにをですか?」
「元王太子をだ」
「はあ」
リゼを泣かせた元王太子の顔など、見たくもない。
ここまでお読みいただき、どうも有難うございました。
次回、第五十四話 調査団来訪




