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第五十二話 オーバーツーリズム


第五十二話 オーバーツーリズム




 露天温泉の効能が口コミで広がるにつれ、湯治客がどんどん増えました。王都から東方諸国への往来のためだけでなく、東の隣国からわざわざ来る人がとても増えました。


 東の隣国は、鉱山の落盤の後、瘴気が澱むようになりました。強い東からの風が吹かなくなり、鉱山領のみならず国内の低地へと、瘴気が溜まるようになったのです。


 瘴気だけではありません。


 鉱毒を含んだ地下水も、シュタールベルク領ではなく自国内へと流れが変わったのでしょう。まあ、メルさんが地脈を弄りましたからね。


「あの鉱山はまだ掘るには早すぎたんだ。もっと魔力が凝縮してから掘れば、質のいい魔石が採れたのによ」


「何年くらい後だったらよかったの?」


「五千年くらいかな」


そんな先のことを、明日、くらいに言われても途方に暮れますけど、アース・ドラゴンであるメルさんが言うのですから、そうなのでしょう。


 ずっと鉱毒と瘴気に苦しめられていたシュタールベルク領の人々が健康になったと聞いて、隣国の鉱山領の人々は、最初は半信半疑だったそうですが、実際に来て人々の健康な様子を見たり、湯に浸かって自身が瘴気をデトックスしてみれば、その効能は歴然です。


「なんでシュタールベルクにこんないい温泉が湧いたんだ?」


「大きな地震があっただろう? あれで地下水の流れが変わったのさ」


「ちっ、あの地震で鉱山が落盤して、鉱山領は瘴気と鉱毒の地獄になっちまったんだぜ」


大して質がいいわけでもない魔石を採るために何年も何年も鉱毒を垂れ流していたのだから自業自得だろうと、言ってやることは我慢したものの、言ってやりたい心境だったと、街中のとある旅館の経営者さんがぼやいていたそうです。ヘルマン様が何度も何度も中和してほしいと申し入れたのに、していなかったそうですから、ツケが廻って来たのだと、言えるものなら言いたかったでしょう。


 そうした裏事情もありますから、おとなは、ヘルマン様の言いつけを遵守して、メルさんの存在をあまり旅人に言いません。

 しかし子どもは、悪気無く素直です。自分達の住まう場所のすばらしい変化を旅人に嬉々として自慢します。アース・ドラゴンの恩恵を、あまりおおっぴらにしないほうがいい、なんて、考えません。子どもにとって空気は読むものではなく吸うものですからね。


「アース・ドラゴン様が温泉を作ってくれたんだよ!」


「アース・ドラゴン様は聖女様のためならなんでもしてくれるんだよ!」


そういうことは言うもんじゃない、とおとなが忠告すればするほど、子どもは大きな声で言ってまわるものなのです。これはもう、前世の東京でもこの世界でもこの世界以外の異世界でも、そうなのでしょう。子どもは、自分にとって都合の悪いこと、例えばテストの成績がふるわなかったことなどは全力で隠しますが、いいこと、聖女の存在やアース・ドラゴンの恩恵は、全力で自慢するのです。私は聖女じゃありませんよ、といくら言っても聞きません。


 シュタールベルク辺境伯領に素晴らしい効能がある温泉が湧いたこと、その温泉はアース・ドラゴンの恩恵であること、アース・ドラゴンは聖女を盲愛していること。それらの噂がセットで、街道の東西へと流れていき、王都からも東の隣国からも、湯治客がどんどん増えます。


 街中の宿や食堂は嬉しい悲鳴をあげていますし、食材を売る農家も潤います。


 しかし、あまりに忙しくて、ゆっくり温泉に入っていられないという声が上がります。


 また、想定はしていましたが、貴族の湯治客の中には、平民と一緒の湯になど入れない、貸し切りにさせろという声が、やはり上がりました。領主館だった建物側に作った内湯は、二時間金貨一枚で貸し切り可能ですが、そうではなくて巨大な露天温泉を独り占めしたいと言うのです。


「どうしましょう?」


おろおろする支配人に、私はにっこり言いました。


「よろしいのではありませんか? こんな時のための、温泉チェスですわ」


ヘルマン様、もしくはセバスチャンにチェスで勝ったら、二時間金貨百枚で貸し切りにしてもいいことにしましょう、と私が言うと、ヘルマン様と側近の皆様の目は丸くなり、はあっとため息を吐かれました。


「それ、言外に貸し切りにはしません、って言ってますよね・・・?」


「あらそんなことありませんわ?」


私の育ってきた身の回りではセビーに、この地の皆様の知る限りにおいてヘルマン様に、勝てた人間はおりません。残念ながらセビーとヘルマン様は、まだ対戦していないのですが。


 チェスで勝つだけ、もしくは金貨百枚を即金で払えるだけのひとは、いるかもしれません。しかしこの条件をふたつともクリアできるひとは、限られると思います。


 貸し切りを所望する貴族にこの条件を提示いたしましたところ、不満の声もありましたが、おおむねご理解いただけたようです。中には勇んで対戦を望まれる方もおられましたが、今のところ、セビーに勝てた方はおりません。


 ヘルマン様は、というと。


「あ~、今の手、アヤシイ」


「いつものヘルマン様だったら、あんなタクティクスは使いませんねえ」


どうやらヘルマン様は、確実に即金で払える方にはわざと負けているようです。


 「ヘルマン、お前、プライドとか無いんか?」


メルさんに言われて、ヘルマン様はにっこりと言い返します。


「領主として、自領の収入増になるなら、プライドなんて仕舞っておきますよ」



ここまでお読みいただき、どうもありがとうございました。


次回、第五十三話 広まる噂【クヌート視点】

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