第五十一話 王都の不安【王妃クレスツェンツ視点】
今回、王妃視点なので、私は『わたし』ではなく『わたくし』と読んでください。
第五十一話 王都の不安【王妃クレスツェンツ視点】
あの御方がおられないのだから、リーゼロッテ嬢を我が子の妃にと望みましたの。
今世のリーゼロッテ嬢のジミな外見は、あの御方の呪いが続いているのでしょうから仕方が無いと思いましたけれど、かえって好都合だと思いました。王太子に立てた愚息は、顔だけは私に似て無駄にキラキラしいのですけど、頭や性格は凡庸だから、聡明なリーゼロッテ嬢と添わせてもトントンだと思ったのですわ。
しかし想定外なことに、リーゼロッテ嬢には加護紋が出ませんでした。
前世の記憶も、よみがえらなかったのです。
どうしてですの? なぜですの? あの御方がおられないのは仕方がありませんけれど、リーゼロッテ嬢があのリーゼロッテ様なのでしたら、加護紋が出るか、前世の記憶がよみがえるはずですのに。
愚息がリーゼロッテ嬢との婚約を勝手に破棄したと聞いて、私は衝撃に倒れそうになりました。
リーゼロッテ嬢がいなくなってしまったと聞いて、怒りに我を忘れました。
愚息を打擲し、廃太子にしましたわ。
王宮の調査部門や私個人の腹心である影を使って、リーゼロッテ嬢の行方を捜させたのですけれど、見つからないのです。
そうこうしているうちに、王都の水が濁り始めました。
瘴気が来る日が増えました。巷間に健康不安が広がり、実際に体調を崩す人が増えてきたのです。
つまり。
―――リーゼロッテ嬢がいなくなったせい、ですわよね・・・?―――
ジミな御容姿でも、加護紋が出なくても、やはりリーゼロッテ嬢はあの『リーゼロッテ様』なのです。
どうしてそんなことがわかるのか、ですって?
私は前世を憶えておりますのよ。
すべてではありませんわ。いちばん尊く美しい瞬間だけですけれど、確かに憶えているのです。
私が巫女としてお仕えしていたボニファティウス神殿に降り立った、リーゼロッテ様の、この世のものとは思えない、美しくたおやかな御姿を。
ボニファティウス様とリーゼロッテ様が並び立たれた様は名画のように美しく、生涯に渡って推せると思いました。
しかしリーゼロッテ様はボニファティウス様の求愛を拒絶されたのです。
ボニファティウス様は激怒し、リーゼロッテ様に呪いをかけました。
なにもかも、リーゼロッテ様が美しすぎることが元凶なのだから、美しくない姿になればいいのだと、ボニファティウス様は叫びました。地を引き裂くような絶望の悲鳴で、未来永劫、誰からも愛されないような姿になるように、御自身のすべての力をたった一つの呪いに注ぎこまれたのです。
世界中のどこにも、ちがう世界にも、ミミズを愛して愛でる者なんていないはずだと叫ばれました。誰からも愛されない存在になって、我が愛を拒んだことを後悔せよと、血を吐いて絶叫されました。
それを、あの茶色く醜いドラゴンが邪魔したのです。
自身の属性ではない魔法が使える、つまり、地の魔法だけではなく火や水、風や氷の魔法も使える、茶色く醜いドラゴンは、ボニファティウス様の呪いをリーゼロッテ様から逸らし、自身に引き受けられました。
リーゼロッテ様と茶色く醜いドラゴンの魂は違う世界へと弾き飛ばされ、そのことを悔やんだボニファティウス様は、海の底で数千年の眠りに就いてしまわれました。どなたでしょうか、ふて寝、などと言っていらっしゃるのは。
ふて寝だろうとなんだろうと、ボニファティウス様はお目覚めになりません。リーゼロッテ様に拒絶された心の傷は海よりも深く、永遠に癒えることはないのでしょう。
そのまま、幾星霜の年月が流れて、記憶のある私が王妃の座にある今世、リーゼロッテ様の生まれ変わりであるリーゼロッテ嬢が現れました。しかし、ボニファティウス様はお目覚めになりません。
ですから今世のリーゼロッテ嬢は我が愚息にと画策いたしましたのに、当の愚息が、私の敷いたレールを滅茶苦茶にしてしまいました。業腹とはこのことでございますわね。
そんな私に、腹心のひとりが気になる情報をもたらしました。
「ドラゴンの温泉ですって?」
「左様でございます」
王都とは逆に、水がキレイになり、瘴気が来なくなった辺境に、すばらしい効能の温泉が湧いたというのです。
しかし。
温泉、ということは。
ここまでお読みいただき、どうも有難うございました。
次回、第五十二話 オーバーツーリズム




