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第四十八話 手腕


第四十八話 手腕




 巨大温泉と宿泊施設は、九割方できあがりました。


 しかし仕上げの段階で、ちょっともたつきました。トラブルではありません。

 貴族向けの宿泊施設の内装に関して、どの程度金や手をかけるのか、意見が分かれたのです。当然のことですが、これはドラゴンが関与しない部分で、人間だけの問題です。

 王族や上位貴族が来訪されても問題が無いほどの設えにするのか。しかしそれほどまでに贅を尽くす必要があるのか、また、維持費は、など、喧々囂々、意見はまとまりません。


「叔父上はどう思います?」


ヘルマン様はセビーに意見を求めます。筆頭公爵家の執事を長く勤めたセビーの見識なら、みなが納得するでしょう。


 セビーはあっさりと断言しました。


「広さだけあれば、飾り立てる必要なんてありませんよ」


そもそも来てほしいわけではないし、来てほしいと頼むわけでもないのです。王都の貴族や王族など、むしろ来てほしくない、来ても面倒なだけだと、思っているようです。こちらの設備に不満があるなら帰れと言えばいいだけだと、セビーはにべもありません。


「この温泉は、まずなによりもこの地に住む人々の健康のためのもので、瘴気に苦しむ人々を癒すためのものでしょう? 王族や高位貴族をもてなすことよりも、疲れた人々の心身をときほぐすことを優先すべきです」


言われてみればもっともなので、宿泊施設の内装は凝った装飾よりもゆったりのんびりできることを最優先に配慮されました。


 後から聞いたのですが、セビーは王都の貴族が私を見て行方不明のアウエンミュラー公爵令嬢ではないかと気づくことを危惧していたのでした。


 もともと、辺境伯のお住まいは王都の貴族の屋敷よりも質実剛健なつくりです。高原ですから、寒さや雪に配慮したつくりなのです。ゴテゴテと飾り立てることよりも、実用重視でしょう。

 セビーの指揮のもと、どの部屋もあまり飾り過ぎず、すっきりと整えられました。




 広く大きな温泉と宿泊施設がついに完成しました。身体を洗うのとは別の、水着を着て入るプールのような温泉に、人々は、最初は、少し戸惑っていました。


 しかし、ドラゴンの恩恵である温泉に女の人たちが大喜びで、どんどん訪れました。狭くて暗い内湯ではなく、広い露天温泉に歓声を上げ、感謝と感激の笑顔が溢れます。もちろん、家事が忙しくて内風呂で身体を洗うだけで帰る時もあります。


 それでも、男だけが広い露天風呂にのんびり入って、女の人たちは狭い内風呂、という男尊女卑的な状況ではなくなったことを心から喜んで、メルさんに感謝していました。


 男の人たちの中には、河原の露天温泉のほうがよかったとか、水着を着て女性も混浴であることに不満を言う向きもありました。男だけで全裸でのんびりできるのがよかった、水着では心からのんびりできない、という意見は見逃しましたが、女たちに開放してやる必要なんてない、女は内風呂だけでさっさと帰って家事をすればいい、とか言う男は、メルさんが魔法で投げ飛ばしました。


「瘴気のデトックスに男も女も無え。文句があるなら、入るな」


女を大切にしない男なんかいらねえ、とメルさんに凄まれて、その男は腰を抜かしました。おそらく、ちいさな可愛い姿ではなくて大きくて勇壮な姿の幻覚を見せたのでしょうね。


 その後、女性差別的なことを言う男はいなくなりました。


 温泉に浸かりながらチェスをするのは、とても好意的に受け入れられました。チェスに集中していると、脳内への血流が多く速くなりますから、脳に蓄積してしまった瘴気をデトックスできるのです。ただのんびり浸っているだけでは、身体の瘴気はデトックスできても、脳に蓄積した瘴気はデトックスできなかったのです。脳の瘴気をデトックスできることは、認知症の予防になるので、とても健康的です。予防だけではなく、既に進行した認知症の改善効果もあるのです。




 街道を行き交う旅人の口コミで、温泉の効能が知れ渡りました。


 河原の露天温泉の時と違って有料なので、不満の声もあったようですが、領主館を改築した大きな宿泊施設と中庭をすべて使った大きな露天温泉は、旅人の関心をおおいに引きました。基本的には、領主館を改築した宿泊施設は貴族や長期滞在の湯治客向けで、宿泊料金は高めです。平民でも裕福な人や大金を稼いだ冒険者などが泊まることがありますが、どんちゃん騒ぎはできません。どうしてもどんちゃん騒ぎがしたい冒険者パーティーなどは、街中の宿に移っていただきます。街中の宿のほうが、基本的にお財布にやさしい料金になっています。また、以前からの常連客は少しサービス価格にしたり、一泊だけの客と長期滞在の湯治客では料金や食事のシステムを変えて、街中の旅館や食堂でお金を使ってもらえるように、さまざまな工夫を凝らしました。


 そうしたアイデアを出したのは、セビーです。まるでポケットからキャンディでも出すかのように気軽に、次から次にアイデアが出てきます。最近ではすっかり、困ったらセビーに訊けばいい、という認識が定着しています。一家にひとり、セバスチャンですね。



ここまでお読みいただき、どうも有難うございました。


次回、第四十九話 可愛いメイド服

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