第四十六話 身勝手な竜 1 【セバスチャン視点】
第四十六話 身勝手な竜 1 【セバスチャン視点】
リーゼロッテ様の失踪が騒ぎになったのは、失踪の翌週、国王陛下と王妃陛下、アウエンミュラー公爵夫妻、それから公爵令息のクヌート様が帝国から帰国されてからだった。身勝手な婚約破棄の顛末を知って王妃陛下が激昂して王太子殿下を打擲し、さらには廃太子として離宮に追いやったことで、世間はやっと、傷心の公爵令嬢の行方について噂しあった。
リーゼロッテ様がシュタールベルク辺境伯領に向かったことを、公爵家も王室も捕捉できていないことを入念に確認してから、執事の職を辞して、故郷に帰った。
二十何年ぶりに生まれ故郷に帰ってきてみたら、兄貴の息子が成長して、俺が家を出た頃の兄貴にそっくりになっていた。義姉上の遺伝子がミリも見当たらねえ、兄貴とうりふたつ、生き写し、コピーもしくはクローンと言っていいレベルでそっくりだった。息子がこれだけ自分にそっくりなのに、恋女房と俺の仲を疑っていた兄貴の目は、クソレベルの節穴だったんだなと思った。
再会したお嬢様の無事な姿にほっとし・・・、じゃねえ、目を剥いてしまった。
時空を超えた旅路の中で見た、あの御姿。
神々しいほどに麗しい、美しく嫋やかな姿。
だからてっきり記憶がよみがえったんだと思ったのに、よみがえったのは神田愛由香だった時の記憶だけだと聞いて、唖然とした。
思わずメルキオールを見た。
メルキオールは余計なことを言うなと俺を睨んだけど、やんのかステップの猫みたいに可愛くて、前世とのギャップに眩暈がした。
前世ではバルの奴と同じくらいでかかったのに。
なんでこんなちっちぇーんだと呆れていたら、生まれたばっかりだとかぬかしやがった。インコくらいの重さしかないとか、笑うしかねえ。
俺は前世のメルキオールに会っている。
二十数年前、バルに気に入られた俺は、兄に妬まれて暴力を振るわれ、バルに連れられてこの地を去った。
バルと一緒にいろいろな世界を放浪して歩いた。今いるこの生まれ育った世界だけじゃなくて、次元や時空を超えて旅をした。
ウインド・ドラゴンであるバルは、風の魔法でどこへでも行くことができる。唯一、この世界における未来にだけは行くことはできなかったけど、この世界の未来以外なら、違う世界、平行世界やその過去や未来など、自由自在だった。
だから遠い過去の、前世のメルキオールに会いに行ったんだよ。
神田愛由香が存在していた世界にも、バルと一緒に行った。
あの世界は特異だった。二十世紀末から二十一世紀初頭の日本、その首都、東京。竜がいない、いや、いても見えない。魔法が無い、いや、あるのに見ようとしない世界。
人間達から見えないのをいいことに、バルと俺は悪戯しまくった。二十世紀末頃の、科学で解明できない不可思議な現象のいくつかは、バルと俺の悪戯だったさ。
神田愛由香がイジメられていたのは、二十世紀後半だったから、まだスマホとか無くて、証拠も何も無かった。
神田愛由香だったリーゼロッテが自殺するほど追いつめられたことを、俺たちは許せなかった。たとえ姿形が違っても、神田愛由香にリーゼロッテの記憶が無くてもだ。
神田愛由香をイジメていた女どもに、仕返しをした。
二十一世紀はインターネットというおもしろいものが普及して、巧く使えば大きなダメージを与えられるとわかった。生成AIというもので、バカ女たちがやったイジメの内容をリアルで詳細な映像にして、音声も一言一句完璧に再現して、顔も名前も住所も経歴も、ガンガンネットに晒した。もちろん、奴らを法律で処罰するにはいたらなかった。奴らは当初、自分達は被害者だと騒ぎ立てたけれど、投稿者である俺たちは実在しないから、被害者だと認められない。自作自演の狂言だと叩かれ、途方に暮れて泣くまでやった。デジタルタトゥーは絶対に消すことができないし、社会的生命を削るには、大いに有効だ。職場にいられなくなったり、奴らの親や連れ合いや子どもから愛想を尽かされたりして、後悔して泣き叫ぶまで、徹底的にやった。
そんなことをやったって、神田愛由香が生き返るわけじゃなかったけどな。
今世、リーゼロッテ様がまさかの神田愛由香のジミな姿で生まれてきたのを知って、驚いた。バルが加護を与えているアウレリア様の伝手で、シュミットという偽名で公爵家に潜り込んで、その成長を見守った。神田愛由香のジミな容姿だったけれど、アウレリア様がファイア・ドラゴンの加護が付くと言うから、それまでお見守りさせていただくつもりだった。
しかしリーゼロッテ様に加護紋は現れず、公衆の面前での婚約破棄などというおつらい目に遭われた。
私はとっさの判断で、シュタールベルク領に行くように言った。兄の後を継いだ甥は、兄よりは出来がいいみたいだったし、あの僻地なら王都の連中に見つからないだろうと思ったのだ。
そうしたら旅の途中で、メルキオールが現れたという。
リーゼロッテ様は、御姿はかつての美しい姿に変わり、けれど記憶は、つらかった神田愛由香の時のものしかよみがえらなかった。
せっかく、メルキオールに再会できたのに。
リーゼロッテお嬢様の目を見て、言う。
「基本、竜は多情で移り気です。火竜、電竜、木竜、氷竜、みんな気分屋で浮気者で、中でも風竜は群を抜いて多情です。バルの奴のお気に入りなんて、俺以外にも世界中に数えきれないほどいるんですよ」
俺の言葉に、リーゼロッテ様は茫然としている。メルキオールに睨まれたけれど無視して、さらに言った。
「アース・ドラゴンだけです。次元も時も超えて、たったひとりだけを永遠に愛するのは」
ここまでお読みいただき、どうもありがとうございました。
ネタバレになりますが、セバスチャンが言っているバルというのはバルタザールで、風竜です。本人(本竜?)は、まだしばらく出てきません。
メルキオール(愛称メル)・・・アース・ドラゴン
バルタザール(愛称バル)・・・ウインド・ドラゴン
カスパール(愛称キャス)・・・サンダー・ドラゴン
次回、第四十七話 身勝手な竜 2 【メルキオール視点】




