第四十四話 もっともっと大きなお風呂 6
第四十四話 もっともっと大きなお風呂 6
地震からの復旧の時に大忙しだった煉瓦工房は、また大忙しになりました。
ヘルマン様は焼成煉瓦とタイルをこの地の特産品にするために、大規模な工房と窯を作らせ、職人養成も熱心に進めていましたから、皆さんその期待に応えようと大いに張り切りました。
シュタールベルク辺境伯領の領都は、領主館を街の中心よりもやや北側に抱き、やや南側を東西に街道が通っております。
今、その領主館は、外観はそのままですが、中は着々と姿を変えつつあります。
もともと、辺境伯の領主館は、王都の貴族の邸宅とは構造が違います。お役所として機能する公邸が前に、広い庭を挟んで後ろに領主家族が生活する私邸があるのです。
公邸だった部分は、入湯受付入口と男女それぞれの脱衣所や洗い場や内湯、そして、露天温泉へのゲートなどになります。
庭は大きな・・・、とても大きな露天温泉になります。ただ大きいだけではありません。焼成煉瓦とタイルを使って、曲線が美しい階段や通路があったり、深さがちがって子ども用の部分があったり、寝そべって身体を浸すようになっていたり、高い位置から湯が落ちて来る仕組みがあって打たせ湯になっていたりと、工夫が凝らされています。つまり大きな露天温泉は、焼成煉瓦とタイルの展示場的な場でもあるわけですね。
私はひとつ思いついて、提案してみました。子ども用の浅い部分から離れた反対側の辺りに、温泉の中にカウンターのような細長いテーブルを作って、チェスをする場所にするのです。
「湯に浸かりながらチェスをするのか?」
メルさんもヘルマン様もさすがに驚いて戸惑ったようです。
「いったいなんのために・・・?」
私は説明しました。
「前世で、残念ながら行ったことはなかったのですけど、テレビで見たハンガリーのセーチェーニ温泉の有名な風物詩なんです。デトックスのために長湯をするなら、こんな愉しみがあるのも一興かと思いましたし、領民と旅人の交流としても、いいのではないでしょうか。日本の温泉よりも温めで長時間入っていてものぼせない、という共通点もありますし、なによりも領主館の立派な建物が、セーチェーニ温泉を彷彿とさせるのですもの」
それと私は、温泉チェスを定着させることによって、あるトラブルの予防になるのではないかという考えがあるのです。まあそれは、実際に温泉チェスが定着してから後、想定するトラブルが起こった時にやってみればいいことなので、今は言いませんが。
するとメルさんが言い出しました。
「チェスがわかんねえ子ども用に、オセロもあればいいんじゃね?」
「オセロってなんですか?」
ヘルマン様の質問に、私とメルさんがオセロを説明します。でもなんでメルさんはオセロを知っているのでしょうね。
「神田愛由香が見たものは、だいたいわかるぜ」
にやり、と笑うメルさんの顔は、悪い笑顔なのにとてもやさしくて、なんだか嬉しくなりました。
辺境伯家の私邸だった邸宅は、宿泊施設になりましたが、一部は内湯に。水着を着ていてもどうしても混浴は嫌だという女性や、わがままな貴族もいますからね。
同時に、領都の北側の小高い丘一帯が整地され、新しい領主館の建設も進められました。
平民の家は木や日干し煉瓦(この街では焼成煉瓦)で作りますが、領主館や王城など大きな建物は、石で作りますから、普通はできあがるまで長い時間がかかります。
しかしメルさんが手伝うので、驚くほど早く建設が進みます。普通に人間の手だけで石を割って削って運んで・・・、とやっていたら年単位の時間がかかるはずですが、二カ月後にはもう、八割方できあがっていました。
ただし、メルさんは魔力を使い過ぎると寝てしまうので、建設職人たちもメルさんに頼ってばかりいてはいけないと、すごく頑張っていました。煉瓦職人と同じように、建設職人にとってもアース・ドラゴンはその仕事の神様なので、神様にばかり仕事をさせて自分達がサボるなんてあってはならないという気持ちが、とても強いようです。
「アース・ドラゴン様におんぶに抱っこじゃあ、わしら、立つ瀬が無え!」
もしもメルさんが大きかったら、皆さんこんなに奮い立たないのではないでしょうか? メルさんがちいさいからこそ、メルさんに頼ってばかりでは名が廃るとシャカリキになって働いている感じです。
大きな露天温泉と宿泊施設が九割方出来上がった頃。
とても頼もしい戦力が、この地にやってきました。
ここまでお読みいただき、どうも有難うございました。
次回、第四十五話 セバスチャンの帰郷




