第四十三話 もっともっと大きなお風呂 5
第四十三話 もっともっと大きなお風呂 5
ヘルマン様は直筆の図面を、卓上に広げました。
「これは・・・っ」
図面を理解すると同時に、皆、声を上げます。
入口から、男女で別れます。それぞれ、脱衣所や荷物置き場があります。それぞれ普通に全裸で身体を洗う場所と普通の浴槽があります。だいたい二十人ないし三十人くらいを想定した広さでしょうか。
注目すべきは、ここから先です。ここまでは完全な内湯で、ただ身体を洗うだけ、ちょっと浴槽に浸るだけならここだけで終わりにもできますが、脱衣所から伸びる通路を通って屋外に出ると、露天温泉なのです。ゲートがあって、水着を着ていなければ露天温泉には行けないようになっているのです。
「これなら、男女分け隔てなく、露天温泉に入れるだろう?」
前世の日本の市民プールとか遊園地のプールみたいですが、あくまで温泉なので、手前にしっかり身体を洗う場所があるのがポイントですね。水着は競泳用みたいなものではなくて、濡れてもいい衣服、のような感じです。
「え、っと、これ、ヘルマン様が考案したのですか?」
「リーゼロッテ嬢との会話の後、ずっと考えていたのです」
誰でも入れる大きな露天温泉にするにはどうすればいいか。ヘルマン様のこういうところが、ただイケメンなだけではなくて女性に好かれるポイントかもしれませんね。
「で、それをどこに作るんだ?」
「ここに」
メルさんの問いに、ヘルマン様は間髪を入れず言いました。
「この領主館の庭すべてを露天温泉にするのですよ」
館を大幅に改築して、脱衣所や内湯、それと貴族の湯治客の宿泊施設にすればいい、と言うので、驚きました。
「お前、そんなにこの館が嫌いなのか」
メルさんがいつもの無頼な口調ではなく、静かに言います。
「え・・・?」
それを聞いたヘルマン様の側近の皆さんが、蒼白になりました。
ヘルマン様はどこを見ているのかわからない、荒んだ目をしていました。
「暴力と血のニオイの思い出しかない。こんな家、出て行けるものなら出て行きたかったのですよ」
ヘルマン様は嫡子として生まれ育ち、辺境伯の爵位を継がなければなりませんでした。どんなにこの家が嫌いでも、出て行くことはできなかったでしょうし、今もできません。
ただ、口では嫌いだと言っても家族を本当に嫌いにはなれないのでしょう。ヘルマン様は、家族ではなくてこの領主館、建物を嫌いなのだと思い込むことで、自身の気持ちを整理しようとされているようです。
「この家で・・・、父が叔父を、それから母を、どう扱っていたか、お前たちは憶えているだろう」
言われて、側近の皆さんは俯いたり目線を逸らしたりしました。中にははっきりと、顔を歪める者もおりました。
先代様が実弟であったセバスチャンに暴力を振るったことは聞きました。しかしご自身の奥様にまで暴力を振るっていたことは、この時、初めて知りました。ウインド・ドラゴンに気に入られた弟への嫉妬と羨望に狂った先代様は、ご自身の妻と弟の仲を疑い、セバスチャンが去った後も延々と、奥様を責め苛み続けたそうなのです。奥様が自死されるまで、ずっと。
だったらこの館を、根本から変えてしまえばいい、と、ヘルマン様は決意したということなのでしょう。
「メルキオール殿のありがたいお湯で、この館に染み付いた血のニオイを消していただきましょう」
「血はタンパク質だからお湯では洗い流せねーぞ」
メルさんはわざとぶっきらぼうに言います。
「新しい領主館を作ればいいだろ。整地と石の切り出しは、俺がやってやる」
ここまでお読みいただき、どうも有難うございました。
次回、第四十四話 もっともっと大きなお風呂 6




