第四十一話 もっともっと大きなお風呂 3
第四十一話 もっともっと大きなお風呂 3
「結局、無料で誰でも入れるってことが問題なのではないかと思うんです」
河原を掘ったら温泉が出ただけに見える露天温泉は、壁はおろか囲いすらありませんから、朝でも夜でもいつでも、誰でも好き勝手に入湯できる状態です。それが地元の領民だけならおおむね問題はありませんが、冒険者や隊商など、旅人が好き勝手に入湯するとなると、話が違ってきます。
宿屋でトラブルを起こして宿泊を拒否されたり、露天温泉でトラブルを起こしてシュタールベルク領に立ち入ることを禁止された冒険者が、深夜にこっそり露天温泉に入っているらしいのです。冒険者ですから、野宿にも慣れているのでしょう。夕暮れから夜の早い時間帯は領都周辺の森の中に隠れて仮眠をとり、領民が寝静まった深夜に温泉に入っている者たちが確認されて、ヘルマン様は途方に暮れています。しかしまさか、夜通し憲兵さんたちに露天温泉を見張っていてもらうわけにもいきません。露天温泉があるのは街外れの河原なのですから。
宿屋の経営者の中には、露天温泉を常連客に教えなければよかったと後悔している人もいるそうですが、教えなかったとしても知られるのは不可抗力だったでしょう。だってほんの数か月前まで瘴気のせいで顔色が悪く健康を損ねていた領民が多かったのに、みんなものすごく健康になっていたら、旅人が驚いたり不思議に思うでしょうし、どうして健康になったのか知りたがるでしょう。水がよくなったことだって一泊でも宿泊したらわかりますから、アース・ドラゴン様の温泉を旅人に知られないままにしておくなんてできなかったでしょう。
瘴気をデトックスする温泉があることはとても有難いことですし、それ目当てにたくさんの人が訪れて地元が潤うのは、領民にとって嬉しいことでしょう。しかしルールやマナーを守らない一部の人たちによって、領民が迷惑を被ったり、ヘルマン様や憲兵さん達の手を煩わされるのは、困ります。
なにかいい対策は無いものかと、こうして雁首を揃えております。私の意見としましては、さきほど述べたように誰でもいつでも無料で入れることが問題だと思いますので、有料にすればいいのではと思うわけですが、街外れの河原、という立地ですし、露天風呂というのは解放感が大きな魅力なのでしょうから、建屋や柵で蔽ってしまうのは無粋でしょう。
「おい、ヘルマン」
メルさんがパタパタと可愛い羽音で飛びながら、ヘルマン様を見下ろして言います。
「この領主館の前庭四分の一、消すぞ」
「は?」
突然言われて、ヘルマン様だけではなくて側近の皆さまも理解が追いつきません。ポカンとしています。
「勝手に出入りできない場所ならいいんだろ。この館の庭なら、よそ者が黙って入ることはできねえから、ここに温泉を移してやる」
言うが早いかメルさんがシュッとシッポを振ります。外からはバキバキとすごい音が聞こえ、さらにはキャーッという悲鳴やどよめきが聞こえました。慌てて窓から外を見ますと、庭師が精魂込めて手入れしていた庭木や花壇や芝生が跡形もなく消えて、河原の露天温泉と同じ・・・いえ、倍くらいの、浅く広い穴ができていました。
「おいフロー、憲兵の三分の一はしばらく焼成煉瓦とタイル作り。ある程度できたら、あそこにどんどん敷き詰めて浴槽を作れ」
ヘルマン様がため息をついています。憲兵を好き勝手に使われて、途方に暮れているのでしょう。
やがて領主館の庭に露天温泉ができると、温泉が消えた河原に忽然と庭園が現れたそうです。よく見ればそれは、ヘルマン様のお屋敷の前庭でした。メルさんは亜空間収納という魔法を使って、消したと言っていたお屋敷の前庭を保存しておいて、河原に移動させたのだそうです。
新しい露天温泉は領主館の庭ですから頑丈な塀があって警備が厳重で、旅人が深夜にこっそり忍び込んで温泉に入ることはできません。河原の時の倍の広さですが庭の四分の一だけなので、あと半分は花や庭木がありますし、借景もなかなかいい感じです。露天温泉としての風情は、損なわれていません。
領主館の正門とは別に、温泉のためだけの出入り口が整備されましたし、中に入ってからも領主館の邸宅や他の庭には入れないように工夫がされております。領主の邸宅に全裸の男性が入って来てしまったら一大事ですからね。
「有料ということは、領民からもカネを取るのか?」
「鉄銭一枚くらいなら、それほど負担にはならないのでは?」
鉄銭というのは、前世の日本の通貨でいうところの十円くらいです。鉄貨が百円、銅貨が千円、銀貨が一万円、金貨は十万円くらいです。
「領民と旅人は、同一料金なのか?」
それ、前世の日本でも話題になっていましたねえ。地元民と観光客で価格を変える、二重価格や観光地価格。オーバーツーリズム対策や施設の維持管理費や保全費の確保には、とても有効です。
「鉄貨三枚から五枚くらいなら・・・」
「銅貨一枚では、多いだろうか」
ヘルマン様の部下の皆さんが、意見を交わします。
「宿賃と入浴料と二回もカネを取るのかと言われませんかね?」
「宿泊費と入浴料をセットにしてはどうでしょう?」
領主館に近い旅館はやや高め、遠い旅館は安めの価格にして、商業ギルドでチケットを購入するようにすれば、旅館側も手間が省けますし、温泉の入り口でわざわざお金を払う手間も省けます。支払い関係のトラブルも防げます。もちろん、商業ギルドで払わずに現地でお金を払う人にも、きちんと対応します。領民向けには、前世でいうところの回数券的なものを用意しては、どうでしょうか。
領民の中には、鉄銭一枚とはいってもお金を取るようになったことに、不満もあったようです。しかし旅人と領民で価格が違う二重価格であることや、回数券なら十回分の価格で十一回入浴できるなどの話を聞いて、不満は消えたそうです。
ここまでお読みいただき、どうもありがとうございました。
次回、第四十二話 もっともっと大きなお風呂 4




