第四話 ちっっっさ!
第四話 ちっっっさ!
「動くんじゃねえ」
私の前に突きつけられたのは、見たことも無い形の刃物です。後になって、蛮刀とか山刀とか言われるような刃物だと知りました。
それをつきつけてきたのは、見るからに人相の悪い、ひげヅラの男です。子どもの頃に絵本で見た盗賊そのままです。背後には似たような人相の男達の集団が、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべています。
「なんだ、いい家のお嬢さんかと思ったけど、ジミなツラだな」
こんな山賊のならず者にまでジミと言われてしまいましたが、だったらほっといてほしいものだと居直りました。
「ジミですから用はありませんでしょう、お引き取りください」
「顔はジミでも身体はイイかもしれねえからなあ」
私の身体のなにがイイのかさっぱりわかりませんが、コルセットの中にはセバスチャンからシュタールベルク辺境伯に宛てた書状があります。これを奪われてしまったら、仮にシュタールベルク領に辿り着いたとしても、辺境伯に取り次いでいただけないでしょうから、これだけは死守しなければと決意を固めます。
「服を脱げ」
「不埒者! お嬢様には指一本触れさせない!」
ハンナは気丈にも私の前に立ちふさがって両手を広げます。
「ババアに用は無えよ、どけ」
ひげヅラの男が、蛮刀を軽く振りました。私はハンナを守ろうと、咄嗟にハンナを抱き寄せました。蛮刀の先端が私の腕に当たり、服の袖を裂き、腕の肌がざっくりと服と一緒に切られ、服がみるみる血に染まりました。
「お嬢様っ!」
「ばっか野郎! 商品に傷つけるんじゃねえっ!」
ハンナが叫び、いちばん偉そうな、山賊の親玉とおぼしき男がひげヅラ男をどやしつけます。
その時。
「痛え!」
後ろのほうにいた男達が数人、横に吹き飛ばされたり地面に叩きつけられるように倒れました。
「どうしたっ?!」
私を傷つけたひげヅラ男と親玉が後方に振り向きます。
と、そこには。
拳くらいのものから馬の頭ほどもあるものまで、大小さまざまな岩石が、ふわふわと宙に浮いていたのです。馬の頭はもちろん、人の頭くらいの大きさでも、かなりの重さがあるはずです。それが数えきれないほどたくさん、重力を無視して浮遊しているのです。
「貴様! 魔法使いか?!」
私は魔法など使えません。ハンナもヨハンもです。魔石があれば多少は使えますが、せいぜい濁った水を飲めるようにキレイにするとか暖炉に火をつけるとか、その程度です。魔石の容量によっては、また、術式を知っていれば攻撃魔法も使えるかもしれませんが、そんな膨大な魔力を内包した魔石は、石そのものが大きくなければなりませんから、持ち運びなどできませんし、攻撃魔法の術式など、知るはずもありません。
ですから岩を浮遊させているのは私ではありませんが、岩は魔法のように浮遊し、次の瞬間、目にも止まらない速さで山賊共に激突したのです。まるで意思があるかのように。
「ぎゃあっ!」
「ぐえっ!」
拳サイズの岩は手を狙って武器を叩き落とし、馬の頭サイズの岩は頭や胴体、脚などを攻撃します。地面に落ちた武器にはさらに別の拳サイズの岩がぶつかっていき、離れた場所に弾き飛ばします。
そして。
「その人に危害を加えるなら、手加減はしねーぞ」
不思議な声。ものすごくキレイな、人間の声ではないような、けれど幼いというか子供っぽいというか、動物のようでもあるその声は、耳ではなく頭の中に直接響くような、そんな感じでした。神秘的、というのが、しっくりくるでしょうか。
「誰だっ?!」
岩が顔面に激突したせいで血だらけになっている親玉が叫びますが、血が目に入って見えていないようです。
不思議な声の主は、上にいました。パタパタ・・・、という軽い音がします。羽ばたいている音のようです。
ただ、それが見えてはいるのですが、私の頭の中にはまったく違う風景が再生されていました。
再生、という言葉自体が不思議です。だってそんな言葉は、この世界には無いはずです。
頭上をパタパタと飛んでいるのは、茶色のちいさなドラゴン。
脳裡に再生されるのは、東京の街の風景。
長い長い間、ずっと、見ていた風景です。
前世の自分が死んだ場所の風景。あの場所で、私は長い間、動けなくなっていたのです。
再び、不思議な声が頭の中に響きます。
「思い出したか~?」
上を見ます。茶色いドラゴンと目が合いました。
「ちっっっさ!」
公爵令嬢にあるまじきそんな言葉が出てしまいましたが、見逃してほしいです。
だって思い出した前世の私は東京のJK、つまり十六歳。
その若さで死んで、地縛霊になっていたのですから。
用語解説・・・魔石について
当作品ではモババみたいなものという設定。魔力を充填しておける。魔石があれば、魔力が無い人でも魔法が使える。大きさによって、チャージできる魔力量が異なる。
ここまでお読みいただき、どうもありがとうございました。
次回、第五話 『前世』




