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第三話 都落ち


第三話 都落ち


 王都からシュタールベルク辺境伯領までは、東へ馬車で十日の距離です。辺境伯領はさして高くはないなだらかな山をいくつか越えた、国境に近い高原だと、聞いたことがあったのを思い出しました。


 馬車は夜通し進み、夜が明ける頃に農村部のはずれにある水場に辿り着きました。夜明けと同時に働き始めるのであろう勤勉な農夫がおりましたので、お願いして馬に牧草を食べさせてもらいました。水を飲ませて休ませ、私達も休憩にしました。


 セバスチャンが持たせてくれたバスケットの中には、パンなど軽食やリンゴやオレンジなどのくだもの、菓子などが詰め込んでありました。厨房で目についたものを手あたり次第に詰め込んだ、という感じでした。ハンナと御者のヨハンと、分け合って食べました。


「セバスが作ったのかしら」


サンドイッチはいびつで、具材がはみ出ています。大急ぎでパンに切れ目を入れてスモークチキンやチーズを突っ込んだだけのようです。それでも、セバスチャンの優しさが伝わってきました。

 ヨハンがリンゴをまるごと齧るのを見て驚きました。


「ハンナ、私もリンゴが食べたいわ。ヨハンの真似をしてもいいかしら?」


ハンナに言うと、ちょっと呆れた顔で笑って、今だけですよ、と言ってくれました。


「あら?」


どんなに口を開けても、ヨハンのように齧ることができません。


「うふふ、やっぱりお嬢様には無理ですね」


ハンナは笑って、小さなナイフを取り出し、膝の上にハンカチを広げて、リンゴを切って皮を剥いてくれました。


「ハンナも食べて」


「お気遣いありがとうございます」


ふたりで半分ずつ、リンゴを食べました。


「リンゴの皮を馬に食べさせてきますね」


ハンナが馬のほうに歩いていくのを見送って手を拭き、バスケットの中を見ます。さすがに十日間を食べ繋ぐほどの量はありません。この先の街で、食糧を買う、とヨハンが言っておりました。ヨハンはまだ若いですが、馬の扱いにかけては天賦の才があると馬屋番のヨアヒム爺が太鼓判を押していたそうです。

 リンゴはあと三個、オレンジが十個ありました。リンゴが馬車の振動で傷まないように、大きなタオルがバスケットの底にあって、その上に並べてありました。


 その横に。


「あら?」


シュタールベルク辺境伯宛てではなくて私宛ての、セバスチャンからの手紙が入っておりました。


『親愛なるお嬢様へ。

婚約破棄の件を聞いて怒りに震えました。お嬢様を蔑ろにする王太子殿下もエミーリア様も、奥様も許せません。地獄に落ちてしまえばいいのにと思います』


普段、穏やかで端然としているセバスチャンからは想像もできないような、激しい言葉に驚きました。同時に、私のために怒ってくれるセバスチャンのこころを嬉しく思いました。


『どうかザイツィンガー大公夫人のお言葉を信じなされませ。よしんば竜紋が現れなくても、お嬢様には王太子殿下よりもふさわしいお相手がかならず現れます。幸を運ぶ風が、かならず吹いてまいります。シュタールベルク領にてお待ちくださいませ』




 王都を出て九日目。

 明日には辺境伯領に着くであろう夜。

 この辺りは街も村も無く、夜通し走るとヨハンは言います。これは事情があります。最後に立ち寄った村で馬車の車輪が破損していたのを修理していたら、出発が遅くなってしまったのです。

「夜の山越えは危ないから、出発は明日になされ」

という村人の心遣いを有難く思いながらも断り、先を急ぎました。

 しかしそれは判断ミスでした。

 ヨハンの叫び声が聞こえ、馬車が急停車しました。前方に、大勢の人影が現れたのです。夜盗山賊の類でしょうか。

ここまでの道程で路銀は半分に減っていますが、これを渡して済むなら御の字でしょう。私はとっさにシュタールベルク辺境伯宛ての手紙だけを掴み、コルセットの中に押し込みました。この時ばかりは、貧乳でよかったかも、と思いました。



ここまでお読みいただき、どうもありがとうございました。


次回、第四話 『ちっっっさ!』

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