第三十八話 厄介な旅人 4
第三十八話 厄介な旅人 4
翌朝、フーデマン侯爵は朝食もそこそこに使節団の部下たちを急き立て、逃げるように王都へと出立して行ったそうです。
シュタールベルク辺境伯領にアース・ドラゴンがいることをしゃべらないように脅してやったとメルさんはドヤ顔で言うのですが、猫くらいの大きさしかないメルさんが脅して、どれだけ効果があったのでしょうか。
「この姿は見せてねーよ。前世のダチでサンダー・ドラゴンのカスパールって奴がすっげえコワモテだったから、そいつの姿に似せた幻影を見せたのさ」
それを聞いたヘルマン様が困った顔をします。
「フーデマン侯には、アース・ドラゴン様はまだ御幼少ゆえに加護できないそうだと告げてしまったのですよ。そのコワモテのお友達の幻影では、御幼少に見えなかったのではありませんか?」
「お前が『ゴヨーショー』って言ったんだからどんな姿だろうと『ゴヨーショー』ってことでいいだろ」
メルさんは御幼少の意味がわからないらしく、棒読みです。可愛いですねえ。
もっとも、前世の記憶があるわけですし、一度の人生(竜生?)が千年から三千年だそうですから、子どもの頃とか御幼少の砌の記憶なんて、あっても憶えていないのかもしれません。或いは、意図的に無かったことにしているとか。だって今現在、子どもというか、赤ちゃんドラゴンで、赤ちゃんなのにオッサンみたいな口調や態度ですからね。
「ねえメルさん、どうやってフーデマン侯爵にアース・ドラゴンがいることをしゃべらないように約束させたの?」
どんなにしゃべるなと誓わせても、フーデマン侯爵みたいなタイプはしゃべると思います。怖がらせたとしても喉元過ぎればなんとやらですし、アース・ドラゴンがこの地にいるとしゃべることが自分の利益になると判断すれば、いくらでもしゃべるのではないでしょうか。
私とヘルマン様の懸念を、メルさんは鼻で笑いました。
「しゃべったら死ぬかもしれなくてもかあ?」
「えっ、しゃべったら死ぬ?」
フーデマン侯爵の腕に傷をつけ、誓いを破ったら国中の瘴気を全部傷口にぶち込んでやる、という幻覚の内容を聞いて、ヘルマン様の目が点になりました。
メルさんの脅しのえげつなさに驚いてしまった私とヘルマン様は、じゃあ大丈夫だろうと、それきり、フーデマン侯爵のことは忘れておりました。
【第三者視点】
フーデマンは馬車の中で、己の身体の爽快さに驚いていた。
過去に自分の身体に蓄積した瘴気が、消えている。たった一回、温泉に入っただけで、こんなにもデトックスされるのか。だとしたらあれは、神の温泉だ。僻地の下民なんかに好きにさせておくなんて、豚に真珠ではないか。
アース・ドラゴンが、王都から遠く離れた辺境の地に恵みをもたらした。
自分がいることを人に言うなと、威嚇してきた。恐ろしい姿で。
圧倒的なまでの力に満ちた、強大な姿だった。思い出すだけで竦みあがってしまうような、威厳と力で、威圧された。
ドラゴンとは、生まれたばかりであんな、禍々しく凶悪な姿なのか。生まれたばかりであれだったら、三百年経って加護ができるようになったら、どんな姿になるのだろう。
あの姿を目の当りにしたら、恐ろしくて呼吸すらできなかった。
それでも。
なんとかして、アース・ドラゴンを自領に来させたい。アース・ドラゴンが来れば、自領にも温泉ができる。そうしたら独り占めして、毎日浸かりたい。下民など牛馬と同じなのだから、川で身体を洗えばじゅうぶんではないか。王都の貴族たちは、金を取って入れてやってもいい。
自分の屋敷に、あの温泉が欲しい。浸かっただけで瘴気がキレイさっぱりデトックスされるなんて、神の恩寵だ。喉から手が出るとはこのことかと切歯扼腕しながら、フーデマンはふと、車窓から外を見た。
ちょうど、地元の子ども達が学校へと駆けていく時間帯だ。
―――下民に読み書きなど不要だろうが―――
平民は無知なままでただ馬車馬のように働けばいいのだと思っているフーデマンは、自領では学校は有料にして、裕福な商人の子どもくらいしか通えないようにしている。農民や職人の子どもは、幼い頃から親を手伝って仕事を覚え、一分一秒でも長く働けばいいのだ。余計な知恵などつけさせたら、扱いが面倒になるだけだ。
この辺境伯領では、ずいぶんとたくさんの子どもが学校へと向かって行く、ということは、学校が有料ではないのだろうか。
ちいさな子どもだけではない。かなり大きな子どもも、学校へと向かっている。服装を見る限り農家の子どもだろう。
―――あんな大きな子どもだったら一日鍬を持たせればそれなりの面積を耕せるだろうが。学校に行かせるなど、時間の無駄ではないか―――
そう思いながら見ていると、ちいさな少女たちと手を繋いで学校に向かっている、若い女性の姿が目に入った。
―――なっ、なんと美しい・・・!―――
教師であろうか。田舎の教師だなんて信じられないような、立ち姿、品のよい笑顔。
花をも欺く美貌とは、このことか。化粧などしていないのに、その清冽な美貌はフーデマンの目をくぎ付けにした。遠目に一瞬見ただけなのに、脳裏に鮮やかに残って忘れられなくなった。
フーデマンが見たのは、ロミーと手を繋いで学校へ向かう、リーゼロッテだった。
ここまでお読みいただき、どうも有難うございました。
次回、第三十九話 もっともっと大きなお風呂 1 【ヘルマン視点】




