第三十六話 厄介な旅人 2
第三十六話 厄介な旅人 2
件の侯爵が帰って来たと、連絡がありました。ヘルマン様は国境検問所に、フーデマン侯爵が帰国したらハトを飛ばして報せるようにと命じておいたそうです。
国境検問所からこの領都までは、半日ほどかかります。隣国の国境の街を朝に出たら、昼頃に検問所に辿り着き、夕方に領都に着くのです。
案の定、ヒュッター旅館に着いたフーデマン侯爵は、露天温泉を貸し切りにしてあるのだろうな、と、ヒュッターさんに詰め寄ったそうです。ヒュッターさんは自分には権限がありませんと言って、打ち合わせどおりにフーデマン侯爵を露天温泉に案内しました。そこでは、ヘルマン様が領民や冒険者や行商の男たちと一緒に温泉に浸かっていました。
「これはどういうことだ辺境伯。本日は私が此処を借り切ったはずだ!」
ヘルマン様は動じません。鍛え上げたたくましい体躯を惜しげも無く晒し、領民たちと一緒に湯に浸かったままです。もちろん、私は見たわけではないです。
「この温泉はアース・ドラゴン様からの賜り物だ。フーデマン侯。借り切りたいのならアース・ドラゴン様の御許可を賜ってきていただきたい。アース・ドラゴン様が御許可くださったなら、貸し切りにいたそう」
「アース・ドラゴン様だと?! この地に加護付きが現れたのか?!」
「いや、アース・ドラゴン様は顕現されたばかりで御幼少であられるゆえ、まだ加護はできないそうだ」
「御幼少? 加護できない? どういうことだ?」
「おや、ご存知無くていらっしゃる?」
ドラゴンは生まれてから三百年以上経たないと、人間に加護を付けることはできないのだと聞いて、フーデマン侯爵は茫然としたそうです。
「三百年・・・だと・・・?」
つまりそのアース・ドラゴンは、自分が生きている間には、加護を与えたもう存在にはならないと知って、フーデマン侯爵はがっかりしたようです。え、自分が加護してもらおうとか、思っていたのでしょうか? 加護って、望めば付けてもらえるってわけじゃないと思いますけど。
ヘルマン様はそんなフーデマン侯爵に、にこにこと言います。
「加護とは違うようですがこの地を気に入っておられるようでね。様々な恵みをもたらしてくださるのですよ」
「なんだと?! どっ、どこにいるのだ、アース・ドラゴン様はっ!」
特定の人間に加護を付けるのではなくても土地に恵みをもたらしてくれるのなら、拝み倒して自分の領地にも来てもらえればと考えたようで、フーデマン侯爵は色めき立ちました。
「さあ? お小さくて気まぐれでおられるゆえ、好き勝手に好きな場所にいらっしゃいますなあ」
王宮や貴族の邸宅に使われている、石を削った建材にも劣らない、焼成煉瓦の作り方を教えてくれたり、地下水を浄化してくれたり、瘴気をデトックスするこの温泉が出ると教えてくれたと聞いて、フーデマン侯爵は興奮して真っ赤になりました。王都を遠く離れた辺境にドラゴンが現れた、すばらしい御利益がもたらされたなど、信じたくなかったのでしょう。
アース・ドラゴンからの賜り物である温泉を独り占めになどしたら、アース・ドラゴンの怒りを買いますよ、と言われれば、貸し切りは諦めるしかないとわかったのでしょう。フーデマン侯爵は貸し切りにすることは諦め、しぶしぶ領民や冒険者たちに交じって温泉に身を浸しました。
「貴公はいつも斯様に下民どもと混浴されているのか」
男だけなのだから混浴ではないのではないでしょうか。それに下民だなんて、失礼な言い方ですね。
「いつも、ではないですよ」
この男性用の露天温泉と、地獄蒸しの調理場を兼ね備えた女性用の内湯温泉、ふたつの公衆浴場の整備が終わったので、領主館の風呂もつい最近やっと、改築したのですよ、よろしかったらいらっしゃいませんか、とヘルマン様に誘われて、フーデマン侯爵はヒュッター旅館ではなく領主館に宿泊することにしたそうです。下民どもとの混浴では身体がキレイになった気がしないとか、暴言をはいたそうです。
ここまでお読みいただき、どうも有難うございました。
次回、第三十七話 厄介な旅人 3 【メルキオール視点】




