第三十一話 蒸し料理を作ろう!
第三十一話 蒸し料理を作ろう!
「ねえねえ、メルさん。温泉の温度って、調節してもらえる?」
前世を思い出して喋る時は、神田愛由香の口調になります。ハンナに聞かれると、教育的指導が入るので、ハンナがいない時限定です。
「できるよ?」
「じゃあ、お風呂とは別に、温泉の蒸気の調理設備を作ってほしいの」
私は手描きの図案を、メルさんに見せました。絵心が無いので下手くそで恥ずかしいのですけど、仕組みはきちんと描けている、はずです。
「こんな感じでね、温泉の熱で、蒸し料理を作れるようにしてほしいの」
前世の小学生の頃に、家族で旅行に行った、別府温泉の地獄蒸しの調理場のイメージです。はたしてメルさんはわかってくれるでしょうか。
「蒸し料理ってことは、かなり高温の蒸気が出るようにしろってことだろ?」
リゼのキレイな手が火傷したらやだ、と、メルさんは言います。
「こんな感じの専用の調理用具があったら、安全にできると思うの」
釜に合わせた専用のザルに、取っ手がついていたらどうかと思って、描いてみたものです。前世の別府温泉では鍋掴みとか耐熱グローブで、入れたり取り出したりしていたように憶えています。うろ覚えですけど。
「仕方がねーなー」
まずは試験的に、女性用の公衆浴場の側に一カ所作ってもらいました。日常的に料理をしている主婦の皆さんと一緒に、どんな食材をどのくらいの時間蒸したらいいのか、試行錯誤しました。
葉物野菜やキノコ類、ウインナーやベーコンは、五分。
卵は、半熟は六分から七分、固茹では十分から十五分。
魚介類やお肉は、十分から十五分ですが、大きさによって調節が必要でしょう。
根菜やイモ類は二十分から三十分。
トウモロコシは、二十分。
大豆は、一晩水に漬けたものを四十分から一時間。
「時間がわかるように、タイマーがあったらいいかも」
「砂時計でいいだろ」
メルさんがキレイな色の砂を用意してくれたので、街のガラス工房にお願いして砂時計を作ってもらいました。五分、七分、十分、二十分、大小さまざまです。ただ、砂時計だと、砂が落ちきったのを見逃したら意味が無いので、砂が落ちきったら音がする仕掛けを付けてもらいました。
蒸すための取っ手付きのザルも、作ってもらいました。
蒸し料理のいいところは煮るのと違って時間まで放置で、かき混ぜたり灰汁を取り除いたりしなくてもいいところ、煮汁の味がしょっぱすぎるだの甘いだの芋が煮崩れてるだの言われないので料理が下手な人でも気にせずできるところ、栄養が流れ出してしまわないところです。
「美味い!」
そう言ってトウモロコシを食べているのは、フロリアンさんの幼馴染みで憲兵仲間のカールさん。煉瓦を焼く窯作りに活躍したので、蒸し料理用の釜作りにもメルさんに駆り出されたのです。
「豆の味が濃いわ!」
そう言って豆を食べているのは、マイヤー夫人です。
他の人々も野菜や肉を口にして、タレやソースを付けなくても、野菜の味が濃くて美味しいと、口々に言います。或いは塩を少しつければ、野菜の甘みが引き立ちます。
「お肉やお魚も塩漬けにしてあったものを蒸したから、なにもつけなくても美味しいわ」
「ピリ辛のタレをちょっとつければ、酒の肴にいいな」
男性用の露天温泉の側にも調理場があれば、風呂上りに男だけで酒盛りできる、と男性達が言い出しましたが、メルさんは、それはダメだと言いました。
「あそこは河原だからな。酔っぱらって寝ちまうバカや、酔い冷ましに川に入って溺れるバカが出たら目も当てられねえ。だから風呂の側で飲み食いなんて絶対ダメだ」
そうですね、全裸で酒盛りして寝てしまったり川に入って流されたりなんて、恥ずかしすぎますね。
結局、女湯の側に掛口が十くらいある地獄蒸し釜小屋を作りました。小屋と言っても屋根があるだけですけど。芋や豆や肉を蒸しておいてお風呂に入り、お風呂から出たらそれを持って家に帰るなど、やっぱり主婦は時間の使い方が効率的ですね。
小屋になっていますから雨の日でも使えますし、陽射しを避けることもできます。冬になったら、あるいは風の強い日には、簡単な壁を作れば、暖かそうです。
美味しい物を食べて幸せそうに笑っている人々を見ていると、とても心が温まります。
王都では、父や兄たちが懸命に私を捜しているそうです。
しかし、私はメルさんによって姿が変わっています。
王都には帰りたくありません。
このまま別人として、この地で教師として生きていくほうが、幸せなのではないかと思います。
ここまでお読みいただき、どうもありがとうございました。
次回、第三十二話 王都の異変【クヌート視点】




