第三十話 兄の焦燥【クヌート視点】
第三十話 兄の焦燥【クヌート視点】
国王陛下、王妃陛下に随行して、両親と共に帝国の式典に参列した。帝国は王妃の母国である。第三王女であった王妃が我が国の国王とご成婚されたのは、表面上は友好の証だけれど実質はご降嫁されたに等しい。我が国は帝国の庇護下に入った、と言えば聞こえがいいが、属国になったが正しい。もちろん、それで平和が維持できるのならそれでいい。我が国のような弱小国家が帝国と肩を並べるなど烏滸がましいが過ぎる。
建国千年の式典は、それはそれは煌びやかこの上ないものだった。近隣諸国の王族や政府首脳が一堂に会するなど、そうそうあることではない。大いに友好を深め、それぞれの国の発展を願い合って、帝国を後にした。
我が国は帝国の北隣に位置している。王都から帝国の帝都までは、馬車で二十五日の行程である。周辺国家の中では最短距離だ。それでも、移動時間と滞在日数を合計すると、二か月以上になる。
実はその間に王都では貴族学校の卒業式が行われる予定だった。国王陛下と王妃陛下は王太子殿下が、我が家で王太子殿下の婚約者に選ばれたリーゼロッテが卒業するのだから、なんとか間に合うように帰ってきたかったのだが、どう日程をやりくりしても間に合わせることができず、祖国に戻ったのは卒業式の翌週だった。
そして帰り着いた疲れを癒す間もなく、知らされた事態に絶句する。
王太子殿下が卒業パーティーの場でリーゼロッテとの婚約破棄を声高に宣言、のみならずひどい言葉で面罵したという。
リゼが王太子殿下をお慕い申し上げていたかどうかはわからないが、それにしたって酷い。腐っても婚約者、王命である以上、リゼからは断ることもできない婚約を、公衆の面前で破棄するとは。
リゼの心の傷はいかばかりか。
しかし、話はそう単純ではなかった。
王太子殿下を篭絡し、婚約破棄をするように唆したのが、義妹のエミーリアだったからだ。
エミーリアは義母の連れ子だが、父の子だという。つまり、母上が御存命のころから、父は義母を愛人にしていたのだ。
家に来てすぐの頃から、エミーリアはリゼの物をなんでも欲しがった。
ドレスやリボンやヌイグルミ、家庭教師やお友達までも欲しがって泣き叫ぶ。しかし手に入れてしまえばそれで気が済んで見向きもしないのだ。要するにリゼの物を奪ってリゼを困らせたり悲しませることそれ自体が目的で、だから婚約者である王太子のことも、本当に好きになったのではなくて、ただリゼの婚約者を奪いたかったのだろうと思う。
リゼは生まれた時から、この子にはファイア・ドラゴンの加護が付くと言われていた。言ったのは母方の祖母でウインド・ドラゴンの加護付きであられる、アウレリア・ザイツィンガー大公夫人である。リゼをとても可愛がっておられたので、リゼはお祖母様の竜紋を見せていただいたことがあるという。なんでも国王陛下にすら見せるわけにはいかないとても・・・、センシティヴな場所にあるとかで、リゼの他には亡くなられた大公と母上、それから目耳同然に信用しているメイドしか、実物を拝ませていただいた者がいないのだ。
リゼが四歳の時だったと記憶している。
「とってもキレイだったわ。真っ白なおちりにね、青なのか緑なのかわからない、淡い色で、ふわあっと・・・」
「リゼ、おしりなどと言ってはいけない。御後ろ、もしくは御居処と」
まあ、それを聞いてしまったので、お祖母様の竜紋の位置を、私は知ってしまった。おそらく世界中の男性で大公夫人の竜紋の位置を知っているのは、私ひとりではないだろうか。国王ですら知らないらしいのだから。
加護が付くと言われて大切にされ、王太子の婚約者になったリゼを、エミーリアは羨み、妬んでいたのだろう。
しかし、リゼには竜紋が現れず、加護が付かなかった。長じるにつれて、父はリゼに冷淡になった。エミーリアは悦び、リゼを蔑んで嘲笑するようになった。加護が付くからという理由で王命によって婚約させられていた王太子殿下にしてみれば、加護が付かないのなら婚約を破棄するのは、当然だと思ったらしい。
卒業パーティー当日、リゼは早々にパーティーから帰ってきた。そこまでは確かだった。執事のセバスチャンはじめ、メイドたちが出迎えている。しかし翌朝、いくら待っても朝食に下りてこないので部屋を見に行ったところ、専属メイドともども姿が消えていたという。驚いて屋敷中を調べたところ、家紋の入っていない馬車が一台と馬が一頭、そして御者見習いが消えていた。また、リゼの部屋を調べたところ、着替えや身の回りの物が持ち出されていたが、荒らした様子は無く、つまりは専属メイドがきちんと取捨選択して必要な物を持って行ったことがうかがえたので、リーゼロッテが家出をしたのではないかと判断せざるを得なくなったのだという。
義母の腰巾着であるメイド長のカミラはじめ、メイドたちはみな、青褪めていた。
リゼの身を按じてではない。自分達が責任を追及されることを恐れているだけだ。
父は、とにかくまずはリゼを捜し出して連れもどすことを最優先としたが、その行方は杳として知れなかった。領地のカントリーハウス、避暑地の別邸、知人宅など、思いつく限り手あたり次第に捜したが、どこにもいない。王政府が国境警備隊に通達を出して調べさせたが、出国した記録は無かった。つまり、国内のどこかにいることは確かなのだ。
いったいどこへ行ってしまったのか。
ここまでお読みいただき、どうも有難うございました。
次回、第三十一話 蒸し料理を作ろう!




