第二十八話 人間だけじゃなくて
第二十八話 人間だけじゃなくて
メルさんが温泉を作ってくれて、毎日入浴できるようになったことで、人々の健康状態が劇的によくなりました。
瘴気が来ること自体も減りましたし、水がキレイになったので、農作物の生育もよくなったのです。
でも家畜は、今までに浴びた瘴気が体内に蓄積してしまっているので、人間に比べて健康回復がゆっくりです。瘴気に晒されていない牧草を食べて少しずつ健康にはなっているのですが、デトックスがゆっくりなので、農作業に働かせるにしてもパワーが無くてすぐに動けなくなってしまいますし、食用にしても美味しくないのだそうです。
「ニワトリなどは、水浴びをさせればある程度は瘴気をデトックスできるそうですけどね」
街中で聞いてきた話として、ハンナが言います。
馬や牛や羊や豚は、そうそう水浴びをする機会も場所もありません。たまに河原に連れて行ってバケツで水をかけて洗ってあげるようですが、それだって一回に一頭が精一杯ですし、デトックスはしっかりとお湯もしくは水に浸かることで、高い効果を得られるのです。
私は前世で見た、競走馬の入浴施設を思い出しました。前世の父親が、馬が好きだったので、福島県にある競走馬のリハビリテーションセンターに見学に行ったことがあったのです。ちなみに父は馬が好きでもギャンブル狂というわけではなく、あくまで自分の小遣いの範囲内で愉しむ人でした。そしてちょっとした収入があると、競走馬じゃない馬がいる観光牧場なんかに連れて行ってくれる人でした。小さなころ、観光牧場でポニーに乗せてもらったことなどを、なつかしく思い出します。
「メルさん、馬や牛が入れる温泉って、作れないかしら?」
いっぺんにたくさん入るんじゃなくて、せめて一頭か二頭ずつ順番にでも入れれば、瘴気デトックスできるのではないでしょうか。
「作れなくはねえよ?」
でもフローたちにやらせたんじゃあ、何日かかるかな、と、メルさんは言います。人間用と違って、深く大きく掘らなければならないからだそうです。
「窪地になっている場所とか無いかしら?」
そこに温泉を湧き出させることも、メルさんならできるのではないでしょうか。
「できなくはないけどさあ、リゼはなんで牛や馬を風呂に入れたいんだよ?」
「え?」
「そんなことしたって、リゼの利益になるわけでもねえし、俺にもな~んの利益もねえじゃん」
え、と・・・、メルさん、なんだか、拗ねてますか?
「利益って言われればそうですけど・・・」
この地に来るために馬車を引かせてきた馬が、着いて直後はそんなにでもなかったのですけど、だんだん元気が無くなったと、ヨハンが言うのです。瘴気の影響なのでしょうか。もともととてもいい馬なのですから、元気にしてあげたいです。
「馬が元気になったら、ヨハンが喜ぶわ。牛や羊や豚が健康になったら、生産効率が上がるでしょう? お肉や牛乳も美味しくなるし、チーズやバターが美味しくなったら、領民ももっと健康になって、みんな喜ぶのではないかしら?」
「そうかもしれねーけどさあ・・・」
含みを持たせたようなというか、メルさんがなにを示唆してこんな、奥歯に物が挟まったようなことを言うのか、ちょっと考えます。
「・・・あ」
もしかして・・・。
「なんだよ?」
メルさんが不貞腐れていた顔をちょっとだけ不安そうに歪めます。
「メルさん」
私はメルさんを抱き上げて膝に乗せました。今は、猫くらいの重さです。膝に乗せてしっくりくる重さ、と言えばいいのでしょうか。
「メルさんがこの地の人々のためにいろいろ頑張ってくれて、とっても嬉しい」
「・・・」
「メルさんが地下水をキレイにしたり、瘴気が来ないようにしてくれて、みんなすっごく喜んでる。感謝しているわ」
「・・・迷惑かけたからな、そのぶん、落とし前をつけただけだ。親切なんかじゃねえ」
素直じゃないのですね。ふてくされた口調が可愛いです。
「焼成煉瓦の作り方を人々に教えたり、温泉を作ったり、メルさんはすごいなあ」
「・・・もっと褒めろ」
ドラゴンなので、人間のように赤くなったり表情の変化は、わかりにくいです。でも膝に乗せていると、褒められて嬉しそうなのがわかります。
「メルさん、可愛い」
「可愛いとか言うな」
保育園くらいの男の子って、ちいさくても可愛いって言われるのを嫌がりますよね。カッコイイって言われたいんですよね。そういう感じでしょうか。
「メルさん、甘えん坊?」
私の身体のどこにも加護紋が現れませんから、加護ではないとわかっています。でもメルさんは、私を嫁だって言っています。
「メルさんは本当に、私をお嫁さんにしたいの?」
「したいんじゃねえ、嫁だ。希望じゃなくて決定事項だ」
フンス、と鼻を鳴らして断言します。ちょっとだけ、いつもの態度が戻ってきたようです。
「もう一回だけ、ちょっと地震が起きるかもしれねえ」
「街に被害は出ないようにしてくれる?」
「善処する」
二日後、ちいさな地震がありましたが、街には被害はありませんでした。
放牧場のはずれにあった岩場が不自然に崩れて、大きな穴が開いていました。そこに溜まった水が温泉だとわかったのはさらに五日後のことでした。徐々に深くなって、途中は牛が首まで浸かれるくらい、いちばん深いところは馬が首まで浸かれるくらいなので、人間は足が届かないのではないでしょうか。
馬や牛、羊や豚も、温泉に浸かって瘴気をしっかりとデトックスできるようになりました。
ここまでお読みいただき、どうも有難うございました。
次回、第二十九話 噂話




