第二十五話 魔法じゃねえよ【メルキオール視点】
第二十五話 魔法じゃねえよ【メルキオール視点】
日干し煉瓦よりも丈夫な焼成煉瓦の作り方を、人間に教えた。リゼが神田愛由香というJKだった世界線の、古代ローマの製法だ。原始的な方法だから脳筋でもわかるだろう。
ヘルマンの指揮で、憲兵は三つに分けられ、一隊は通常業務、一隊が窯の増設と薪の確保に、もう一隊は煉瓦職人の応援に働くことになった。
が、煉瓦職人の応援は、すぐに無しになって通常業務になった。
焼成煉瓦の耐久性や生産技術に感動した若者たちが、煉瓦工房へ弟子入りに殺到したのだ。もともと、粘土を型枠で成型して干すだけの仕事だったが、焼成には手間も人手もかかるし、正しい製法で作らなければ、急激に冷やして割れてしまったり、強度にばらつきが出てしまう。
ヘルマンに言って、煉瓦工房の棟梁にある程度の権限を持たせた。頭を借りた時にわかったが、なかなか頑固なオヤジだったから、金のために手を抜くようなことはしないだろう。正しい製法と技術にこだわって、よい職人とよい煉瓦を作ってほしい。
窯のほうは、最初に頭を借りたカールが熱心に指導して、いくつも作っている。憲兵を辞めて窯作り職人になろうかと嘯いているそうだ。
遠からず焼成煉瓦作りは、この地のいい産業になるだろう。幸い、この地は良質な粘土層がある。
リゼに報告すると、むちゃくちゃ褒めてくれた。嬉しい。
リゼが喜んでくれるんなら、もっとでっかい、登り窯の作り方なんかも教えちゃおうかな。
人間たちは魔法の煉瓦なんて言っているけど、魔法なんかじゃない、ただの焼成煉瓦だ。正しい製法を守れば、誰でも作れる。この地での需要をある程度満たしたら、王都や隣国へ売ってもいいし、遠方に赴いてそっちで生産するのもいいんじゃねえか。
しばらくは、ヘルマン主導で焼成煉瓦作りと、それを使った住宅再建が進んだ。焼成煉瓦を、火山灰や石灰を主成分としたローマン・コンクリートで接着して積み上げる壁は、少なくとも日干し煉瓦よりは丈夫だろう。
ヘルマンはリゼに求婚なんかしやがって油断のならないクソヤローだが、領主としては有能なようだ。
復旧が五割方進んだ頃のことだ。
日干し煉瓦で先に家を再建した、多少フトコロに余裕のある者たちが、焼成煉瓦の頑丈さや色が羨ましくなったようで、キレイで丈夫な煉瓦で貧乏人の家を作るなんておかしいと言い始めた。焼成煉瓦は丈夫さもさることながら、粘土に含まれている鉄分の多少によって、赤っぽかったり黄色っぽかったり、その混色だったりする。シンプルなアースカラーの日干し煉瓦よりも、ちょっとばかり華やかだ。俺はどっちの色も好きだけど。
バカどもは、貧乏人の家は日干し煉瓦で充分だ、自分たちの家を焼成煉瓦で作りたいと騒ぎ立てた。
ヘルマンはそいつらに、再建したばかりの日干し煉瓦の家をわざわざ壊して焼成煉瓦で新しい家を作るなら、焼成煉瓦を作るのもそのための窯を作るのもすべて自分たちでやれ、と言った。今現在、煉瓦工房が作っている焼成煉瓦は、被災した者の家を再建するのが優先だと。
そうしたらバカ奴ら、どうしたと思う?
リゼに泣きつきやがった。王都からいらしたお嬢様ならわかるでしょう、貧乏人に綺麗でりっぱな家を作るなんておかしいと思いますよね? だってよ。
・・・バカじゃねえの?
リゼが、はいそうですね、なんて言うわけねえじゃん。
リゼには東京のJKだった、なおかつ地縛霊にもなっていた、前世の記憶がある。弱い立場の者に手厚い政策、福祉? なんかがあった世界の知識がある。まあ、リゼの見てきた前世が完璧な福祉国家だったわけじゃあねえけどな。
リゼはそいつらに言った。
「だったら、今お住まいのおうちを、おうちが壊れて困っている人達にさしあげたらどうでしょう?」
郊外に新たな土地を整地して、窯も自分で作って焼成煉瓦も自分で作って、自分で積んで壁を作って、屋根をかけて、新しいキレイなおうちを作られたらいいのではありませんか? それなら、ヘルマン様の意向に背きませんよね? と、あのキレイな顔でニッコリ言われたら、普通の男はぐうの音も出ない。美人の笑顔ってのは最強の兵器だからな。
リゼの生まれ育った王都では、瘴気が来ることが少なくなってから、居住区がどんどん拡張されていた。だから郊外に新しい家を建てれば、とごく自然に思ったのだろう。
この地はまだ、完全に瘴気が来なくなったとは言えないから、郊外に家を建てるのは勇気がいる。俺が地脈に潜って隣国の鉱脈を弄ったから鉱毒が地下水に入ることは無くなったけれど、隣国の鉱山で落盤が起きて坑道が崩落したり、山の形が変わるほどに無茶な開発をしたら、また瘴気が吹き出す。東から風が吹けば、この地に瘴気が来る。いくら俺がアース・ドラゴンでも、自然のすべてを支配できるわけじゃねえからな。
自然を弄って人間に災厄を与えるのは、簡単だ。もともと竜は、そうした役割を神から与えられている。驕り高ぶった人間が神の意に背いた時、神に代わって仕置きを与える、それが、原始の竜の仕事だった。
しかし長く生きている間に、人間ってのはものすごく十人十色の千差万別で、神の意に背いたとしてもそれが人間の総意ではない、一律に悪い奴ばかりじゃないとわかった。自分の命を犠牲にしてまでも、神の意に背くバカどもを止めようとするような人間もいるのだと知った。そういうキレイな魂の人間が理不尽に死ななければならないことは、竜に耐えがたい悲しみを与えた。
だからそういう魂の転生者に、竜は加護を与える。前世の善行を讃える。
人間はどうやったら竜に加護されるのか知りたいと騒ぐが、簡単なことだ。悪事に手を染めず、神の意に背かず、他者を踏み躙らず善行を積めば、来世で加護が与えられる。
なんでそんな簡単なことがわかんねえのかな。
ここまでお読みいただき、どうも有難うございました。
次回、第二十六話 続く吉事




