第二十一話 嫁?
第二十一話 嫁?
硬く鋭い銀色の光に突き飛ばされて、ヘルマン様はコロリンと転がってしまいました。片膝を着いた求婚のポーズって、案外不安定なんですね。
「ヘルマン様?!」
慌てて駆け寄ろうとしましたが、動けませんでした。
「リゼ!」
銀色の光が、ガシッとしがみついてきたからです。
言うまでもなく、それはメルさんでした。
私にしっかりとしがみついて、メルさんはガルガルとヘルマン様に向かって牙を剥きます。そうですね、ツヤツヤロングヘアーが美しいアフガン・ハウンドに喧嘩を売るチワワみたいです。
「ヘルマン! てめえ、許さん!」
勢いは盛んです。でも、声がなんだかカッスカスです。病み上がりのようです。
「リゼは俺の嫁だっ! 求婚なんかしてんじゃねえっ!」
勢いは、そこまででした。え? 嫁? 今、嫁って言いました?
メルさんは唐突に意識を失った・・・、というか、寝てしまいました。
腕に抱いたメルさんの身体は、初めて会った時と同じ、インコくらいの重さしかありません。
おそらくは限界まで、エナジーを使ってしまったのでしょう。
「ゆっくり眠らせてさしあげてください」
立ち上がって土埃を掃ったヘルマン様が、そばまで来て言いました。
「目覚められましたら、我が領のために尽力くださったことを感謝申し上げますと、お伝えください」
ヘルマン様はそう言って、それはそれは美しいボウ・アンド・スクレープをして、クルリと背を向けました。が、少し歩いて立ち止まり、振り返ってなんとも意味深な笑顔になって言いました。
「リーゼロッテ嬢。結婚していただきたいと申し上げたのは、本気ですよ? 御一考ください」
私は顔は真っ赤に、頭は真っ白になりました。
さっき、メルさんは、私を俺の嫁だって言いませんでした?
加護と嫁って、だいぶ・・・、いえ、全然、意味がちがいますよね?
そもそも人間とドラゴンって、結婚できるのでしょうか?
さらにそもそもですが、私は既に王太子殿下から婚約破棄された疵物令嬢です。ヘルマン様にも申し上げたはずです。
それなのに求婚なさるなんて、ご酔狂が過ぎます。
茫然となりながら、私はメルさんを抱えて部屋にもどりました。
ハンナに経緯を話しましたら、驚きつつもぱあっと笑顔になりました。
「まあまあまあ! それはそれは!」
テンション爆上がりのハンナにドン引きです。言わないほうがよかったでしょうか。
「辺境伯様は過去に持ち込まれた縁談をすべて断ってしまって、側近の皆さまは困っておられるそうですよ」
破談にした理由は、至極当然なことですが、このシュタールベルク領を愛してくれない女性とは結婚する意味が無いということでした。どの女性も領地には代理の管理者を置いて王都で夜会に出ることばかりに熱心だったので、ヘルマン様はうんざりしておられたそうです。それはヘルマン様が美貌の貴公子だからで、ですから、隣国の某侯爵令嬢などは、ヘルマン様の涼やかな美貌を諦めきれず、断っても断っても手紙を寄越すほど恋い慕っておられるのだとか。
「ハンナは、ヘルマン様のお申込みを受けるべきだと思うの?」
でも、メルさんに既に嫁扱いされているのよ、と言うと、ハンナはう~~~んと唸りました。
「加護と嫁って、ちがうわよね?」
「そうですね、ちがうのではないでしょうか」
加護は、周囲まで幸運をふりまくものとされています。神の祝福のようなもので、個人だけではなく家族や親族、領地や国家にも安寧をもたらすとされています。
嫁は・・・、どうなのでしょう? なんていうか、とても、個人的なこと、という印象です。
そして、ヘルマン様からの求婚は。
もしも私が最初から王太子殿下の婚約者でもなく、婚約破棄された疵物令嬢でもなく、夜逃げ同然に家を出てきたのでもなかったなら、政略結婚として喜ばしいことかもしれません。
しかし今の私は、単なる家出娘でしょう。シュタールベルク領にとって、なんの利益もありません。公爵家とのつながりによる利益とか、持参金とか、なにもありません。ですからヘルマン様のお気持ちにお応えすることなんて、申し訳無くてできるはずがありません。
「加護竜様に相談してみればいいのではないでしょうか」
「メルさんに?」
「加護と嫁のちがいを、きちんと説明していただきましょう」
確かにそこを明確にしなければ、判断のしようがありません。
メルさんはまるまる一週間、眠り続けました。地脈の中でなにをしてきたのか、まったくわかりませんけれど、この地のために頑張ってくださったのでしょうから、目覚めたらなにか、労ってあげたいです。
と、ハンナに言ったら、キスしろとか胸を触らせろとか言い出すから、絶対に労ったりするなと言われてしまいました。
ここまでお読みいただき、どうも有難うございました。
次回、第二十二話 ライバルはちびっこドラゴン【ヘルマン視点】




