第十八話 ヘルマン様
第十八話 ヘルマン様
私が目覚めたのは、宵闇の頃でした。
「お目覚めですか?」
私が寝かされていたのは、フロリアンさんのお宅ではないようでした。華美ではない、堅実なしつらえの部屋は、すみずみまで掃除がゆきとどいて、居心地のいい空間です。
なんだか寝苦しかったのは、コルセットをつけたまま寝かされていたからでしたが、傍らを見て、理由がわかりました。
すぐ横に、私の腕にしっかりとしがみついて、メルさんが眠っていました。腕だったのでまあ、よしとしますが、コルセットをはずして寝ていたら、胸にしがみつくかもしれないと思って、ハンナがコルセットをはずさなかったのでしょう。しかし、これから先ずっと、コルセットをしたまま眠るのは勘弁してほしいものです。
「ここは?」
「シュタールベルク辺境伯のお館でございます」
ハンナは同年代らしいメイドふたりと一緒に、なにやら縫っています。訊けば、私が怪我人用に供出してしまったペチコート類を、新しい布で作ってくれているとのことでした。
「あの時は怪我人のためのガーゼや包帯の代わりに、と思いましたけれど、この地では布には独自の使い道があって、わずかなりとも無駄にはできないのだそうですよ」
「独自の使い道?」
水質が悪くて井戸水がそのまま使えず、布を何枚も重ねた手製のフィルターで濾過して、さらに煮沸して飲用にしているのだと聞いて、驚きました。
「お目覚めでしたらこちらへ。主がお待ちしております」
この家のメイドに促され、身支度をします。ハンナはまだ目覚めないメルさんを抱き上げてバスケットに入れ、しっかり閉じてから、私を着替えさせます。まちがってもメルさんに私の着替えを見られてなるものか、という断固たる決意なのでしょう。
「お嬢様。セバスチャンからの書状を」
「・・・あ」
そうでした。盗賊に奪われないようにとコルセットに突っ込み、その後、鞄に戻しておいたのですけど。少し折れたりシワになってしまっていて、とても申し訳無く思います。
夜逃げ同然に生家を出てきましたが、ハンナは上質なものを選んで、私のドレス類を持ち出してくれておりました。義母義妹にさんざんジミだとこきおろされたシンプルなものですが、紺やブルーグレーなどおちついた色合いで、レースのつけ襟やカメオのブローチで、清楚にも外出用に上品にもアレンジできます。辺境伯にお目にかかるのに失礼にならないように、派手過ぎずジミすぎない装いを整えました。
案内されたのは執務室でした。書類の山と格闘なさっておられるシュタールベルク辺境伯ヘルマン様は、まだお若く、おそらくは私とさして変わらない年齢であるように思われます。書類はおそらく、地震の被害報告などでしょう。
ご挨拶と御礼を申し上げた後、促されてソファに座ります。ハンナとフロリアンさんとマイヤー老人によって情報が共有されているようで、私が一からすべて説明しなくてもいいとのことですが、それはそれでなんとも居た堪れません。
セバスチャンの書状にすばやく目を通したヘルマン様は、
「叔父上は息災でしょうか」
と問われましたので、はいと答えました。
「委細承りました。シュタールベルク領にようこそ。斯様な状況ですからおもてなしもできませんが」
「いえ、こちらこそ、災厄の元凶を持ち込んでしまったみたいで、申し訳なく・・・」
「災厄の元凶?」
「ちがうのでしょうか? アース・ドラゴンが生まれるために地のエナジーを一気に大量に使ったために地震が起きたのではありませんか?」
マイヤー老人は、震源、とはっきり言いました。
しかしヘルマン様は、それを否定しました。
「十数年前に隣国の鉱山の開発が始まってから、この地は地下水の汚染と瘴気に苦しめられるようになりました。地が痩せ、植物や動物の生育も悪くなり、人々は健康を損なうようになりました」
大地が汚染されるのを食い止めることができなかった。隣国に戦争を仕掛けてでも、鉱山の開発をやめさせればよかったと、先代辺境伯は言っているそうです。
「先代様は・・・?」
「瘴気のせいなのでしょうか、ここ数年、寝たきりです」
身体の自由がきかず、しかし頭と口は達者なのですよ、とヘルマン様は少し笑います。だから未熟な自分でも領主が務まるのですよ、と、ヘルマン様はおっしゃいますが、ご謙遜でしょう。わずかな時間でしたが、街中で救助活動をしている間、若い領主が有能で領民に慕われているらしい様子は、さまざまに感じ取れました。
それはさておき。
「大地が汚されるのを黙認してしまっていた、そのツケが、此度の地震なのでしょう」
だから、メルさんが生まれたことが地震の原因ではないと、ヘルマン様は思っておられるようです。
ここまでお読みいただき、どうも有難うございました。
次回、第十九話 特別な場所




