第十四話 前世の澱
第十四話 前世の澱
自殺して地縛霊になっていた間に、人の世のさまざまを数えきれないほど見ました。東京というのは世界でも有数の人口密集地で、そのひとりひとりの生き様が見えているということは、一千万のヒューマンドラマなり映画なりを、全部いっぺんに見ているようなものだったからです。
私と同じようにイジメられて苦しんでいる小学生、中学生、高校生。いや、会社勤めのおとなでも、パワハラやセクハラで苦しんでいるひとがたくさんいました。
それはつまり苦しめている元凶も、同じくらいいたということです。いや、イジメをする側は徒党を組んでいるケースが多いですし、加害者グループに属してはいなくても、見て見ぬフリをしたり全く気づかない者もいますから、加害者のほうが多いかもしれません。自分で気づかないうちに誰かを傷つけている可能性は、誰にだってあります。人は聖人ではありませんし、完璧でもありません。脆く不完全な存在なのです。
だからこそ助け合って、互いの不足を補い合って生きていくのが本来の姿でしょうに、東京の街ではそういう生き方は、失われつつありました。人々は自分と違う人を排除することが平和を維持する方法だと思い込んでいました。
生活様式や価値観や宗教観を蹂躙したり、公共のマナーや社会のルールを順守しない野蛮人を排斥したいと思うのは、防衛本能でしょう。でも、障害者や社会的弱者を排斥するのは、驕り高ぶった考え方ですし、気に入らないから邪魔だからとイジメの標的にするなんて、外道のやることです。
今になってみれば、イジメから逃げる方法なんていくらでもあったとわかります。でも当時は、逃げ場なんてありませんでしたし、逃げてはいけない的な空気があって、どんなに酷いことをされても、我慢するしかなかったのです。親も教師もだれも助けてくれず、絶望して死んだのです。
地縛霊になっていた間に、社会は、少しは変わりました。でもまあ、ほんの少しでした。せいぜい、イジメがつらかったら不登校になることが黙認されるようになった程度。
私が地縛霊になって見ていた間にも、イジメを苦に自殺する子どもがゼロになることはありませんでした。
でも、地縛霊になったのは、私だけでした。
イジメを苦にした自殺は世の中に絶望した厭世自殺で、未練や執着など無いから、でしょうか。地縛霊になるのは、その場所に強い執着があるからだと、一般的には言われていますから。
神田愛由香には、執着や心残りがありました。活断層の研究をしたいという夢があって、だから死にたくなんてなかったですけど、エスカレートする一方だったイジメから逃げるには、死ぬしかありませんでした。活断層研究への未練が強くて、地縛霊になったのでしょうか。
そして活断層の研究がしたいということは、地震についての研究もしたいということですし、地震の被害を少しでも少なくしたいということです。前世の私は、そう思っていたのです。
それなのに。
メルさんが怒りに任せて一瞬で大地のエナジーから自分の身体を組成したことが、地震の原因だった、と聞いて、私はブチ切れました。
リーゼロッテ・アウエンミュラー公爵令嬢、ではなくて、東京のJKだった、しかも世の中を見ているうちに、超絶耳年磨になってすっかりヤサグレた地縛霊の性格が、剥き出しになりました。
「自分が生まれるために大勢の人に迷惑をかけて、申し訳ないと思わないの?!」
怪我した人がいっぱいいるんだよ?! と凄む私に、メルさんは言い返してきます。
「俺が悪いんじゃねえだろっ。リゼを傷つけた盗賊どもが悪い」
小さい身体でキャンキャン吼える様子は、チワワとかポメラニアンみたいです。
「盗賊?」
私とメルさんの口喧嘩にびっくりしていたマイヤー老人が問いました。
「ここに着く直前に襲われたんです。私を捕まえて売り飛ばすつもりだったみたいです」
「それは・・・、御令嬢のように若く美しい女性なら、狙われるかもしれませんが」
いえ、あの時はまだジミな顔だったから、なんで私なんかを、って思ったんですけどね。
姿形が変わったことは言っても仕方が無いので言わず、襲ってきた盗賊に私が腕を切りつけられたこと、突然メルさんが現れて助けてくれたこと、盗賊が逃げられないように、メルさんが網でぐるぐる巻きにしてあることなどを話しました。後で憲兵に回収させろ、とメルさんが言ったことも。
「でも、この火急の状況では、盗賊を回収するために人手を割いていただくのは難しいですよね?」
私はそうマイヤー老人に言って、ジロリとメルさんを見ました。
「一週間くらいほっといたって死にゃーしねえよ。俺の魔力の網でぐるぐる巻きにしてあるんだから」
メルさんはふてくされてそう言いますが、一週間であの地震の後片付けが終わるとは思えません。
しかし、そんなメルさんに、マイヤー老人が言いました。
「盗賊を拘束している魔力を救助活動に回していただければありがたいのですが」
ここまでお読みいただき、どうも有難うございました。
次回、第十五話 救助活動




