第十一話 憲兵さん
第十一話 憲兵さん
「お嬢様っ!」
憲兵と一緒に走って戻って来た私を見て、ハンナは目を剥きました。長時間、馬車に乗るための、日常着に毛が生えた程度の外出着ではあったにしてもお嬢様のドレスの、スカート部分が無くなってペチコート剥き出しになっていたら、メイドとしては一大事でしょう。
「包帯もガーゼもなにもかもが足らないのよ」
だからスカート部分を切って供出したのよ、と言うと、ハンナは深々とため息を吐きました。
「だからと言ってペチコート丸出しで走り回るなど、はしたのうございます!」
「山賊に切られて血だらけになった服があったでしょう。あの上衣を棄てて、スカート部分だけ使えないかしら」
血が染みて時間が経った服は、棄てるしかありません。でも、スカート部分はそんなに汚れてはいなかったはず。まだこれから救助活動に働くなら、それで間に合うでしょう。
それを縫い合わせる間に食事を摂るようにと、ハンナに言われてしまいました。言われてみれば、三時間近く・・・、いえ、馬車の中で仮眠を取っていた間を含めれば、もう八時間くらいは、飲まず食わずでした。このまま動き回って倒れたりしたら、かえって迷惑をかけてしまいますでしょう。
「憲兵さんも召し上がってください。体力勝負のお仕事なのでしょうから」
たいしたものはありませんが、と言って、パンと干し肉、リンゴとオレンジを差し出します。馬車の車輪を修理した村で購入したものです。
「いえ、私は・・・っ」
憲兵さんは反射的に遠慮しようとしましたが、お腹がぐうっと音を立てるのが聞こえてしまいました。
「非常時なのですから食べられる時に食べておいたほうがいいですよ」
きっと、発災直後から働き詰めでいらしたはずです。
「お気遣い、いたみいります」
憲兵さんは恥ずかしそうに受け取ってくれたので、一緒に食べました。
「ハンナとヨハンは食べたのね?」
「はい、申し訳ないとは思いましたが、先にいただきました」
腹ごしらえをした後、ヨハンは仮眠を取り、ハンナは私の衣類を仕分けして、ガーゼや包帯に転用できそうなものをセレクトしていたそうです。
「下着類は、この際、新しくいたしましょう。ヘロイーゼ様の嫌がらせで、ずっと新しいものが作れませんでしたから」
ヘロイーゼ様というのは、義母です。エミーリアには高級な生地で手の込んだ下着を次から次へと与えますのに、私には最低限の物しか作らせませんでしたので、私の下着は古いヨレヨレの物ばかりだったのです。ガーゼの代わりに使ってしまいましょう、と言うハンナに、反対する理由もありません。
憲兵さんはやっぱりお腹が空いていたようです。ものすごい早さで食べたので、リンゴをあとふたつ、さしあげました。ヨハンがしていたように、まるごと齧ってあっという間に平らげてしまいました。
「お嬢様のお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」
憲兵さんは私ではなくハンナに訊きます。礼儀正しい憲兵さんですね。
「まあ! お嬢様、まさか名乗っておりませんでしたの?」
「そんなヒマ、無かったの」
ちょっと神田愛由香の口調になりました。ハンナは目線だけで私を嗜めてから、憲兵さんに言いました。
「こちらはアウエンミュラー公爵令嬢、リーゼロッテ様であらせられます」
「えっ? 公爵令嬢?!」
「はい。事情がございましてシュタールベルク辺境伯にお会いするために参りました」
憲兵さんは、なんだか表情が硬くなりました。頭の中でいろいろ考えているようです。しかし今は非常事態、ゆっくり考えている時間はありません。一分一秒でも惜しいでしょう。
「たいへん失礼いたしました。私はシュタールベルク領警備第一部隊所属、フロリアン・ブーアメスターと申します。お嬢様のお心遣いに隊を代表して感謝申し上げます。ところで、旅の目的地は此処だとうかがいましたが、この状況では宿も稼働していないかと思われます」
「そうですね・・・」
「幸い、我が家は被害が軽かったのです。じゅうぶんなおもてなしはできませんが、とりあえずお越しください。事態が一段落したら、かならず主君に話を通します」
どうやら公爵令嬢にこれ以上災害ボランティアをさせるわけにはいかないと判断したようです。ハンナが目で訴えたのかもしれません。私としては、こんな緊急事態なのですから例え微力でもお手伝いをすべきだと思うのですが。
ただ、そのような考え方は、どうやら神田愛由香の記憶がよみがえった影響のようです。以前の私でしたら、ペチコート剥き出しで走るなんてしないし、まさかスカートを切って供出してしまうなんてしないと、後になってからハンナにお説教されてしまいました。
ここまでお読みいただき、どうも有難うございました。
次回、第十二話 憲兵さん宅にて




