23.1 最初の日射病1
再び、火曜日 朝
ミシシシ……ギギシシシ……
灰色の空の下、鎌倉行きの江ノ電が、小動高校前駅に近づいて減速を始める。
「ふあぁぁ~……」
僕はまた、盛大に欠伸をしてしまう。
(あの後、帰ってからも大変だったなぁ……まぁ、この激変ぶりだからしょうがないけどさ……)
昨晩、電車内で眠りこけるのを何とか堪え、鵠沼駅で下車して帰宅したのだが、そこでもう一騒動あったのだ。
家族のいる居間に入った瞬間、見た目が激変したことを知らない父と妹に、他人扱い、泥棒扱い、変質者扱いをされて、大騒ぎになってしまったのだ。
[そうそう、是陽君は風邪でゲッソリしたのよ~]との、母さんのフォロー? も聞く耳持たず、妹の檸檬が近くの椅子を掴んでフルスイングした時は、ピュア・シャイニング以上の恐怖を感じた。
きっと、怪人化して運動能力が上がっていなければ、避けられずに即死してたと思う。
その後、母さんの説得? が何とか通じると、一転して、父と檸檬は、僕への興味を失った。
実は密かに、[イケメンになったことで、檸檬の態度が軟化するのでは?]と期待していたのだが、
[なんか必死に色気づいている感じがしてキモい。逝ね]
との冷たいコメントを残して、自室へ入ってしまった。
……妹にとって兄とは、何をしても永遠にキモい存在なのだろうか?
「ふあぁぁ~……」
江ノ電が小動高校前駅に停車すると、また欠伸が出た。
プシュー……
電車のドアを開き、大量の高校生に混ざってホームに降りる。
僕は人波に流されて歩き、まだアジア人観光客が群がっていない踏切のそばを通って、学校へ続く坂を上り始めた……
……タタタタタタタッ
坂の途中まで上ると、後方から、坂道を軽快に走る足音が聞こえた。
(あっ! もしかして、この軽やかな足音は!?)
パッと振り向き、坂を見下ろす。
と、多くの生徒の間を縫って、ショートカットの髪がポンポンと跳ねながら、上って来るのが見えた。
タタタタタタタッ
(やっぱり、青浜さんだっ!)
愛しい人の姿を確認して、胸が高まり、一気に眠気が覚める。
(昨日は、変に誤解させちゃったから、まずはそれを解こう)
僕は誰かれ構わずに、アプローチするつもりは無い。
ただ、青浜さんとお付き合いしたい、それだけなんだ。
(今日はいきなり誘うのではなく、普通の会話を通して、誤解を解くぞっ)
そう決めて、まずは印象を良くしようと、爽やかな笑顔を作る。
(よしっ! イケメン笑顔ON!)
ニコッ
タタタタタタタッ
「おはようっ、青浜さんっ」
シュタッ!
弾むようにグングン上って来た青浜さんに向けて、格好よく手を上げて声をかける。
「はうぅん!?」
タタッ・ダッ・ドッ・ビダッ!
目が合い、僕に気がついた青浜さんがビクンッ! と一跳ねして、数メートル下で急停止した。
そしてソロリ・ソロリと周りを見回した後、再度、僕と目を合わせて[あたし?]と言いたげな様子で、自身を指差して、小首を傾げた。
僕はシュタッ! と手を上げたまま、コクコクと頷く。
(青浜って名前の人は、ウチの学校には一人しかいないと思うけどなぁ……)
なんで確認したんだろう?
「おっ、おうっ。おはよ」
青浜さんもシュタッ! と手を上げて、やっと歩き出した。
が、妙にきごちないというか……なぜか、片側の手足を、同時に前に出し歩く。
「……おはよう、青浜さん。……あの、なんか難波歩きになってるよ? 昔の日本人ムーブ?」
僕は少し坂を下りつつ、指摘する。
レトロブームだから、流行っているのかな?
「ななっ!? ナンパ歩きなんて、あたしはしてないぞっ!」
すぐ近くまで来た青浜さんが、日焼けした頬を赤く染めて、反論した。
「いやいや、ナンパ歩きじゃなくて難波歩きだよ? ほら、片側の手足が同時に前に出るやつ……」
青浜さんの手足を指差してから、自分で難波歩きの形を、やって見せる。
「……………………!?!?」
青浜さんが自身の体をしばらく見回した後、パッ! と歩き方を直した。
「ここコレはっ! 最近、ちょっとブームだったんだよっ! 下火になってきたから、もうやらないけどさっ」
そう言って、普通に歩き出した。
「へっ? そうなんだ」
やはり、流行っていたらしい。
オタは世間の流行に疎いので、こういう時に難儀する。
青浜さんと並んで、坂道を登り始める。
が、なぜか青浜さんは、落ち着きなく、大きな瞳をキョロキョロとさせて、歩いている。
(こんな姿は珍しいなぁ。と、いうか初めて見た)
妙な可愛いさがあるが、ちょっぴり挙動不審だ。
どうしたのだろう?
(挨拶した時も、周りを見回してたし……何かを警戒しているとか?)
もしかしたら、誰かにつけ狙われているのだろうか?
ストーカーとか、猥褻怪人に……
一瞬、[両方とも僕のことか?]との考えが頭をよぎる。
青浜さんに倣って、僕も周りを見てみる……
と、何人かの女子生徒と目が合った。
ぺこり
知らない人たちだが、軽く会釈しておく。
「……あに、女見てんの? 朝からナンパ? お猿なの?」
いつの間にか青浜さんが、挙動不審を止めて、ジト目でこちらを見ていた。
「いやいや、誤解だよっ。たまたま目が合ったから、挨拶しただけだよっ。ほらっ、無視するのも変……」
「あっ、いやっ! ちょっと待ったっ! 今のなしっ! ナシナシ!」
青浜さんは、僕の言い訳を、途中で遮った。
「あたしはぜんぜーーんっ、気にしてないしっ、怒ってもいないぞっ! うんっ」
青浜さんは急におすまし顔になってそう言うと、腰に手を当てて、ウンウンと一人頷く。
「あ、そうなの? なら良いけど……」
(うーーむ、今朝の青浜さんは、よく分からないなぁ……)
とにかく、青浜さんの挙動不審さが消えて、いつものサッパリした雰囲気に戻った。
歩き方も難波歩きではなく、いつもの小気味良い足運びだ。
とても不可思議だが、なんにしても、今朝は機嫌悪くないようだ。
(よし。なら今のうちに、昨日の誤解も解いちゃおうっ)
第23章「横恋慕は真剣に」
終了まで、あと5話




