1.5 Computer Children4
ちょっとだけ、場所紹介 [すばな通り]
江ノ島電鉄江ノ島駅と、小田急片瀬江ノ島駅をつなぐ、実在の、歩行者専用道路。
漢字では、洲鼻通り、と書く。
放課後になり僕ら三人は、アルバイトに向かうことにする。
帰宅部の僕らは、江ノ島にあるお土産用の[蛸せんべい]製造工場で働いているのだ。
僕らが好む美少女ゲーム……ギャルゲーは大抵五千円から一万円弱もする。
これらを月に数本買うとなると、当然、お小遣いでは足りない。
故にアルバイトは欠かせないのだ。
家が学校から近い二人は、一度帰ってからアルバイトに向かうとのことで、小田急線片瀬江ノ島駅前のロータリーを待ち合わせ場所に決めて、僕は一人で江ノ電に乗ることにした。
僕の家は、江ノ電の鵠沼駅のそばなので、家に帰らずに直接アルバイト先に向かう。
台湾人観光客で賑わう踏切を横目に、小動高校前駅から、江ノ電に乗車。
しばし電車に揺られて、江ノ電の江ノ島駅まで行き、下車する。
降りたホームには、ウチの学校の生徒も、ちらほらと見えた。
キィーーン……
少し前を歩いていた、ウチの学校の女生徒の鞄から、なにかのキーホルダーが外れて、甲高い金属の音を立ててホームに落ちた。
「あっ!」
すぐに拾おうと、手を伸ばす。
……うっ、お腹のお肉が邪魔だな……
「あれ? コレって……」
自分のお肉をかき分け、拾ったキーホルダーは[朱を奪う紫]という題名のギャルゲーに出てくる、女将軍[バイオレット]のミニフィギュアだった。
[朱を奪う紫]は、数年前にハニワソフトがリリースした名作AVGだ。
内容は、ひょんなことから主人公が弱小の悪の組織の一戦闘員となり、ヒロインである、その組織の女首領の補佐役に抜擢される。
そして、女首領に振り回されつつも、協力して組織の運営をしているうちに、恋に落ちる物語だ。
そして女将軍バイオレットとは、このゲームに登場する悪の組織の将軍で、強いが、戦闘服が際どいボンデージの、少しお色気の入ったキャラだ。
ちなみに、[朱を奪う紫]とは、論語に出てくる言葉で、[時に、悪が正義に勝る不条理が起る]という意味になる。
「……ずいぶんとマニアックな物を持ってるなぁ……」
少し戸惑いつつも顔を上げる……
と、落ちたことに気がつかなかった女生徒は、改札を抜けて、ズンズンと歩いて行ってしまってた。
「ああっ!? 落としましたよーーーー!!」
慌てて、お腹を揺らして、かけ出す。
「すみませーーーーんっ、落ちましたよーーーー!」
改札を抜けて[すばな通り]に出て、追いかける。
20メートルほど走ると、膝が痛くなる前になんとか追いついた。
「すみませんっ!」
横に並び、声をかける。
もちろん、相手は女子なので、肩を叩いたりはしない。
日本では、イケメンのタッチはコミュニケーションだが、オタやおっさんのタッチは、セクハラになるからだ。
「何かしら?」
ふわりと長く艶やかな髪が揺れて、女生徒が振り向く。
「あっ!?」
なんと、こちらを向いた女生徒は、天紫野会長だった。
(わわっ! 天紫野会長だったのかっ!?)
「あああのっコレ、落としましたよ」
動揺しながらも、キーホルダーを差し出す。
「えっ?」
天紫野会長は、一瞬、困惑の表情を浮かべて、パパッと自分の鞄を確認する。
「…………うん、どうやら私の物のようね。気がつかなかったわ。ありがとう、感謝するわ」
ニコリともせずに、それほど感謝してる様子もなく、キーホルダーを受け取る。
「あのぅ……ソレって[朱を奪う紫]に出てくる女将軍[バイオレット]ですよね?」
女の子が、こんなマニアックな物を持っていることに、好奇心を覚えて、つい聞いてみる。
「あら? よく知っているわね」
天紫野会長の表情が、少しだけ柔らかいものに変わった。
「コレを知っている生徒に、初めて出会ったわ」
「ぼっ僕、ギャルゲーが好きでして……[朱を奪う紫]もプレイしたことがあったから……」
天紫野会長と話すのは、コレが初めてで緊張する。
が、もしかしたら、この人は同士なのかもしれないと思い、言葉を繋げる。
「あっ、天紫野会長もギャルゲーが、おおお好きなんです……か?」
「私は美少女ゲーム好きと言うよりは、悪の秘密結社が活躍するゲームが好きなの」
「色々と理由はあるのだけど、小さな頃から、正義の味方より悪の組織の方が好きだったから、最近、その手のゲームをプレイするようになったのよ」
「ほら、美少女ゲームには、悪の秘密結社が勝つ素敵なゲームが多いでしょ?」
天紫野会長が嬉々として話す。
「変かしら?」
天紫野会長は、子供のようにニコリと笑って、小首を傾げた。
「ふふっ、変よね。でも好きなのだから、人にどう思われても、構わないわ」
初めて見る、天紫野会長の屈託のない笑顔はとても魅力的で、僕はドキリと胸が高まってしまい、正視出来ずに視線をそらした。
「へへへ変じゃないですよっ! ぼっ僕も正義の味方より、悪の組織の方が好きですからっ!」
視線を反らしながらも、反射的にそう答える。
「あら? 貴方も?」
天紫野会長が驚いた表情をする。
「はいっ、正義の味方って、自分がしたいと望んだ、[自分の欲望]である人助けを[世のため人のため]に摩り替えて、暴力を振るうじゃないですか?」
「その考え方が歪んでいることにすら気がつかずに。そんな姿が、僕には醜悪に見えて仕方がないんですっ」
自身の考えを口にすると、とたんに興が乗ってくる。
「正義の味方だけじゃなく、国でも政治でも思想でも宗教でも、[自分がしたいだけの欲望]を、世のための正義と言い放つ人間の行動って、醜悪に見えるんです」
「その我欲の正義の名の下で、悪とされた者に対して行われる暴力は、歯止めが利かない酷いものになる」
大なるものは、民族の存亡と利益を掲げて、悪とみなした他民族の民族浄化を行う者たち。
小なるものは、自衛隊の予約センターにイタ電しても、それが公共の利益だと居直る政治屋だろう。
規模の大小の違いや、主義思想は真逆でも、どちらも自分がしたかった欲望を、世のために摩り替えている、同じ穴の狢だ。
「それに反して悪の組織は、[悪の]と自称するほど、自分達が悪だと自覚している」
「まるで自身が行う行動を、我欲による悪事だと自覚していた、鎌倉時代の[悪党]のようです」
「自分たちなりのルールと矜持を持って欲望を追求する姿は、僕には正義の味方より、格好良く映るんですっ」
つい[すばな通り]の真ん中で熱弁を奮ってしまう。
「……………………………………………………」
天紫野会長が、なにも言わずに、まじまじと僕を見つめていた……
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スルーは、哀しいの。




