11.3 怪人君の空14
ちょっとだけ場所紹介 サムエル・コッキング苑
貿易商サムエル・コッキング氏によって、1882年に開園した、四季折々の花や、亜熱帯植物が観賞できる植物園。
平時の入園は、終日無料。
冬季のライトアップ期間のみ、17時以降は大人500円、小人250円。
「……ぅぅぅぅっ……シマァーーー!!!」
僕は手摺りを蹴上がり、ジャンプして高々と夜空に飛び出した。
高いテラスから、黒マントをバタバタとはためかせてふわりと落下し、強化ブーツの靴音をタンッと鳴らして華麗に着地を決めると、協力会員たちからワッと歓声が上がった。
ちょっといい気分。
すぐに非協力的な観光客に向かって、風のように駆け出す。
まずは戦闘員を無視して、二人の世界に浸っているカップルに狙いを定める。
「ごめんなさいっ! シマァーーー!!!」
マントを翻して指の触手を伸ばし、カップルが仲良く食べていたキッチンカーのカレークロワッサンを手から叩き落とす。
続いて、どう見ても[髪の毛帽子]を被っているおじ様を見つけた
「そーーっと、シマぁ……」
後ろから触手を使って、そっと[髪の毛帽子]の前後を逆に入れ替える。
「うん。これで良し」
そのまま気がつかずに歩き去るおじ様を、笑顔で見送る。
その後は訳もなく木に登り、枝から枝へと飛び移ってみたり、矢のように植物園の曲がりくねった小道を疾走したり、協力会員と握手&記念撮影したりと、サムエル・コッキング苑内を縦横無尽に暴れてみる。
(あぁ……なんだかちょっと、楽しいかも……)
触手怪人としての本能なのか? それともなにか鬱屈したストレスが暴発しているのか?
はたまた青浜さんに冷たくされた憂さ晴らしをしているのかは、定かではないが、こうして悪事を働いて回るのは、とても気持ちが高揚して爽快だった。
「ふふ、中々上手いじゃないか。それなら問題なさそうだな」
骨伝導でカラー1将軍の声が聞こえた。
振り返りテラスを仰ぎ見ると、シーキャンドルをバックに将軍が、満足気に手すりの上に立っていた。
「では、私も始めるか」
そう言うと、まるで歩くかのように空中に足を一歩踏み出して、テラスからフワリと落下する。
トンッ
まるで階段を一段だけ下りたような、何気ない着地を将軍が見せると、うおぉぉ!? と協力会員たちから驚嘆の歓声が上がった。
カツカツカツカツカツ……
カラー1将軍はハイヒールを鳴らしながら、出エジプトの海渡りのモーセの如く、道を開けた協力会員たちの間を悠然と通って、僕に歩み寄った。
「小娘共は大亀ヶ岡広場で迎え撃つので、私は先にそちらに向かう。貴様も、もうしばらく暴れたら広場に来い」
カラー1将軍はポンッと僕の肩を叩いて、そう言った。
「……あぁ、それと貴様にコレをやる」
なぜか、お土産用の蛸せんべいの箱を手渡された。
その場で食べる大きな物ではなく、お土産用の普通のお煎餅サイズが詰め合わせされている物だ。
「テラスで協力会員に、なぜかコレを渡されてな。意味が分からんから、貴様にくれてやる。なにか適当な悪事に利用しろ」
そう言い残して、さっさと出口へ向かう。
「はいぃぃいぃ~?? コレを悪事にですかぁ?? …………」
怪人姿で蛸せんべい片手に、色っぽい背中を見送りながら途方に暮れる。
「……まぁ、とりあえず悪事を続けよう……」
無理難題な蛸せんべいの処遇は後回しにして、サムエル・コッキング苑内にあるお店に目を向ける。
お店はフレンチトースト専門店で、そこに蛸せんべいを小脇に抱えたまま入店する。
まずはテラス席に入り、カメラを持ったおじ様が椅子に座る瞬間、触手を伸ばして椅子を引き尻餅をつかせる。
一緒にいたおば様には、触手で膝カックンをする。
「あっ!? 良いこと、閃いちゃったっ!?」
そこで突然、小脇の蛸せんべいの活用法を思いつく。
蛸せんべいの箱を開封すると、十数枚の蛸せんべいが入っていた。
僕は蛸せんべいを手に持って、猛然と店内を駆け出す。
「シマッ! シマッ! シマッ! シマッ! シマッ! ……」
各テーブルを矢のように走り回って、他人のフレンチトーストに一枚づつ蛸せんべいをトッピングする。
綺麗に盛りつけられたフレンチトーストが台無しになって、観光客が迷惑そうに顔を顰めた。
ふふっ、我ながら見事な悪事だ。
「初めてにしては中々、見事ね。感心したわ」
突然、骨伝導を伝って脳内に総統閣下の声が響いた。
「ありがとうございますっ、シマァーーー!!!」
お褒めに預かり、恐悦至極です。
「後でBIPが代金を支払うから、そこで傍若無人に暴飲暴食しても構わないわよ」
総統閣下が嬉しいことを仰る。
「では、遠慮無くっ。いただきまシマァーーー!!!」
すかさず店員さんが運んでいたクレームブリュレ(注。クレームはフランス語で、意味はクリーム)を奪い取り勝手に試食する。
「トーストの玉手箱やぁ~~」
外はカリッと、中はフワッとしていて、とても美味しかった。
「いや、玉手箱ってアレンジは変だろ。お前、食レポはヘタクソだな」
骨伝導を伝って、脳内にDr.ヘッドランドの声が響いた。
この人は無視だ。
今度はクレームブリュレの皿を持ったまま、自撮り中のカップルの後ろに回って写り込み、インスタばえを阻止する。
「さあっ、傍若無人ティータイムの始まりだっ!」
せっかくなので、他のメニューも試そう。
勝手にカップルのテーブルに相席して、シナモンアップルと紅茶を注文する。
「そうそう、慌しくて失念していたわ。彼の正式な怪人名をまだ命名していなかったわね……名前はなににしようかしら?」
総統閣下の、独り言のような呟きが聞こえた。
「Dr.ヘッドランド、戦闘員8712号の彼は大学生の遠藤君でしたっけ? 怪人化した後はなんと呼んでいたのですか?」
「そいつは大学生の……ええっと……近藤君だ。それで注射後は[試作型触手細胞怪人初号]と仮呼称していたな」
意外にカップルに歓迎されて、頼まれて三人で写真を撮りながら、中央作戦司令室内の会話を聞き続ける。
「試作型触手細胞怪人……堅い仮呼称ですね。もっと悪の組織の怪人らしくキャッチーな名前に変えます。協力会員受けのためにも」
「……あのぅ……怪人名はいつも総統閣下が命名しておられるのですか?」
握手して別れたカップルに手を振りつつ、とても気になったので、堪らずに会話に入る。
「そうよ、怪人の命名は常に、歴代総統の重要な仕事よ。ちなみに、岩屋怪人ヨサノンは私が命名したの。良い名前でしょ?」
総統閣下が自慢げに答えた。
「嫌ですぅぅぅぅぅううぅぅーーーーー!! シマァーーー!!!」
畏怖の念を忘れて、盛大に拒絶する。
だって絶対、変な名前の最後に[ン]がつけられるのは明白だから。
第11章 「サムエル・コッキング苑での爆誕」
終了まで、あと1話




