7.7 怪人君の空7
「さてと……急な出撃なので当然、お前の専用のパワースーツも怪人マスクも出来ていない……と、いうかぶっちゃけると、設計段階にすらまだ入っていないんだ」
「でも、だからといって戦闘員の格好のままで戦わせるのは絶対にNGだ。そんなことをすれば、出来損ないの怪人だと無礼られる。それだけで、敵側が精神的に優位に立ってしまう」
「まあ、そうでしょうね」
僕は同意する。
怪人には、見た目の怖さや不気味さが、絶対に必要だ。
「だな。そこでな、この部屋になにかいいものはないかと漁っていたら、機械の間からそいつを発掘したんだ」
Dr.が僕の手にあるマスクを指差す。
「不気味さがあって、打ってつけだと思ってな、急いでそいつに、通信機能と防御力を付加したんだよ」
「発掘? コレ、元はなんなんですか?」
不気味だが、結構、カッコイイけど……
「それな、ずいぶん前に美月先生(小動高校女子サッカー部顧問)に土産でもらった、イタリアのベネチアンカーニバルマスクが元だ」
「へっ!? イタリアの土産物ですか!?」
僕は改めて、銀色に光るマスクをよく見る。
マスクの表面には細かい細工が施されていて、確かに工芸品だと分かる。
「ああ。なんか不気味だから、もらった後、そこらに放っぽって、すっかり忘れていたんだ」
Dr.がそう言って、煙草の灰を、灰皿に落とす。
「そのベネチアンマスクの裏側にBIP六型通信拡張デバイスを張りつけて、さらにその上に、戦闘員用アイマスクを加工して、嵌め込んだ」
「六型通信拡張デバイスは、装着者が見ているものを指揮所……ああ、中央作戦司令部のことな。装着者が見ているものを、指揮所でモニタリング出来るカメラがついていて、小型マイクと骨伝導で双方向の通話も可能になる」
「防御力はマスク全体にも強化コーティングを施したし、裏側に戦闘員用アイマスクもついているから問題はないはずだ」
「なるほど」
僕はベネチアンマスクの裏側を観察する。
確かに色々な機械がつけられている。
「これ、通信機能のスイッチですか?」
マスクのサイドにON、OFFの表示があるボタンを見つけた。
「ああ、そうだ。……あ、今、入れるなよ? ここでの様子や会話が全部、指揮所で流れるからな?」
「あ、はい」
押しかけた指を引っ込めた。
「動作確認は済んでいるから、作戦直前にスイッチを入れればいい」
Dr.はそう言って煙草を揉み消す。
「パワースーツはお前専用の特別仕様が完成するまでは、戦闘員用を着て、その上になにかを羽織って隠す方法でいこうと考えている。ええと……」
Dr.ヘッドランドが近くの[諜報課備品]と書かれたダンボール箱に手を入れてゴソゴソと中を探る。
「……お、あった。これだ、ほれ」
バサッ!
Dr.がダンボール箱から適当に丸めた茶色い布の塊を取り出して、また投げてきた。
「はい」
もう、投げられることに慣れたので、普通にキャッチして、丸めた布を広げる。
広げたそれは、ヨレヨレの茶色いトレンチコートだった。
Dr.がドヤ顔で僕を見る。
「この茶色のトレンチコートなら、いかにも怪しげで良いだろう? 戦闘時にバッとトレンチコートの前を開くと、全身からニョロニョロと触手が伸びる感じで奇襲……」
「それは露出狂の変態みたいで絶対に嫌です。茶色のトレンチコートと触手の組み合わせは最悪です」
僕は話を遮って、全力で否定する。
「おおいっ! ずっと大人しく聞いてたと思ったら、そこで駄々を捏ねるのかよっ!」
Dr.ヘッドランドが全力で突っ込んだ。
「たくっ、私には、お前の駄目出しポイントがサッパリ分からんよ……ええと……」
Dr.がまた、ダンボール箱に手を入れてゴソゴソと中を探る。
僕も近くに行って、横からダンボール箱の中を覗き込む。
「うーーん……ああ、コレなんてどうだ?」
バサッ!
Dr.ヘッドランドが黒い布を取り出して、広げて見せた。
それは全身がスッポリ隠れそうな古風な黒マントだった。
「えぇーーー……これだと怪人じゃなくて、昔のヨーロッパの怪盗みたいじゃないですか? ……ちょっと、僕が中を探しても良いですか?」
Dr.ヘッドランドに聞く。
と、Dr.は[勝手にしろ]といった感じで手をピッピッと振って、机の煙草を掴んだ。
それを見て僕はダンボール箱の中を探る。
「……うわぁ、碌な物がないよ……」
箱の中には……
[アーノルドがサングラスをかけて着そうな、黒のロングコート]
[てるてる坊主になれそうな、まっ黄色なポンチョ]
[地元サッカーチームのベンチコート]
[なんか凄くエッチに感じる、真っ赤な長襦袢]
と[全身を隠せる服]縛りで集められた物が、乱雑に収められていた。
「どれも嫌だなぁ……こっちの箱も服ですか?」
床に置いてある、もう一つのダンボール箱を指差して聞く。
「そっちの箱には、カエルの着ぐるみが入っているぞ。着るか?」
Dr.ヘッドランドは、紫煙を燻らせながら答えた。
「いいえ」
喰い気味に即答する。
「そうか。着たらその瞬間に[蝦蟇石怪人ケロリン]の爆誕だったのだがな。ようやく、なり手が現れたと思ったが、残念だ」
Dr.が煙草を揉み消す。
「さて、出撃の時間が迫ってる。そろそろ、露出狂かケロリンか決めろ」
真顔で最低の二択を迫ってきた。
そしてDr.ヘッドランドは嬉しそうにカエルの着ぐるみが入っている箱に取りつく。
「うーーーーーん……じゃあ、最初の古風な黒マントにします」
そう言うと、おかしな物を強制される前に着てしまおうと、怪盗っぽい黒マントを掴み、さっさと体に羽織る。
「なんっだよぉ、散々迷って結局ソレかよっ! お前は服屋に入った女子かっ」
Dr.ヘッドランドは不満気に口を尖らせて、ジェンダー差別を口にした。
「……まあいいや、私が専用パワースーツをケロリン型に設計すれば済む話だし……」
Dr.がなにか不穏なことを呟く。
一々、突っ込むのも面倒だった僕は、Dr.に構わずに、黒マントを着てカーニバルマスクを装着した。
そして研究室にある、鏡の前に立つ。
(……あ、結構、格好良いかも……)
想像していた触手怪人とは、だいぶ様子が違う。
ちょっと古風なスタイルだが、そのレトロ感もアリといえばアリだろう。
鏡を見ながら、マントの襟を綺麗に立てる。
「…………存外似合ってはいるが、なぜマントの襟を立てるんだ?」
「え? マントは襟を立てるモノですよね?」
指で襟を丁寧に整えながら、逆に聞き返す。
「……なんだその拘りは? ……まぁいいや。似合ってはいるが、黒マントにイタリアのカーニバルマスク……ヨーロッパ風なのに、髪が黒髪なのが、ちょっとバランスが悪いかな?」
鏡の中の僕を見ながら、Dr.が首を捻った。
「あー、まぁ、コレはしょうがないじゃないですか?」
生粋の日本人なんだし。
「怪人の見た目は、勝敗に関わるほど大事なんだよ。ちょっと、髪の色を変えてみるか?」
「えー、学校があるので、染めるのは困ります」
手でバッテンを作る。
「いや、簡単に染まって、すぐ落とせるのがあるんだよ」
Dr.が、機械の隙間に手を突っ込んで、がさごそとなにかを探す。
「……確かこの辺に……」
「……おっ! あったあった。これだっ」
ばばーーーんっ
「超科学瞬間染毛剤っ! [カラー1プッシュ将軍]ゴールドだっ!」
Dr.が、ただのスプレー缶を掲げた。
「これは超科学力の粋を集めて作った瞬間染毛剤だ。一瞬で髪を金色に染められて、水で洗えば一発で落とせる優れものだっ」
Dr.がドヤ顔で語る。
「……そーゆーの、普通に市販されてますよ?」
なんでも名前に超科学をつければいいってもんじゃないと思います。
あと、そのネーミングをカラー1将軍は許可したのだろうか?
「染まる早さが違うんだよっ、早さがっ! ほれっ、ちょっとマスクを外して椅子に座れっ」
Dr.がせっつく。
仕方なく、僕はマスクを外して、椅子に座った。
ぷしゅゅゅゅゅぅぅぅーーーーー……
問答無用で開始される染髪。
「ほれ、もう半分染まったぞ」
わずか5秒ほどで、Dr.がそう言った。
「え? もう?」
確かに早い。
僕は座ったまま、鏡を見る。
見事に片側だけ、金髪になっていた。
「……なんか、どっかのYoutuberみたいなツートンだな。そのまま出撃するか?」
「死んでも嫌です」
全力で拒否する。
それで、全部上手くいく、と言われても絶対に嫌だ。
「そっか。拒否されなかったら、どうしようかと思ったよ。良かった」
ぷしゅゅゅゅゅぅぅぅーーーーー……
そう言って、Dr.はもう半分の染髪に取りかかる。
「だったら始めから、そんな提案しないで下さいよ」
そんなやり取りをする間に、髪が全部、金色に染まった。
鏡を見る。
(うわっ……派手な金髪にして、なんて格好つけたイケメンなんだろう……なんか、アイドル気取りって感じだ……)
我ながら、ちょっとムカついた。
素顔に金髪はなんか腹立たしかったので、さっさとベネチアンマスクを装着する。
「おおっ! 良いんじゃないかっ。かなり迫力が出たな」
Dr.がご満悦といった様子で言う。
「それにこれなら、まず、パッと見でお前だと気がつくやつはいないだろう。どうだ? お前だって身バレはしたくないだろ?」
「まあ、確かに身バレは困りますけど……」
そう言いつつ、まじまじと見る。
(……この怪人……本当に格好良くて強そうだ……)
素顔の時とは違い、素直にそう思えた。




