7.6 怪人君の空6
「お前にはこの後、そのマスクを着けて戦闘に出てもらう」
Dr.は僕の目を見て、ハッキリと言い切った。
「…………分かりました」
僕も見つめ返して、しっかりと返事をした。
「ほう? ……大方、嫌がって駄々を捏ねるかと思っていたのだが……即、了承するとはな」
Dr.は驚いた顔で、僕を見つめる。
「ふふっ、しかも、存外良い目をしてるじゃないか。なにがあったかは知らんが、安心したよ」
「まあ、僕にも色々と事情がありまして……怖いですけど、全力で戦うつもりです」
「ふっ、事情と言っても、どうせ金に目が眩んだとかだろう?」
Dr.は机の上の、煙草の箱を掴みながら聞く。
「う……図星です……」
「良いじゃないか。欲望ほど人が動く動機として確実なモノはないからな。これが忠誠心や義侠心で戦うなんて言われたら、私はお前の覚悟を疑っていたよ」
ニヤリと笑いながら、煙草を一本、取り出した。
「実に、悪の組織の幹部らしい意見ですね」
「まーな。よし、ならお前を信頼して特別に、今回、急な出撃になった裏事情を教えてやろう」
Dr.ヘッドランドは静かに煙草に火を点けて、話し出した。
「これは極限られた人間しか知らない極秘事項だから 他言無用で頼むぞ」
「ふうぅぅ~~~……今朝な、私が新怪人誕生を総統閣下に報告した直後のタイミングで、とある人物がBIPに転がり込んだんだよ」
「とある人物? 誰ですか?」
僕は近くの診察ベッドに腰を下ろして尋ねる。
「紅夜叉だ。……驚いたことにアースジャスティスの追撃から逃走中だったKMR47の現当主[三代目紅夜叉]が、この江の島アジトに逃れて来たんだよ」
「そして彼女は総統閣下と面会し、自身の細胞提供を条件に、KMR47の再興に、BIPが協力することを求めてきたのだ。……ふうぅぅ~~~……」
Dr.はゆっくりと煙を吐き出す。
「はぁ、早朝から凄い展開ですね」
話が大きすぎてイマイチ、ピンと来ない。
なので、適当な相槌を打った。
「だな。紅夜叉の[人ならざる細胞]を入手して比較研究すれば、零型BIP細胞の研究も大きく進展するだろう」
Dr.が、すっと足を組み、続ける。
「しかし、壊滅したKMR47の再興……いや本人は鎌倉夜叉狐の再興と言っていたか……に協力するということは、BIPがアースジャスティスとの全面対決の矢面に立つということに等しい」
「あー、ハイリスク・ハイリターンってヤツですね」
「ああ、BIPは湘南防衛機構サンシャインとアースジャスティスの二正面で戦うことになるからな、かなりリスキーだ」
Dr.はトンットンッ、と灰皿に灰を落とした。
「当然、組織のトップである総統閣下が軽々しく飲める話ではない。が、同時に停滞していた零型BIP細胞の研究が進展するであろうという、魅力的な提案でもあるわけだ」
「なるほど」
「おそらく、直前にお前の怪人化の話……零型BIP細胞研究の進展を聞いていなければ、総統閣下もこの提案を飲んでいたに違いない。紅夜叉もそう計算しての提案だったはずだ」
Dr.が自然に足を組み直した。
「と、いうことはつまり、断ったんですか?」
少しだけ、身を乗り出して聞く。
「いや。提案を断りも飲みもしなかった。総統閣下は紅夜叉の提案を一旦保留にして、後日返答すると伝えたんだ」
「そして早急に新たに誕生した怪人の……零型BIP細胞の研究成果がどれほどのものなのかを、実際の戦闘を通して確かめることに決めたのだ」
Dr.は煙草をギュッと、灰皿で揉み消した。
「この戦闘の結果しだいで、紅夜叉の提案に乗るか、それとも蹴るかを決断する腹づもりで、な。……これが急遽出撃することになった理由という訳だ」
「あぁ……なるほど……」
そこに繋がるのか……
「お前からすれば、ずいぶんと無茶な命令だろうよ。だがな、実際、データや数値だけでは、怪人の戦力なんて推し量れないんだよ。だから直接戦ってもらう」
またもDr.は、キッパリと言い切る。
「もしも、総統閣下や上層部が、零型BIP細胞の研究成果に満足出来た時は、紅夜叉への対応は、すでに決まっている」
「BIPは鎌倉夜叉狐の再興には協力せずに、紅夜叉の身を江の島から離れた場所で、ただ匿うだけ……平たく言えば[飼い殺し]にする計画になっている」
Dr.は、新たな煙草を一本取り出す。
「現当主の三代目紅夜叉が見つからなければ、アースジャスティスは鎌倉夜叉狐の残党狩りに注力して、しばらくはBIPに仕かけて来る余力はないだろうからな」
「……僕の戦いが、今後のBIPの方針を決めるんですね……うぅ、プレッシャーだなぁ……」
話が、僕の個人的なお金稼ぎなんてレベルを、大きく超えてしまっている。
「ふん。プレッシャーのない戦いなんて、この世の中には存在しないぞ?」
素っ気なく言い放つ。
「……まあ、とは言っても、BIPとしては今回、勝ち負けより零型BIP細胞の研究成果の確認が重要なんだ」
Dr.は煙草に火を点ける。
「お前は、量産化触手細胞の完成までの時間稼ぎが出来る戦力であることを示せばそれで良い。なにも一人で、湘南防衛機構サンシャインとアースジャスティスの両方潰して来いとは間違っても言わないから安心しろ。……ふうぅぅ~~~……」
煙草を吐き出しながら軽く笑って、手をヒラヒラと振る。
ガガザザ……キンー……キィィンーーー……
その時、館内放送のスピーカーから、雑音とハウリング音が流れた。
「CPより伝達。第一大隊、及び第二大隊の隊員は、速やかに第一作戦準備室に集合せよ。繰り返す。第一大隊、及び第二……」
CPオフィサーの冷静な声が、アジト内に響き渡る。
「……もう、そんな時間か……」
放送を聴いたDr.ベッドランドが呟く。
「なお、第三十三予備大隊のブリーフィングは戦闘員詰所で行われるので、そのまま待機せよ。繰り返す。第三十三予備……」
「さて、そろそろこちらも、戦闘の準備に取りかかろうか」
Dr.はそう言って、咥え煙草のまま、立ち上がった。
僕も続けて、立ち上がった。




