7.5 怪人君の空5
「……って、訳でね、現状では僕にしか打てないんだってさ」
最後にそう纏めて、更衣室の前での説明を終了した。
「……で、御座るか……由比里殿のみとは……この世はなんとも理不尽で御座るなぁ……」
絞り出すように一宮君がそう言い、肩を落とした。
「改良型は? 改良型はいつ頃、出来るのだ?」
椎名君はまだ諦め切れない様子で、そう質問してきた。
「それは……開発するDr.ヘッドランド自身にも分からないんじゃないかな? まあ、僕の成功で研究は大きく進むみたいだけど……」
「ぐっ……それはそうか……今は、諦めるしかない……か……」
椎名君も肩を落とした。
「現時点では是非も無し、で御座るなぁ……分かり申した」
一宮君がうん、と頷き、気持ちを切り替えるように背筋を伸ばした。
「分かり申したので、とりあえず、この触手を引っ込めていただけぬか?」
指の触手で、全身グルグル巻きになり、床に転がる一宮君が提案してきた。
「うむ。俺も今は潔く諦めたから、触手から開放してくれ。これではポージングの一つもできないからな」
同じく、触手の簀巻きで床に転がっている椎名君が言う。
「あ、うん」
シュルルルルルル……
僕は、二人を拘束していた触手を引っ込めて、戒めを開放する。
「ふふっ、しかし、友人に触手で拘束されるとはな……世の中とは、なにが起きるか分からんもんだ」
起き上がりながら、中肉中背がニヒルに笑う。
「くっくっくっ、然り然り」
一宮君も、同意しながら立ち上がる。
「うん。僕もまさか、ピュア・シャイニングに使う前に、友人に触手を使うことになるとは、夢にも思わなかったよ」
だってこの二人、すっごく暴れるから、仕方がなかったんだもん。
「……でも二人とも……そこまでしてイケメンになりたかったんだね……」
僕は、半分呆れながら言う。
「当然だろうっ!」
「当たり前で御座るっ!」
瞬間、二人がキッ! と僕を睨みつけて、強く返事した。
「今日一日っ、こっちはどれほど悔しい思いで過ごしたと思っているんだっ! 俺は筋トレしながら、ずっと世界を呪っていたんだぞっ!」
「拙者もで御座るっ! 目の前で展開するあまりに不条理な出来事に、拙者はなにか前世で、大罪でも犯したのかと疑ったで御座るよっ」
二人が心底悔しそうな顔で、訴えかけてくる。
「拙者っ、もしも今日、自称、最終解脱者とかに神秘の壷を勧められたら、即、購入していたで御座ろうなっ」
一宮君が半分涙目で、そう心境を吐露した。
「俺もだっ、俺もっ! もしも今日、自称、最終筋力者とかに神秘のプロテインを勧められたら、即、購入していたぞっ」
中肉中背も涙目で、心境を吐露した。
「うん。二人とも、バイト代を無駄遣いしなくて良かったね」
てか、神秘のプロテインってなによ? おっかないなぁ……
(しかしまあ、そうなるのも当然か……)
僕は密かに、心の中で納得する。
身近で対等だと思っていた友人が、急に格好良くなってモテ出し、しかも、すかさず自分の憧れの女子にアプローチを開始したら……
僕も二人の立場だったら、相当に悔しく感じただろう。
「……じゃあ、もしも改良型が出来たら、二人が優先的に打ってもらえるように、Dr.ヘッドランドに頼んでみるよ」
あの人が、そんな縁故的なお願いを聞いてくれるとは、ビタイチ思わないが、大切な親友二人のためにも、頼めるだけ頼んでみようと決めた。
「おおっ、さすがは同志由比里っ! 感謝するっ」
「友よっ! ああぁ友よっ! このご恩は忘れぬで御座るっ!」
暑苦しく僕に取りついた二人が、笑顔で感涙にむせぶ。
「ふふっ。さっ、もう時間だから、とりあえず着替えちゃおうよっ」
親友に笑顔が戻ったことを喜びつつ、僕は指紋と網膜の認証でドアを開けて、更衣室に入る。
(ふふふっ。だからといってもちろん、青浜さんを諦める気も、譲る気もないけれどね……)
それとこれでは、話しが別なのだ。
ニヤリ……
(やっぱりチョロいな)
思わず口元が緩んでしまったが、後ろの二人は気がつかなかっただろう。
ニヤ……
にや……
もちろん、後ろで友人二人の口元が微かに吊り上がっていることに、僕も気がつかなかった……
……………………
「「「おはよーございまーす」」」
挨拶しながら、故意に薄暗くしてある更衣室に入る。
室内はいつもより人影が多く、人熱れでムワッとしていた。
すぐにロッカー前で着替え始める。
ガガザザ……キンー……キィィンーーー……
唐突に館内放送のスピーカーから、雑音とハウリング音が流れた。
「ザザザザ……あーあー、テステス。あーあー……」
Dr.ヘッドランドの声が、スピーカーから聴こえた。
「あー、聴こえるか? 試作型触手細胞怪人初号。お前がアジトに到着したのは分かってる。極秘命令だ、すぐに私の研究室に来い。……プッン! ……ザザザザ……」
それだけ言うと、放送は切れた。
「うわ……」
戦闘員服を着ていた僕は、顔を顰める。
(まったく……こっちの都合なんてお構いなしなんだから……)
本当にマイペースなお人だ。
あと、極秘命令に館内放送を使いますか?
それでも僕は急いで戦闘員服を着込んでいく……
……戦闘員服を着終わり、ブーツに取りかかる……
ガガザザ……キンー……キィィンーーー……
「ガザザザザ……あー、言い忘れた。とても急いでいる。早く来い。一分待ってやるが、もしもそれ以上遅れたら、お前は股間の触手をもがれても再生するのかの、実験開始な? ……プッン! ……ザザザザ……」
ガザザ…………
「うわぁぁぁぁ!?!?」
(あの人なら、本気でやりかねないぞっ!)
僕は急いで強化ブーツだけを履き、目出し帽もアイマスクも手に持ったまま、更衣室を飛び出す。
ダダダダダダダダダダダ……
全力で廊下を走る……と、あっという間に、個人研究室の前に到着した。
「おい、一分過ぎてるぞ?」
ドアの前で仁王立ちして、なぜか高枝切狭を手にしたDr.ヘッドランドがそう言う。
「よし。超科学高枝切狭の[もぐアタッチメント]か[ちょん切るアタッチメント]の、どちらか好きな方を選ばせてやる」
Dr.は高枝切狭をババンっと構えて、究極の二択を迫った。
「いやいやっ、一分は無理だしっ、どっちの選択肢も嫌ですからっ!」
後ずさりする。
それと、超科学高枝切狭ってなんですか? おっかない。
「ふんっ。まあいい、今日は遊んでいる時間はない。不問にするからさっさと入れ」
初めから本気ではなかったのだろう、Dr.あっさりと踵を返して、個人研究室に入る。
「お邪魔しまーーーす……」
冗談だと分かり、僕も素直に後に続く。
Dr.ヘッドランドは、途中で雑多に積み上がった機械類の中へ、超科学高枝切狭をポイっと投げ捨てた。
そして最奥、机の前まで着くと、館内放送に使ったのであろう、ヘッドセットを外して、置いた。
「どうでも良いが、また口元にケチャップがついてるぞ。拭け」
Dr.は机の上のティシュの箱を掴み、ぞんざいに僕に放る。
「えへへ……ナポリタンが大好物なもんで……」
キャッチして口の周りを拭く……と、ベッタリと赤くなった。
(まぁ、これはケチャップじゃなくて、トマトソースなんだけどね……)
顔の方も赤くなり、頭をかいた。
「たく……」
Dr.ヘッドランドは呆れた声を上げながら、机の上から、別のなにかを掴む。
「拭き終ったらほれっ、目出し帽をしないで、そいつを着けろ」
そう言ってまた、ヒョイとなにかを投げてきた。
よく物を投げる人だ。
キャッチして確認すると、それは銀色に光る、顔の上部だけ隠せる奇妙なマスクだった。
BIPの幹部が使うアイマスクとも違って、片側の上部だけ、跳ね上がるような大きな飾りがついている。
「なんですか? このマスクは」
銀色のマスクを手に、Dr.に聞く。
「お前専用の装備などまだないだろ? だから私が、緊急にこの部屋のあり物で作成した、怪人マスクだ」
そう言ってDr.ヘッドランドが椅子に座る……と、ギシっと軋む音がした。
「お前にはこの後、そのマスクを着けて戦闘に出てもらう」




