7.9. 怪人君の空9
BIPの、高校生怪人化禁止規定? について
現在、BIP内において、この種の規定は確認されていない。
「それはずいぶんな言い草ですね、Dr.ヘッドランド」
地下路の先から、よく通る声が返って来た。
「もしや私の年齢を、揶揄しているのですか?」
「えっ!? カラー1将軍っ!?」
僕は驚き声を上げる。
なんと、いつものセクシーなボンデージを着たカラー1将軍が、地下路の行き止まりで仁王立ちをしていた。
その背中側にはエレベーターのような扉がある。
「シマーーー!!」
すかさず直立不動になって将軍に挨拶する。
「おや将軍殿、聞こえていたのか? そいつは失敬、失敬」
研究室長よりカラー1将軍の方が地位が上のはずなのに、Dr.ヘッドランドは将軍に全く萎縮することなく、平然と手をヒラヒラと振りながら歩み寄る。
「ふんっ、ワザと聞こえるように話したくせに……まったく、貴女は昔から、いつもそうですね」
そんな態度でそばまで来たDr.ヘッドランドに、カラー1将軍は激怒することもなく、諦め声で返した。
僕も早足で、カラー1将軍のそばまで近づく。
「おい、今回お前をサポートしてくれるカラー1将軍だ。御大自らサポートに名乗り出てくれたんだ。将軍が随伴したら間違っても死ぬことはないだろうから、よろしくご教授してもらえ」
Dr.ヘッドランドは、カラー1将軍の不平を軽く聞き流して、硬直している僕の肩をポンと叩いた。
「で、彼が新怪人ですね? ふむふむ……」
カラー1将軍が、上から下まで、舐めるように観察する。
ちょっと緊張……
「話した通り、土産物のマスクに通信機能をつけた。パワースーツは戦闘員用の量産型のままで、黒マントで隠した」
Dr.が簡素に説明する。
「大学生だそうですが、この髪は?」
カラー1将軍が、僕の頭を指差して聞く。
「ああ、[カラー1プッシュ将軍]で染めた。元は黒髪だ」
「そうですか……って、そのネーミング、どうにかなりませんかっ」
「申請済みだから、もう、どうにもならんだろうな。ドンマイ」
Dr.が、カラー1将軍に向かって[いいねっ!]と親指を立てた。
「まったく……貴女って人は、どうしてそうなんでしょう……」
カラー1将軍が頭を抱えて、ため息をついた。
(あ……なんかこの二人……仲が好い?)
冷徹無慈悲なはずのカラー1将軍の態度が、妙に柔らかい。
二人の様子は、まるで姉妹が会話しているように感じた。
「ま、そんな感じだな。私の仕事はここまで。後は任せた」
Dr.はカラー1将軍に向かってそう言うと、さっさと踵を返す……と、その時。
カラン、コロン、カラン、コロン、カラン、コロン……
唐突に、この場に不釣合いな下駄の音が、こちらに近づいて来ているのが分かり、Dr.が足を止めた。
寸刻後、地下路の曲がり角から、ぬっと人影が現れ出でた。
「おうっ、てめぇら姦しくやってやがんなっ」
そう言ってシュタッと手を上げ近づくのは、不気味な一つ目のフルフェイスマスクを被った[一つ目怪人スギヤマン]将軍だった。
「そいつがぁ、期待の新怪人かぁ……なんでぃ、随分と若そうじゃねぇか」
「シマーーー!!」
すかさず、直立不動になって挨拶をする。
説明しようっ! (僕のナレーション口調を……以下略)
[一つ目怪人スギヤマン]将軍……この将軍は[杉山検校]をモチーフにした古株の怪人であーる。
杉山検校とは、江戸時代の盲目の鍼師で、江の島の弁財天に深く帰依した人物として知られているのだ。
そして、彼にはこんな逸話も残る。
盲目の杉山検校が、徳川将軍綱吉の病を治した際、欲しい褒美を聞かれて[一つ、目が欲しい]と答えた。
すると将軍綱吉は、江戸の[一つ目]という土地の屋敷を、杉山検校へ褒美として与えた……こんな話である。
[一つ目怪人スギヤマン]将軍の、顔を完全に覆うスケキヨのような不気味なソフトマスクの、片目が塞がって一つ目にしてあるのは、おそらくこの逸話からインスピレートされたのだろう。
スギヤマン将軍は、藍色の絣の着物を着て、裾を端折って帯に挟む、いわゆる尻端折りをして、股引が見えている。
そこに下駄履きなので、まるで時代劇の始末屋みたいな格好であーる。
しかも特技は、針による攻撃であーる。
もう、完全に始末屋さんであーる。
あーる……。あーるあーる……。
「おや? ご老体も、共に出撃するんで?」
現れたスギヤマン将軍に向かって、Dr.ヘッドランドがからかうように、軽口で聞く。
「へっ! 馬鹿抜かすねぇっ。こちとら、もう何十年も戦闘なんてしてねぇよ」
下駄を鳴らし近づきながら、威勢の良い江戸弁で言い返す。
カラン、コロン、カラン、コロン、カラン、コロン
「俺ぁようっ、皮被った餓鬼が、鬼女どもに囲まれて萎縮してんだろぅと思ってよぅ、ちっと励ましに来てやったんでぃ」
「鬼女とはまた随分ですね、杉山将軍」
「剥けてますっ! シマーーー!!」
「ご老体だって、顔に皮被ってるじゃないか」
一斉に三者三様の反応を見せる。
しかしスギヤマン将軍はそんな反応に一切構うことなく、力強い手で僕の肩をガシッと掴んだ。
「おうっ坊主よ。おっかねぇねーちゃんが要るからって硬くなっちまったらぁ、実力なんて出せやしねぇぜ。もちっと肩の力を抜きねぇ」
僕の肩をグイグイと揉んでくる。
戦闘員用のパワースーツはスローな力では硬化しないので、力がダイレクトに伝わる。
(痛てててっ! なんて力だっ!)
軽く揉んでいる様子なのに、かなり痛い。
将軍の背丈は普通だが、間近で見ると骨太の厚みのある体だと分かる。
手の平も、節々が張っていて、とても力強い人なのだと、身をもって知った。
「なんでぃ、本当にガチガチだなぁ……一つ、針で打ってやりてぇ所だがぁ、時間がねぇから仕方ねぇ、今はこのねーちゃんのでけぇケツでも撫でて[りらっくすぅ]しろやっ。俺がぁ許可する」
パチンッ!
スギヤマン将軍はそう言うと、近くにいたカラー1将軍のお尻をパチンッと景気良く叩いた。
「キャッ!」
ボンデージに半分包まれたお尻を叩かれたカラーワン将軍が、思いの外、可愛い声を上げ、頬を赤くした。
「杉山将軍っ!」
だが、すぐさま立ち直り、凄みを効かせた声と視線で睨みつける。
「勝手に、馬鹿げた許可なんて出さないで下さいっ」
ささっ……
Dr.ヘッドランドは素早く、スギヤマン将軍の手の届かない位置まで後退した。
「がっはっはっはっはっ! なんでぃ、てめぇは普段、弁天様のためなら命も惜しくねぇって言ってやがんのに、坊主の勝利のためにケツの一つも差出せねぇのかよっ」
「坊主が勝てば、弁天様は大喜びだってぇのによぅ」
「それとこれとでは、話が別ですっ!」
とうとう怒り出したカラー1将軍が、紺瑠璃のウイップをホルダーから引き抜く。
「がっはっはっはっはっ! おおっ怖ぇ、怖ぇ」
スギヤマン将軍がカラコロンっと下駄を鳴らして、後ずさる。
「まあ、この一戦で全てが決する訳じゃねぇんだ。てめぇらはもちっと力を抜いて、出撃しやがれ」
それだけ言うと、スギヤマン将軍はくるっと踵を返して、背中を向け歩き出した。
その着物の背中には大きく[一切衆生二世安楽ゑ能し満大弁財天]と染め抜いてあった。
「んじゃ、俺ぁ指揮所に戻るぜぇ……おいっ女医、てめぇも行くんだろっ? ならさっさと来いっ」
カラン、コロン、カラン、コロン、カラン、コロン……
下駄を鳴らしながら、ズンズン歩いて行く。
Dr.ヘッドランドはこちらを見てちょっと肩を竦めると、すぐに後を追って、スギヤマン将軍から少し離れて並んで歩く。
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